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1.一緒に帰ろう

 


「デューア、お前、妾を取る気はないか?」


「……はぁ??」


 家に帰って早々にホーフツェル子爵家当主である父に呼び出されたと思ったら、この発言だ。


 いくら由緒正しき執務室でも、思いっきり顔を顰めた俺を誰も責められないだろう。


「父上、俺はまだ騎士見習いの17歳ですし、妾どころか正妻も、もっと言えば婚約者すらいません」


「そんなことは分かっておる」


 良かった、父上の頭がおかしくなったのかと思って再確認したけれど、俺の現状に間違いは無さそうだ。

 知らない間に婚約者が出来た訳では無い、それでも。


「じゃあ、おかしいでしょう? なぜ急に妾なのですか?

 婚約者ではなく?」


「それには深い事情があってな……」



 それからしばらく、回りくどくオブラートに包みまくった父上の話が続いたが、カンタンに要約すると。


 ウチの家の親分的な伯爵様には妾の歌姫が居た。異国出身で肌の浅黒い美人で、歌が上手くて伯爵は溺愛していたが、間に出来た娘は気味の悪いほど白い肌に血のように紅い瞳だった。


 伯爵は不貞を疑うも、環境的にも難しいし、何より人間の子とは思えない色合いで、何者かの呪いなのではないかと噂された。


 そうして歌姫は『呪いの子』を産んだ妾として正妻から排斥され、衰弱しきって先日この世を去った。

 残されたのは『呪いの子』と呼ばれる娘・フィルローゼただひとり。


 しかし、この子はまだ12歳で、伯爵としては自分の子でもあるので捨てるほど非情にはなれないし、何より外聞が悪い。


 だが、屋敷内に置くことには正妻が大反対する。

 結果として、子分かつ最近飢饉に見舞われて伯爵家に借金をしている我が家に、引き取れと言われたわけだ。



「……それならわざわざ妾などではなくても、養子にしたら良いのでは?」


「そこまで強い地盤を与えるつもりはない。

 寄親の子どもを養子にしたら、長男のレスティンより強い発言権を持ってしまう」


 俺にはよく分からんが、そういうものなのか。


「かと言ってデューアの正妻にするには、やはり妾の子でしかも母親が居ないとなれば、後ろ盾が無いからあまりに価値が低すぎる。妾程度がちょうど良かろう。

 分かったな?」


 最後の言葉と共に鋭い目を向けられ。


「はい」


 俺は素直にそう返した。

 当主の言うことは基本的に絶対とはいえ、父上は俺が嫌がればどうにかしてくれただろう。

 ただ単に、「まあそこまで嫌じゃないし言うこと聞いとこう」と言うだけで。


「では、準備をしておくように」


 最後の言葉は俺ではなく壁際の家令に聞かせるためのものだろう。


 気楽に考えていた俺は、翌日、騎士の訓練を休んでまで迎えに行けと言われて目を剥くことになった。



 ☆。.:*・゜



「こちらでございます」


 父と共に出向いたシェーンベルク伯爵家の離れに、俺はひとりで通されていた。

 父上は伯爵様とお話中だから、俺が先に連れて帰れとのことだ。


 離れ屋敷に入った時から、ぽろりぽろりと何か楽器の音がしていた。

 部屋の前まで来ると、か細い歌声も聞こえる。


 がちゃり


 ノックも何もなくいきなり扉を開けた侍女に驚くと同時に、澄んだ歌声が止まった。


「どうぞ」


 侍女が俺の背中を押すようにして中へ入らせると、勢いよく扉を閉めてしまう。

 あまりに失礼な振る舞いに怒るよりも先に、こちらを見つめる女の子に気を取られた。



 吸い込まれるほど紅い瞳と、それと同じくらいに赤く泣き腫らした目元に。



「あ、あの、はじめまして! 俺はデューアです!」


 壁に向かって絨毯もない床に座り、膝の上に抱えた弦楽器を守るように背中を丸めている。


 その姿がひどく心細げだったから、とにかく何か言わなくちゃと、咄嗟に口を開いた。


 だけどその先が続かなくて戸惑っているうちに、目の前の女の子の瞳には、どんどんと涙が溢れ出してきた。


「あっ、あのっ!」


 それを見ても、どうしていいか分からずオロオロするしかできない。


 ぐすん


 だけれど、か弱い泣き声を聞いた瞬間、身体が勝手に動いていた。

 壁を向いたまま座っている彼女を、後ろから強く抱きしめる。


