11.パーティーへ
そうして10日程がたち、フィルローゼが招かれたパーティーの日になった。
「デューアにいさま、今日は一緒に行ってくれてありがとうございます。とっても楽しみですね!」
いつもより更に気合いの入ったドレスは女の子らしいピンク色で、薄金色のふわふわとした髪と相まって妖精のよう。
「フィルローゼのためならきちんと予定を開けるから、これからも行く機会があれば言うんだよ」
「はい!」
キラキラ輝く笑顔を見られて、パーティーに着く前からもう大満足だった。
着いてみれば、パーティーの規模としてはまあ普通くらいであまり格式ばっておらず、気軽に楽しめそうな雰囲気だった。
しかし、いつもフィルローゼがパーティーに参加する時には場が温まってから出て行き、舞台の上で歌ったらすぐに帰る、という形だった。
彼女はこうして普通にパーティーに来るのは初めてだから、話を繋ぐことひとつすら上手くいかない。
「この前のお茶会の時は、ありがとうございました」
何とか知っている人を捕まえて話を始めることに成功したが、話は一向に弾まない。
それどころか、すれ違う人が彼女の瞳の色を見てさっと離れてしまうほど。
彼女の前の家は伯爵だから、その伯爵夫人が言った『呪いの子』という言葉は必要以上の重みを持って社交界に流れてしまっているらしい。
それでなくても、フィルローゼは今日がデビュタントなのだから、俺がしっかりエスコートしなければ。
父や兄より場馴れはしていなくても、顔と名前くらいは覚えている。
彼女に少しでもいい所を見せようじゃないか。
「こんばんは、シュバイス夫人。少しお話させて頂いても?」
ようやく見つけた知り合いに、すかさず声を掛けてみる。
「ごきげんよう、ホーフツェル様、お久しぶりですわ。フィルローゼちゃんとはこの前お会いしたわね。お兄様とは仲良しなのね」
母の友人で我が家との関わりも深い人だからと思って声を掛けたが、フィルローゼとも面識があったらしい。
フィルローゼはたどたどしいながらも夫人と話が続いているのを見守っていたら、俺は夫人が連れている娘の方に話かけられた。
「ホーフツェルのお方ですわよね? ユルゲン様にはお会いしたことがございますわ。
わたくし、リリア・シュバイスと申しますの。
お見知り置きくださいませ」
「俺はデューア・ホーフツェルと言います。兄とお話したことがあるんですね」
シュバイスといえば我が家と同格の子爵だが、土地も狭くあまり力を持って居ないから、俺達相手にもこんなにも積極的に話してくれる。
「ええ、とても素敵な弟様がいらっしゃるとお伺いしておりますわ。失礼ながら、どのようなお仕事をしていらっしゃるのでしょうか」
「俺は王宮騎士団に所属しています。先日正騎士に叙任されたばかりですが……」
「騎士様なのですね! 凄いですわ!
身体も大きいですし、いつもお仕事を頑張っていらっしゃるのですね」
「いえいえ、それほどではありませんよ」
やけに積極的に持ち上げられてむしろ居心地が悪いくらいだ。
「ちなみに、今日のパートナーは妹様ですわよね?
