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15.背中

 


 一度家へ戻ってから、いつかの日のように馬に二人乗りをして湖へ出かける。


 春のうららかな陽射しを浴びて、フィルローゼは眩しそうに目を細める。


「実は、私は陽の光に弱いらしいの。

 自分の身体を守るものを、作れないんだって」


「えっ、そうなのか!?

 じゃあ帰った方が……」


「ううん、これくらいなら全然平気。

 真夏とかはちょっとしんどくなっちゃうけど、私はやっぱりおひさまが好きなのよ」


 薄金色の髪を太陽のように煌めかせるフィルローゼは本当に綺麗で、思わず見蕩れてしまうほど。


 やっぱり彼女は、明るい太陽の下が良く似合うな。




 湖の近くまで行って馬を停め、二人並んでのんびりと歩く。


「本当に綺麗ねぇ」


 冬の寒さはどこかへ行ってしまい、湖の上を流れる風はもう春のもの。


 輝く湖面を眺めるフィルローゼはやはり特別な気持ちのようで、笑っているような泣いているような、複雑な表情をしている。


「あのね、にいさま。私の歌を、聞いてほしいの」


 母との思い出の湖に向かったまま、噛み締めるようにそう言う。


「ありがとう」


 言ってからなんだか会話が噛み合っていない気がしたけれど、俺が一番始めに言ったのは感謝の言葉だった。


 だって、やっぱり俺はフィルローゼの歌が大好きだし、歌っている時の彼女はいきいきとしていて本当に楽しそうだから。


 そんな彼女が歌えなくなっていることが、本当に辛かったから。


「どこか、いい所あるかな」


 フィルローゼとのんびり散歩することしばし。


「ここ、とっても素敵ね!」


 遠くからも目立っていたピンク色の方へ行けば、気の早い蓮華が一面に咲きそろい、花の絨毯のよう。


「ああ、綺麗だな」


「ほんとにキレイよね。それに、にいさまと一緒だから、歌える気がする」


 カタンカタンと軽い音をたててケースの留め具を外し、慣れた手つきでルシャータを構える。


 ぴいん、と鳴る高音が湖の隅々まで響き渡るようで、その音に耳を澄ませて聞き入るフィルローゼはまさに音楽の妖精のよう。


 彼女の紅い瞳は少し憂いを帯びていて、それがいつもとは違う、神々しいまでの美しさを秘めていた。


「歌います。『背中』」


 すぅ、と湖の空気をめいっぱい身体へ入れてから、フィルローゼは歌い始めた。


 《楽しい家は 思い出になり

 薄暗い時が 続いていた


 それを破ってくれたあなたの

 大きな背中の 暖かさ


 もう怖くない 何も怖くない

 だってその背が見えているから


 もう怖くない 何も怖くない

 叶うのならば ずっと一緒に》


 フィルローゼにしか歌えないだろうと思うほどに複雑なメロディと、あくまでも単純に、真っ直ぐな想いを乗せる歌詞。


 二つはアンバランスで合わないように感じるけれど、そうではなかった。


 彼女にしか歌えない、彼女だけの魅力に取り憑かれてしまいそうなくらいに美しい歌声。

 ルシャータの異国情緒溢れる音や、彼女の紅い瞳と薄金色の髪も合わさって、まるで人間ではないかのように感じる。


 《あなたのことを、ずっとずっと、愛してる》


 しゃらん、と美しいルシャータの和音で曲が終わり、フィルローゼがゆったりとこちらを見つめる。


 けれどその瞳は不安に揺れていて。

 まるで俺の返事を待っているのに、それを聞くのが怖いかのような。



 ただ俺は、すぐに返事ができずに固まってしまう。


 鈍い俺でも、さすがに彼女が俺のことを強く想ってくれていることは充分に分かった。


 特に『叶うならいつまでも一緒に』


 この言葉を聞いて嬉しくない人間がいるだろうか。

 兄だからとかそういうことを放っておいて、フィルローゼを抱きしめてあげたいくらい。


 でも、彼女の身分や立場を考えたら、俺の正妻には出来ないと、ずっと前に父に言われている。

 不要な期待をさせてしまう訳にはいかない。


 妾の子として虐げられた彼女だからこそ、彼女のことを強く一番にしてくれる誰かを探してあげないといけないと思う。

 それが、『兄』としての俺に出来ることだろう。


 ……だから。


 今更気づいたこの気持ちには、蓋をして。


 ただただ純粋な気持ちを贈ってくれたフィルローゼを誤魔化すようで悪いけれど。


「ありがとう。とても素敵な歌だったよ」


 そう言って、子どもにするように髪を撫でただけだった。










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