「っ、」


 声にならない声を上げたけれど、彼女は逃げなかった。

 ただ、そのまま声を殺して泣き続けるだけ。



 その声は少しずつ大きくなっていって、呻きに近い泣き声は俺の心の奥底を揺さぶるかのようだった。


 そして、突然。


 ガラン


 彼女の膝の上の楽器が放り出されて大きな音をたてたかと思うと、振り返ってぎゅっと抱きついてきた。


「うわぁああん、おかあさん、おかーさん!!」


 堰を切ったかのように溢れ出したのは、さっきまでとは全く違う大きな泣き声。

 この小さな身体のどこからこんなに大きい声が出るのかと思うほど響き渡っている。


「おかあさんが、おかあさんがいない!!」


 純粋に母を求めて泣き叫ぶその声は俺の心の深いところをえぐり抜くようだった。


 しかも、彼女の声はなぜかとても心に響いてきて、気づいたら俺も泣いていた。


「つらいなあ、つらいな!」


 フィルローゼの小さな手が俺のシャツを握りしめる。

 それに応えるように、俺の半分ほどしかない身体を抱きしめた。



 彼女とは完全に初対面だし、その母とは会ったこともない。

 それでも全く同じ気持ちを共有して、ふたりでぼろぼろと泣き叫ぶ。


 その時間は俺たちにとって何よりも大切なものだと思えた。



 ☆。.:*・゜




「ひっく、ひっく……ぅー……ひっく」


 この世の終わりかと思うほど泣き叫んでいたフィルローゼも、少しは落ち着いててたようだ。


 きっとこの子は、泣くことすら出来なかったんだろう。


 だって、冷静に周りを見れば、この部屋には粗末なベットひとつきりで他には何も無い。

 そんなところにひとりぼっちでは、心置きなく母の死を悼むことはできないだろう。


 この敵だらけの屋敷のがらんどうの部屋から、彼女を連れ出してあげたかった。


「ぅー……おかあさん……」


 まだぐすぐすと泣き続けている彼女に、思い切って話しかけてみる。

 自分でもどうかと思う提案だけど。


「フィルローゼ、君には兄はいる?」


「……ん? いない……おかあさんだけ……」


 何の脈絡もない話にびっくりしているようだけれど、そのまま続ける。


「そうか、俺も妹は居なくてね。

 ずっと妹が欲しいと思っていたんだ」


 これは事実だ。2人の兄に押されて生きて来たからな。年下の兄弟、出来れば妹が欲しいと思っていた。


「……?」


「だから、俺の妹になってくれない?

 俺は君のお母さんにはなれないけど、兄になることは出来ると思うんだ」



 父上は妾とか言ってたけど、今のこの子にそんな話が出来るわけがない。

 彼女には、母に代わる家族が必要だと思う。



「……ひっく……おにいちゃん?」


「ああ、そうだよ。しかも、俺にはあと2人兄が居るから、合わせて3人もお兄ちゃんが出来る。

 もちろんお父さんとお母さんも居るよ」


「……いいなあ」


 俺の家は貴族としては少し珍しいくらいに家族の仲がいいけれど、フィルローゼには母親しか居なかったんだろう。

 心底羨ましそうだ。


「じゃあ、フィルローゼにも分けてあげる。

 一緒に家に帰らない?」


「えっ……?」


「俺の妹になれば、俺の家族はフィルローゼの家族になるよ。嫌?」


「いやじゃ、ない。でも……」


 途中で言葉を途切れさせて、俺の肩に額を擦り付けるようにぎゅっとしがみついて来る。


「どうしたんだ?」


「フランチェスカさまが、外へ出てはいけないって」


 フランチェスカと言うのは正妻のことだ。


「伯爵様とフランチェスカ様が、フィルローゼを俺の家族にしてあげてくれないか、って言ってきたんだ。

 だから駄目だとは言わないよ」


 少し誇張があるかもしれないけれど、嘘はついていないと思う。


「ほんとに?」


「もちろん」


 俺が短く答えると、少しの間考えこんだ。



 そして。


「あのね、じゃあ、帰りたいです……!」


 心細げに俺のシャツを握ってはいるけれど、紅い瞳はまっすぐに俺を見つめている。


「よかった。一緒に帰ろう」


 俺がそう言った時にフィルローゼが初めて見せた笑顔は、白金色の髪とあいまって、本物の天使のように美しかった。





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