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第二話 シャルロッテンのならず者

不安である。


グレーテを連れて家を出たものの、実際のところ、僕はこの世界について何も知らない。

クズ蟲って一体何??

人を襲わないとか言ってたけど、アレがじゃれついてきたら心臓発作起こす自信あるわ。


「ねぇ、グレーテ、どの道から行く?」

本日の僕の最重要ミッションは[遅刻せずに学校に行く]というものだ。

にも関わらず、僕は学校がどこにあるのかも知らないのだった。

グレーテ様、どうか哀れな僕を学校まで連れて行ってくださいませ。

「あっち」

そう言ってグレーテはクズ蟲を迂回する道を指差した。

こわばった顔でクズ蟲がいる方向を手のひらでふさいで見えないようにしているのが可愛らしい。

きっと遠回りなんだろうけど、そっちから行くしかなさそうだな、、、と石畳の上に踏み出した僕は、

「ん・・・??」

足元になにやら奇妙な物体が落ちているのを発見した。

なんだこりゃ?? 

それはリレーバトンくらいのサイズの[鉄の筒]で拾って見るとズシリと重かった。

「なんだろ、これ、、、」

とグレーテを見るが彼女は両手で目を覆うのに忙しくてそれどころではないようだった。

「うーむ」

首をかしげながら手に取ったその[鉄の筒]をじっくり見ると何やらグリップらしきところに黒いボタンが付いているのを発見した。

興味本位で押してみると、

「うわっ!」

プシュウという蒸気の放出と共に[鉄の筒]が伸びて杖のように変形する。

どうやらこの物体にも蒸気科学のテクノロジーが使われているみたいだ。

伸縮式、、、もしかしてこれって武器? 

うん、そういえば警棒っぽいぞ。

杖のグリップ部分にはもう一つ黄色いボタンが付いていたので押してみる、すると、

「バチバチバチバチバチ!!!」

と、かなり激しく放電し始めた。

グレーテも一瞬、クズ蟲のことを忘れ、目をまんまるにして驚いていた。

あわててもう一度黄色いボタンを押すと放電が止まる。

さらにもう一度黒いボタンを押すと鉄の杖は元の短い筒へと戻った。


焦ったぁー、、、何コレ? 放電武器?

なんにしても小さな子供が拾ってヘンに触ったりしたら危険なのは間違いない。

そのまま路上に放置するわけにもいかないので、とりあえず保管することにする。

僕がその謎のアイテムをリュックの中にしまい込んだちょうどその時、

「おーい、グレーテ~!」

とやや遠くから呼びかける声が。

我が妹の名前を叫びながら通りの向こうから走ってきたのは3人組のキッズだった。

「おはよう! グレーテ」

「あっちにクズ蟲がいんのが見えたから、急いで迎えに来たぜ!」

「俺たちと一緒に裏道から行こう!」

少年たちは頬を赤らめながら必死に彼女に向かってアピールしている。

・・・そっか、みんなグレーテが大好きなんだな。

わかる、わかるぞ、いくら異世界とはいえ、これほど天使のような女の子はそんじょそこらにはいないだろうからね。我が妹ながら誇らしい。

「おはよう、オレク、ヴィート、ヨナーシュ」

そうグレーテが呼びかけると、三人は一様に顔を紅潮させた。

わかる、わかるぞ、年頃の男の子たちよ、照れちゃうよね。

にしても聞き覚えのない名前ばかりだなぁ、、、こっちの世界ではよくある名前なのかな?


そんな我々のすぐ横に機関車と馬車を足したような例の乗り物がやってきて停車する。

「あ、アンブロシュ先生の蒸気馬車だ!」

おおー、この乗り物〈蒸気馬車〉っていうんだ。

「みんな、おはよー、朝からおそろいだな」

ゴンドラの窓から顔を出したのは年の頃・20代半ばの爽やかな笑顔の男性だった。

やや長めの薄茶色髪がおしゃれにウェーブしている。

「おはよー! アンブロシュ先生」

子供達が声をそろえて言う。

「この先にクズ蟲がいてさ、グレーテが怖がっちゃってんだよ」

「先生、乗っけてってあげなよ」

「ついでに俺たちのことも乗っけてってくれよ」

オレク、ヴィート、ヨナーシュ(順不同)が口々に声にする。

「ああー、クズ蟲かぁ。僕も小さい頃は怖かったなー。オッケー、四人まとめて乗っちゃいな」

そう言って馬車の扉を開けるアンブロシュ先生。

わーっと馬車に乗り込む子供たち。

僕は先生に向かって「この子たちをよろしくお願いします」といったニュアンスで軽く頭を下げる。

彼はそんな僕に爽やかな会釈を返して扉を閉めた。

遠巻きにその光景を見ていた別のキッズが、

「いいなー、グレーテ・ザムゾヴァと一緒に蒸気馬車で登校できるなんてさ」

と話している声が聞こえてくる・・・ん? んんん!? ぉおっ!! 