婚約者様はいらっしゃらないのですか?」
初対面でズバッと聞いてくるなぁ、とは思うものの、この年頃の女の子は皆恋の話が大好きだからな。
適当に言って逃げようと言葉を考える前に、俺の左腕がぐっと引かれた。
「にいさま、私は喉が乾きました。飲み物を取りに行きましょ?」
「お、おう。分かった」
「では、シュバイス夫人、リリアさま、また後ほど。ごきげんよう」
奥方と和気藹々と話していたフィルローゼが急にその場を立ち去る。
あまりにも不自然なその動きについて行けないが、そんな俺に構うことなく壁際のドリンクスタンドへと向かう。
「ちょっと待ってくれ、フィルローゼ。一体どうしたんだ?」
俺の左腕に手をかけるような普通のエスコートスタイルだから俺の方が半歩前になるはずなのに、フィルローゼは俺を引きずるようにどんどん前へ行く。
「あら、にいさま。私は喉が乾いただけですわよ?」
そのわざとらしいまでのセリフに疑問を持つ前に、その紅い瞳に揺蕩う闇に驚かされた。
「本当に、どうしたんだい?」
お酒の飲めないフィルローゼにとりあえずオレンジジュースを渡し、刺々しい雰囲気を宥めにかかる。
「別にどうもしておりませんわ」
フィルローゼが口で何と言おうと、先程垣間見た闇は絶対に見過ごせないものだった。
「シュバイス夫人に何か言われたのか?」
自分も話をしながらではあるが、横で聞いていた限りそう不自然な会話ではなかったはずだ。
「……ここで話し込むのも何ですから、その話は後にしましょう?」
誤魔化されているようで納得がいかず、更に話を深めようと思った俺達に、通りすがりに話掛けて来る人が現れた。
「おやおやこれは、ホーフツェルの歌姫じゃあないか! 今日は何を歌うんだね!」
酒に酔った赤ら顔の男性は伯爵当主でこのパーティーの主賓とも言える立場の人だ。
「アールレスト伯爵、ご無沙汰しております。今日は楽器を持ってきておりませんので、歌う予定はございませんね」
他者を威圧することになれた声の響きだけでフィルローゼは萎縮してしまっているし、そもそも彼女は前回のパーティーでの事件以来、歌えなくなってしまっている。
もちろん伯爵は嫌がらせに言っているのではなく、むしろ機会を作ってくれようとしているのかもしれない。
でも、歌えない彼女に無理をさせる訳にはいかないのだから、上手く断って帰らなければ。
「そりゃあ良くない、ホーフツェルの落ち度だぞ!
だがまあ仕方がないな。歌姫は竪琴も嗜むのだろう? 持ってこさせるから一曲歌ってはどうだ」
俺は社交慣れしていないし、そもそもホーフツェル家自体が社交向きではないうえ、相手は伯爵で身分も上だ。
けれど、権力のある年上の御仁に対してでも、断らないといけない時もある。
「ご期待に添えずに大変申し訳ないのですが、最近の寒さのせいで彼女の喉の調子が悪いのです。
今日は早めにお暇させて頂こうかと思っているほどでして……」
「そうなのか。確かにこの寒さは身体に堪えるからな。その細い身体ではなおのこと厳しいだろう」
うんうん、と頷いてくれて内心とてもほっとした。
ここで、絶対に歌えと言われてしまったら窮地に立たされる所だった。
「では、少し早いですが失礼しても宜しいでしょうか」
「うむ。若いとはいえ無理は身体に毒だ。
ゆっくり休みたまえよ」
年齢に見合った大仰な言い方だが、フィルローゼを心配してくれているようで良かった。
「失礼致します」
フィルローゼと二人並んで頭を下げ、そのままパーティーを辞した。
☆。.:*・゜
「にいさま、ごめんなさい」
パーティーから帰る馬車の中で、急に胸元にしがみついて来たと思ったら謝られた。
「いいや、こうなるかもしれないとは思っていたし、フィルローゼを守るために一緒に行ったんだから、当たり前のことをしただけだよ」
「でも、私が歌えたらこんなことにならなかったし、もっと上手にできて、みんなの役に立てたのに」
まくし立てるように言って自分を責めるフィルローゼの髪を優しく撫でて、落ち着かせてあげる。
「我が家のみんなは俺も含めて、フィルローゼが大切な家族だから大事にしているんだよ。歌が上手いからとか、役に立つからじゃあない」
「……ありがと」
「だから、今後のパーティーはちょっと考えてからにしようか。
毎回歌えと言われて断るのは難しいからな」
「ごめんなさい。私が、歌えないから」
「謝ることじゃないよ。これを考えるのも俺たち『家族』の仕事だ」
ぎゅうと抱きついてくるフィルローゼは小動物のようでとても可愛くて、心の底から守ってあげたいと思った。