14.復活
周りからの結婚圧力は感じるもののどうしていいか分からず、あまり気の乗らないまま日々を過ごしていた所へ良い知らせが舞い込んできた。
「フィルローゼ、やっとルシャータが直ったらしいぞ! 引き取りに行こう!」
「まあ! とっても嬉しいわ。明日、一緒に行けますか?」
陽の光のような薄金色の髪を揺らしてめいっぱい喜ぶフィルローゼは、大切な楽器が修理できて本当に嬉しそうだ。
「ああ、もちろんだ。時間がは掛かったけれど、きちんと直してくれたらしいよ」
「約束よ? 楽しみにしてるからね!」
ルビーのように真っ赤な瞳がキラキラと輝いていて、やっぱりフィルローゼは可愛すぎるなと思った。
☆。.:*・゜
「にいさま、早く行きましょう!」
この前とは違って俺の準備が出来る前にフィルローゼは玄関ポーチで待っていた。
少し前まで雪がちらつく日もあったのに、今日は一転して春らしい天気だ。
だからだろうか、フィルローゼは厚手だけれど春らしい、薄黄色のミモザのワンピースを着ている。
その上には水色のスプリングコートを羽織っていて、彼女の浮き立つ心を表すような春爛漫の雰囲気がかわいいな。
「うん、今日もとってもかわいいよ」
フィルローゼにぴったりな可愛らしい雰囲気に満足していると、彼女は嬉しそうに頬を赤らめた。
「私の紅い目にはこういう薄い色はあんまり似合わないかもしれませんけれど、やっぱり春らしいものを着たくて」
「似合わないことはないさ。フィルローゼは可愛いから、何を着ても似合うよ」
「にいさまがそう言ってくれるだけで、私はとっても嬉しいですわ。じゃあ、行きましょ!」
もう待ちきれないと言わんばかりに裾を翻して扉を開けたフィルローゼは、春のうららかな陽の光を目いっぱい浴びて、ひかり輝いて見えた。
他愛もない話をしながら散歩がてら歩いているとすぐに楽器店に着いた。
カランコロン、と軽やかな音を立てて店に入ると、既にルシャータがローテーブルの上に置かれていた。
「ようこそ、お嬢ちゃん。貴女の大切な楽器は、ちゃーんと綺麗な音を出せるようになりましたぞ」
「ありがとうございます! 弾いてみても、いいですか?」
挨拶もそこそこにルシャータに手を伸ばすフィルローゼ。
「こんにちは。直してもらってありがとうございました。
彼女は知らせが届くのを待ちわびていましたよ」
後から一応挨拶らしきことを言っておくが、職人の方も貴族らしい話をしたい訳ではないらしい。
自分の楽器をこれだけの熱量で待っていてくれたことが嬉しいようだ。
「お嬢ちゃん、早速弾いてみてくれんかな。わしは音色は聞けたが、演奏はそう上手くはならんかった」
「竪琴よりも、難しくはないと思いますけれど。弾いてみますね」
時間が空いたことを感じさせない慣れた手つきでルシャータを構えるフィルローゼは、さながら音の妖精のよう。
俺たち観客から少し離れたスツールに座り、ぴぃんぴぃん、と音を合わせただけで、彼女の頬が綻んだ。
「本当に、直ってる! すごいです、ありがとうございます!」
壊れた時のビィンという嫌な響きはどこかへ消え去ってしまい、前の通りの澄み切った音色が響き渡る。
「あの、最近はここで頂いた竪琴を沢山練習しているんです。そのおかげで、友だちも増えました。
だから、竪琴で一番お気に入りの曲を弾いてもいいですか?」
「もちろんじゃよ」
「では、弾きます。『暁の囀り』」
ルシャータをここへ預けに来た時、一番始めに教えて貰った竪琴の曲。
その後で様々な曲を教えてもらって多くの曲を弾けるようになったフィルローゼだけれど、やっぱりこの曲が一番のお気に入りなのだ。
暗く静かでゆったりとした旋律から、夜明けへ向けて駆け上がるメロディ。
この国で生まれれば、皆何度も聞いたことがあるだろう。
でも、フィルローゼが弾いたら全く違う曲のようにすら聞こえた。
もちろんルシャータで弾いたものを初めて聞いたから、というのもあるかもしれないけれど、それだけでは無い圧倒的な何かを感じた。
「す、素晴らしい!! ルシャータという楽器はここまでの可能性を秘めていたのか!」
朝を迎え、晴れやかなさえずりの音で曲が終わると、少しの間余韻に浸っていた職人が立ち上がり、大きな拍手を送った。
その瞳には涙がきらりと輝いており、彼がどれだけ感動したのかが俺にも伝わってきた。
あまり芸術に詳しくない俺にも分かるほど素晴らしい演奏だったからな。
「フィルローゼ、とっても上手だったよ。それに、ルシャータを弾いている姿が一番綺麗だ」
うん、俺にとっては彼女の演奏よりも彼女本人の方が素敵だと思う。
本当に可愛くて綺麗で神秘的な、俺の自慢の『妹』だから。
「にいさまも良いと思ってくれましたか?