つまり僕のフルネームはグレゴール・ザムゾヴァってことか!!


アハハ、変な名前っ! 濁点多過ぎだろ。

【あれ? でも、なーんか聞き覚えがあるような、、、】

ふっふっふ、それにしても、ウチの妹ってば完全にキッズどものマドンナじゃん。

「うむ、さすがグレーテ、兄さんも鼻が高いですよ」

微笑みながらアゴに手を当ててうなずく。

そんな風に蒸気馬車の後ろ姿を保護者気分で見送っていた僕はふと気づく。

「いや、待って! 学校どこにあるか知らないんだけど!」


===========================

これ、ヤバいんじゃないか?

現在発生してる唯一のミッションは[遅刻せずに学校に行く]というものだ。

どうやらこれを果たせなければ、退学になってしまうらしい。

もしもそんなことになってしまったら、せっかくのニューゲームがいきなりハードモードになってしまう。

それだけは避けねばと必死で馬車の後を追いかけてみたものの、数百メートル走ったところで完全に息切れしてしまった。

「ゼェ、ゼェ、、、」

首をうなだれ、肩で息をしてる僕の耳に、

「あっちいけ!」

「キモい!」

「死ね!」

という罵詈雑言が飛び込んでくる。


いやいや、それはひどいよ。

未来を掴もうと必死で走った人間に向かってよくもそんな言葉が吐けるなぁ。

誰だって息切れしちゃうことくらいあるだろ!

僕が抗議しようと顔を上げた瞬間、

「ゴッ!」

「痛ッ!!」 

側頭部を何かが直撃する。

痛みに片目をつぶりながら足元を見ると、石畳の路上に潰れたリンゴが転がっているのが目に入った。

なんかけっこう大きいし、、、こんなのぶつけられたのかよ。

「何するんだ!!」

とリンゴが飛んできたであろう方向をキッとニラむ。

すると、そこには身なりは非常に良いが性格は非常に悪そうなキツネ目の少年がニヤニヤとこちらを見ている姿があった。年齢は僕よりも少し年上といった感じだが、一体どんな生き方をしてきたらこうなるのかってくらいヒネた目つきをしている。

その右サイドには図体がデカくて頭の悪そうな少年がヌボォっと立っていた。

その左サイドにもこれと全く同じ顔をした図体のデカい少年がヌボォっと立っていた。

言うなれば、スネ夫が両サイドに双子のジャイアンを引き連れているといったような光景。


「キミがそぉ~んなとこに突っ立ってるからじゃないかぁ~、邪魔だよぉ? しょんべん臭いチビクソくん」

キツネ目の少年が「どけ!」とばかりに手でシッシと僕を追い払うジェスチャーをする。

なんかめちゃくちゃ言われてるんですけど、、、

「突っ立ってただけでなんでこんなことされなきゃいけないんだよ!」

僕がそう抗議すると、

「おいコラ、バカガキ。ヒネクさんはテメェを狙ったわけじゃねーっつってんだよ、このトンチキ」

と右にいたデカ子分Aが眉毛を釣り上げながら一歩前に出てくる。

「おいコラ、クソガキ。ヒネクさんはテメェなんて眼中にないっつってんだよ、このウスラハゲ」

と左にいたデカ子分Bが唇を歪めながら一歩前に出てくる。

ひっどい言われよう、、、ってか、コイツ、ヒネクって言うんだ、、、見事に名は体を表してんなぁ。

そんで、何コイツら? 見たところ、中学生だよね?

中学生が小学生のちびっ子相手に3対1でイキリ倒してくるとかマジ引くんですけど、、、


「アホバカチビクソくん、このボクが狙ったのはキミの後ろのソレだって言ってんだよ、ソ・レ!」

ヒネクと呼ばれた少年はそう言って退屈そうな顔で僕の後ろを指差す。

は? 何言ってんだ? と思いながらも振り返ると、、、

「うわぁあああああああああ!!」

僕のすぐ背後にいたのはヒグマほどの大きさのクズ蟲だった。

一瞬にして全身の身の毛がよだつ。

一心不乱に走りすぎたあまり全く目に入っていなかったのだが、僕が息切れして立ち止まったのはちょうどクズ蟲が入れられた檻の前だったのだ。


間近で見たその巨大な節足動物は遠くで見ていた時よりも遥かに醜怪だった。

それはもうグレーテの怖がり方が過不足無くちょうどいいくらいの恐ろしさだった。

なのに道ゆく人たちはこのグロテスクなバケモノを見ても顔色ひとつ変えずに通り過ぎてゆく。

みんなよくこんなの見て平常心でいられんなぁ、、、

檻を引く筋肉隆々の黒い馬たちは近くの街灯に繋がれており、いわゆる “駐車状態” のようだった。

御者の姿は見当たらない。どこか近くで朝食でも摂っているのだろうか? 


「あれあれ? クズ蟲ごときにビビッちゃってるのかなぁ? ひょっとしてしょんべん臭いのはキミがおしっこもらしちゃったからなのかなぁ?」

ハハハ、ホント笑っちゃうくらいヤなヤツだな、コイツ、、、

ってか元々、おまえの手元が狂って僕にリンゴをぶつけちゃったわけだよね?

普通、自分のミスで誰かに迷惑かけたなら謝るよね?

・・・謝らせてやる、絶対にだっ!!


「お~い、グレゴール、おはよー。そんなところで何やってんのー?」

怒りで熱くなっている僕の耳におっとりと可愛らしい声が飛び込んでくる。

振り向くと、気は弱そうだが非常に性格の良さそうな少年がニコニコしながらかけ寄ってくるのが目に入った。

とうもろこし色のボサボサ髪にそばかすが印象的。

髪と同じくつややかな黄色の大きな眼鏡をかけている。

息を切らせて走り寄ってきた彼は僕のすぐ隣までやって来てようやくヒネクたちの存在に気づき、僕と彼らの顔を交互に見比べて不安そうに表情を曇らせた。

それから僕の耳元で、

「ねぇ、グレゴール、なんかあったの??」

と囁くように尋ねた。

「えーっと、君は、、、」

頭の中の引き出しを順に開けて探してはみたものの、初めて見たその少年の名前が出てくる筈もなく、数秒の間、彼の顔を眺めながら黙りこくってしまった。

「どうしたの? 僕のこと忘れちゃった? ミルだよ、ミル! ねぇ、グレゴール、変な冗談やめてよ!」

少年は悲しそうな顔で僕の顔を覗き込みながらそう言った。

考えてみればあんなに笑顔で駆け寄ってきてくれたんだから、きっと仲の良い友達なんだろう。

悪いことをしてしまったな、、、

僕はヒネクを指差し、少年の耳元に、

「実はアイツが僕の頭にリンゴをぶつけやがってさ、そのせいですこーしぼんやりしてたんだよ。ごめんね、ミル。今からアイツに謝らせてやろうと思ってたところなのさ」

と囁いた。

「ダメだよ!!」

少年は急に大きな声を上げた。

それから思わず大きな声を出してしまったことを恥ずかしがるように赤面し、再びヒソヒソと僕の耳元に囁いた。

「シャルロッテンの街一番の嫌われ者、あのヒネクが謝るわけないよ。そんなことしたら君もそれから僕だってきっとすごく嫌な目に遭わされちゃうに決まってる!」

どうやら街で有名なクズ野郎みたいだ。

そんで、ここシャルロッテンていう街なんだ、、、なんかお菓子みたいな名前ですな。


まぁ、でも、確かにこういった輩が素直に謝るわけないよな。

それにこのとうもろこしの妖精のような無垢な少年を巻き込んじゃうのは気が引ける。

小生、少々熱くなり過ぎてしまいました。

こんな時は、、、

「スゥゥゥーッ」

伝家の宝刀、、、深呼吸一閃!