自分でも、初めてルシャータでこの曲を弾いた割には、うまく弾けたと思うんですよ。」
「初めて弾いてこれとは! 本当に素晴らしい! 音楽の女神様に愛された子だ!」
職人はというと、俺たちを置き去りにする勢いで感動しきりだ。
「もう一曲弾いて貰えませんか! お願いします!」
フィルローゼの歌声は多くの人に感動されてきたけれど、ルシャータが壊れている間に竪琴を練習したことで、演奏の腕も格段に上がったのだろう。
職人が真顔で一生懸命お願いするものだから、フィルローゼは少し引いてしまっているようだ。
「フィルローゼ、何か弾ける?」
「え、ええ。では、『灯火の星』」
こちらもルシャータではなく竪琴の曲で、俺も聞いたことがあるメジャーなものだ。
けれど、ゆったりとしたいつもの竪琴とは雰囲気が違う。
例えるなら、竪琴では穏やかに揺らめく灯火のような星空という風情だが、ルシャータで聞くと瞬く星のように輝く灯火、という感覚。
同じ曲なのに全く違うのはフィルローゼの才能なのだろうか。
「素晴らしい!! きらきらと輝くような演奏は、まさにお嬢ちゃんのようじゃな」
たった3人しか観客が居ないけれど、それぞれが彼女を褒めちぎる。
「フィルローゼ、とても綺麗な音だったよ。弾いてる姿も妖精みたいでかわいいね」
「うふふ。にいさまも、私の歌だけじゃなくてルシャータの音も、気に入ってくれましたか?」
「もちろん! フィルローゼがしてることは、何だって可愛いと思っているけれど、音楽のことは別格だからな」
彼女に近づいてゆっくりと頭を撫でてあげると、心底嬉しそうに目を細めて、俺の手に擦り寄ってくる。
「ん。ありがと」
とても満足げにそう言ってくれたので俺も嬉しくなった。
「あのね、にいさまだけに聞いてほしいのがあるから、帰ろ?」
紅い瞳がまっすぐに俺を見あげてくれていて、しかも『俺だけ』。
「うん、楽器の調子も分かったし、帰ろうか」
こくりと頷いたフィルローゼを連れて、職人のひどく残念そうな顔に見送られて店を出た。
ちなみに、これまでルシャータは布の袋に入れているだけだったのだが、今回木のしっかりしたケースを作ってもらってフィルローゼは嬉しそうだ。
「あのね、にいさま。また湖に行きたいんだけど、行けるかな?」
「冬の間は寒くて行けなかったからね。行こうか」
「やったー! にいさまに聞いて欲しいとっておきがあるの。楽しみにしててね!」
俺に何を聞かせてくれるつもりなのかは分からないけれど、とても楽しみだ。
何よりも、家を出る時はお澄まし顔のお嬢様モードだったフィルローゼが、俺の大好きなきらきらした笑顔になってくれたことが嬉しかった。