僕は冷静さを取り戻すために深く息を吸い込んだ。

よくよく考えれば、あっちは中学生3人でこっちは小学生2人。あっちは巨漢が2人で一番小さいヒネクですらそこそこデカい。それに引き替え、こっちは2人ともチビで絵に描いたようなもやしっ子ときてる、、、万が一にも勝ち目はない。

せっかく新しい人生が始まったというのに、こんな頭の悪いガキどもを相手にして怪我をしてもつまらない。

それにこんなヤツらとチンタラやりあってたら、新学期早々遅刻してしまう可能性だって十分にある。下等生物のせいで[遅刻せずに学校に行く]という本日の最重要ミッションを取りこぼして退学なんてことになったら目も当てられない。


フッフッフ、こう見えて僕は大人なのだ。

見た目は子供、頭脳は三十歳。ここは一つ、無意味な揉め事など華麗に回避して、大人として節度ある行動を取ろうではないか。そして穏やかな気持ちでこのミル君に学校まで案内してもらうのだ、うむ、これこそ大人の選択。

「フゥゥゥーッ」

僕は息を吐き出してから二秒・・・三秒・・・と冷ややかな目でヒネクたちを見つめた。

それからおまえらなんか相手する価値もないといった具合にくるりと背を向けて歩き出した。

何も悪くないのにリンゴをぶつけられたことは今思い出しても腹立たしいが、蟲案件だけにここは無視して────フン、どーだ、こっちはオヤジギャグだって言えちゃうくらい大人なんだぞ?

参ったか、こんにゃろー。


「なぁ~んだ、逃げちゃうのかぁ~、ゴミムシくん」

ヒネクとかいう餓鬼の言葉が僕の後頭部にズブリと突き刺さる。

「・・・ゴミ蟲?」

冷たい水のようにクールダウンしていた僕の感情が瞬時にして沸点に達する。

「誰がゴミ蟲だって?」

そして暴発する。

「誰が何の役にも立たない嫌われ者の穀潰しだって? 誰が友達一人いない無職の引きこもりだって? 誰が生きてる価値もないゴミ蟲野郎だって?」 

「いや、別にそこまでは、、、」

僕のあまりの剣幕にヒネクと手下の二人、それにミル君までがドン引きしているのが目に入る。

だがもう遅い。思い知るがいい、吹きこぼれた熱湯は二度とは元に戻らないのだ。

「なぁ、おい、、、」

気がつくと僕はヒネクの髪の毛を鷲掴みにしていた。

「言ってみろよぉおおおおおお!!!」

怒りの炎に包まれた僕の拳がヒネクの顔面目がけて打ち下ろされる。

「おらぁああああああ・・・・・・ペチ」

「え?」

その場にいた全員が唖然とする。

ありえない、、、ありえないほど僕のパンチは弱かった、、、弱すぎた。

殴られた筈のヒネクも驚いて口をぽかんと開けている。

静止する時間。

一匹のトンボがフワフワと飛んできて僕の拳の上に止まり、しばしの間、そこでゆったりとした時間を満喫していた、、、、、、、

「ビタンッ!」

僕の拳の上でリラックスしきっていたトンボをヒネクが手のひらでペシャンコに叩き潰したのを合図に時間が動き出す。

この非情な少年はねじくれた薄ら笑いを浮かべ、ペシャンコになったトンボの死骸を僕の髪でぬぐい取ってからこう言った。

「チビくそゴミムシくん、今のは一体なんだい? まさかアレがキミの本気のパンチってわけじゃあないよね?」

フフフフフ、聞いて驚くなよぉー、何を隠そう今のが僕の全身全霊を拳に乗せた一撃だったってわけなのさっ。


かなしいな/ぼくのこうげき/ひのきぼう 


「あ~あ~、暴力は好きじゃないんだけどなぁ~」

ヒネクがそう言うと、デカ子分Aとデカ子分Bが両サイドから僕を取り押さえにかかる。

「殴られっぱなしで殴り返さないなんて男らしくないからねぇ?」

そう言ってヒネクが僕の鼻っ柱に拳を叩き込む、、、痛ってぇ!

重くはないが鋭くキレのあるパンチだ、、、なんて言ってる場合じゃない。

「ヤメロォーーーー!!」

ミルが僕を助けようとしてデカ子分Bに突進するが、まるで巨大なバランスボールにぶつかったかのようにボヨーンと弾き飛ばされてしまった。

僕の大切な友達は受け身を取ろうと地面に手をついて手のひらを擦りむいてしまう。

チクショー、許せん、なんとか出来ないのか、、、

カバンの中にはさっき拾った放電武器があるが両腕を押さえつけられている為、リュックから取り出すことはできない。こうなったら、なんとか話し合いで、、、

「待って待って、ちょっと待って! 話し合おうよ! だいたい身動きが取れない相手を殴るなんて──」

「男らしいだろう?」

「ガッ、ゴッ、ガゴッ!」

交渉決裂、たて続けに数発殴られて口の中に血の味が広がる。

「あらら、チビクソゴミムシくんってば、ちょっと殴られただけですぐに泣いちゃうんだぁ?」

そうじゃないんだ、泣くつもりはないんだけど、鼻とか殴られると勝手に涙が、、、



そんな最悪な場面に、突如、どこからかため息と共にキュートなレモン色の声が響いた。

「ハァー、ナメクジ野郎が朝っからうるさいことうるさいこと、、、」

非常に可愛らしい声で非情に毒々しいセリフを吐いている。

声がした方に目をやると、派手なオレンジ色のコルセットに身を包んだ小柄な女の子がなにやら自信満々に立っているのが目に入った。


歳の頃は僕より少し下くらいだろうか? 頭にかぶった大きなオレンジ色のシルクハットからは鮮やかなオレンジ色の髪がこぼれ出ており、毛先はクジャクの羽根を思わせるような輝くグリーンに染められている。オレンジとキウイの断面を並べ、彩度を上げて撮影したようなそのセンセーショナルな配色は自然界における警告色のようでもあった。

「自分、毒持ってマス。要注意ッス!」

と言わんばかりの毒蟲的自己申告。

隠れる気ゼロ、捕食者に対して「どうぞ見つけてください、痛い目に遭うのはそっちですけど?」と言わんばかりのふてぶてしさ。

目元には丸レンズのゴーグルを光らせており、顔はよく見えない。

肌は健康的な小麦色に焼けていて、身長はかなり小さかったが、威風堂々としたその立ち姿によって体の大きさ以上の存在感を放っていた。


「これはこれはどこのお嬢さんだか知らないけど、もしかして男同士のプライドを賭けた果たし合いの邪魔をするつもりなのかなぁ~?」

とヒネク。

「なぁーにが男同士の果し合いよ。その子、毛虫みたいにメソメソ泣いてるじゃない」

と少女の呆れた声。

け、け、毛虫っ!?

いや、だから違うんだってば! 

泣くつもりとかなかったんだけど、鼻とか殴られると勝手に涙が、、、

「3人で寄ってたかってそんな弱虫をいじめるなんて、男同士のプライドが聞いて呆れるわね」

・・・お嬢さん、僕のプライドが傷ついてますよ?

「テメェ、ヒネクさんに物申すとか100年早ぇーんだよ、何様ダァ!」

とデカ子分Bが声を張り上げる。

すると少女は口元に小さな笑みを浮かべて、

「私が何者かですって?」

と言った後、そのなめらかなミルクチョコレート色の手でシルクハットを掴み、大袈裟に天に掲げるようにして脱ぎ去った。

彩度の高いオレンジとグリーンのセミロングヘアーが小麦色の肌の上にこぼれ落ちる。その光景は大地の上で太陽の恩恵を存分に受けて育った木々&果実を思わせた。

続けて彼女は反対の手でゴーグルを天に振りかざすようにして外す。

丸レンズのゴーグルの下から姿を現したのは、灼熱に燃える力強いオレンジ色の瞳だった。


一刹那、目の前に〈太陽の女神〉が立っているかような感覚に陥り、息を呑む。

愚鈍なヒネクたちですら似たようなことを感じたようで、その場にいた全員がしばし女神に心を奪われ言葉を失う。だが、続けて彼女が吐いた言葉を耳にした一同は瞬時にして夢から覚めることとなった。

「アンタたちみたいなナメクジゲス野郎に塩をかけるのが趣味の11歳、ミリアム・ミクレツカ様よ!」

そう言って彼女はビシッとヒネクたちを指差した。

なんと口の悪い、、、


「おやおや、女の分際で、しかも、しょ~がくせいの分際で、中2男子のこのヒネク様に楯突くとはとぉ~んだ無礼者じゃないかぁ。ちょっぴり痛い目に遭わせちゃおっかなぁ~?」

目の前にいるのは女神でもなんでもなくただの口の悪い小生意気な年下女、、、そう悟ったヒネクは眉間にシワを寄せ、顔を斜めに傾け、アゴを突き出して女の子を威嚇し始めた。

「アハハ、ヌメってるヌメってる、ナメクジ野郎が必死ですこと」

ミリアムと名乗ったその女の子は蔑みフルマックスでそう吐き捨てた。

煽り能力高けぇー、、、この子、ひょっとしてヒネクより性格悪いかも?


それを聞いた僕の右腕を押さえつけている方のデカ子分Aが、

「ヒネクさん、ワシ、こんなちょこざいな女、初めて見ましたわ」

と言うと、それを聞いた僕の左腕を押さえつけている方のデカ子分Bが、

「ヒネクさん、ワシ、こんな調子ン乗ってる女、初めて見ましたわ」

と続ける。ヒネクは、

「んふぅ~」

と鼻で笑うような吐息を吐いた後、実に嫌な笑みを浮かべて、

「人生の先輩としてこぉ~んなお行儀の悪いお嬢さんを野放しにするわけにはいかないよなぁ~。どうやら前歯の二、三本失ってもらうしかないようだねぇ~」

と肩を怒らせた。

子分たちもアホ満開の顔で「ヘッヘッヘ」とこれに追従する。


身体の大きな年上の男たちをこれだけ怒らせているにも関わらず、ミリアムは少しもひるんでいなかった。

むしろ緊迫する状況を前にワクワクしているようにすら見える。

彼女は冷血な表情で、

「アハハ、さすがナメクジ野郎、おつむの方がずいぶんのんびりしていらっしゃるようで。可哀想だから教えておいてあげるけど、アンタたち、もう笑ってる場合じゃないのよ?」

と言ったかと思うと、だしぬけに背負っていた袋の中からプロレスラーの腕ほどもあろうかという大層な銃を取り出して、銃口を真っ直ぐにヒネクの脳天に向けて構えた。


銃っていうより、もはやガドリングガンの様相を帯びている。

ぶっとい銃身はトランペットのような金色をしており、円筒が6つ、つまり銃口が6つもあった。

さらには懐中時計のような計器の付いた蒸気圧縮装置のようなものが付いていて、シュウゥゥゥという物々しい音を立てている。パッと見ただけでも僕がいた世界の銃とは構造そのものが違うのが見て取れた。これも蒸気科学というヤツなんだろう。

「おいおいおいおい!! なんでガキがそんなもん持ってんだよ、ヤヴァイだろぉ!! こっち向けんな、なぁ、おい、落ち着け、落ち着けってば!!」

と大慌てのヒネクが両の手のひらをミリアムに向けて必死になだめる。

・・・今この世界で一番落ち着いてないのはおまえだと思うぞ、ヒネク。

口元に冷酷な笑みを浮かべたミリアムがゆっくりと撃鉄を起こす。

「ガチャッ」

金属と金属がガッチリ噛み合う重厚な音が響く。

「ギャーッ!! ねぇ、ホント待ってよ、ねぇってば!! 謝る謝る、謝りますからっ!!」

と死に物狂いで命乞いを始めるヒネク。

巨体の子分たちはというと、二人してまったく同じ顔で口をあんぐりと開けドバドバと冷や汗をかいて、アワアワと両手をバタつかせていた。

だがそんな状況にも関わらず、なぜか唐突にヒネクは嫌な顔で笑った、、、実に嫌な顔で。

それからフイと子分たちの背後に隠れたかと思ったら、そこから手榴弾のようにおもむろに〈何か〉を放り投げた。


その瞬間、音が消え、時間がスローに流れ始めたかのような錯覚に襲われる。

ヒネクが放り投げた〈何か〉はコマ送りのようにゆっくりと放物線を描き鉄格子の中のクズ蟲の頭部に直撃して破裂した。クズ蟲の頭上で何やら粉が舞い散る。


僕にはその一連の出来事が何を意味するのかわからなかった。

だが、なにかとんでもないことが起こったのだということだけははっきりとわかった。

あれだけ余裕をかましていたミリアムですら明らかにうろたえていた。

「グギギギギギギギギギギギギ!!」

凄まじい音で沈黙が破られる。

轟音で空気がビリビリと震えている。


──それはクズ蟲の雄叫びだった。

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