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朱色に染まる見通しの悪い街道には、荒んだ雰囲気の男たちがわらわらといた。
筋骨隆々な腕に、安っぽい剣。
冒険者が盗賊に落ちたという風情だが、それが十人もいれば充分な脅威だ。
「今日の俺たちは運がいい! こんな人気のない道を馬車が通ると思って止めてみたら、こんな高貴な人が乗っているなんてなあ」
「御者は貧相。優男の従者。そして――ヨダレが垂れそうなほどにお綺麗な顔の貴族様」
「身ぐるみ剥がすだけのつもりでしたが、売っぱらっちまいましょうぜ!」
「へっへっへ。今宵の月は、血を吸いたがっているぜぇ」
「「「……………」」」
「おーーーっと! 妙なことは考えるなよ!」
「抵抗をすれば、無駄に怪我をするだけだ」
「そうそう俺たちは優しいんだぜぇ。諦めなっ!」
「へっへっへ。今宵の月は、血を吸いたがっているぜぇぇ!」
「「「テッド! お前は少し下がってろ!!」」」
「へっへっへ。今宵の月は、血を吸いたがっているぜぇぇぇ!」
あ、なんだろう、変な奴がいる……
テッドと呼ばれた男は、まだ月の見えぬ夕焼け空を仰ぎ、おイキになった目で剣の刃を美味しそうに舐めている。
男たちの中でも一際ガタイのいい彼は、脳みそも筋肉でできているのだろう。言葉がうまく通じないようだった。
「今宵の月は、血を吸いたがっているぜぇぇぇぇ!!」
仲間はちょっと引き気味で、しかしそれをいいことに脳筋男は、無造作に前に出た。
アルフレッドとユーリアは警戒を強めて、剣を抜き放つ。
テッドが両手で構えるは、破壊力のありそうな大剣。
対するユーリアはごくごく普通の片手剣で、アルフレッドに至っては白銀のレイピア。
優雅だが実用性の低そうな剣に、私はペタンと伏せる。
……あんなヒョロイ剣じゃ、絶対に負けちゃうよ!
安全な馬車の中から様子をうかがう私。
私はアルフレッドを誤解していた。
アルフレッドはまだ15歳なのに、弱いものを守ろうとする騎士だった。大丈夫だからここで待っていろ、と庇ってくれたことを思い出して、私は立ち上がる。
よし! 私があいつらを魅了して身代わりになる!!
そう駆け出そうとした瞬間、『ガキィィィィン!!』と金属音が響いた。何事かと思って見れば、宙を舞った何かが地面に突き刺さる。――それはテッドの大剣だった。
「はは、今日も冴えてますね! 坊ちゃまの付与魔法!!」
「坊ちゃまと呼ぶな……」
ユーリアの歓声に視線をやれば、アルフレッドの剣は青白く輝いていた。それがテッドの剣を弾き飛ばしたらしい。
まるで白焔が揺らぐように。
アルフレッドは魔法をまとわせた剣を、水平にゆらりと動かし、切っ先を天へと向ける。
「相手をしてやる、来い!」
それが合図だった。
顔色を変えた男たちは武器を振り上げ、一斉にアルフレッドに襲いかかった。多勢に無勢だと息を呑み、心配する私。しかしアルフレッドの剣は軽やかに、正確に、相手の刃を打ち弾いていく。武器を無力化させると、自分の三倍はあろう体重の賊を、打ち身をして昏倒させていく。
うそ! アルフレッド、ヒョロくなかった!! 強い強い!!
「――さて、それでは私も」
はしゃぐ私の視界の隅で、ユーリアはにやぁぁと笑って剣を振るいはじめた。その太刀筋はアルフレッドほどの洗練さはないが、容赦がない。
盛大に血しぶきが飛ぶ。
「おいっあまり傷づけるな! ……後始末が面倒だ」
「はは、またお優しいことで」
武器を拾おうとする男の手を踏みつけ睨む主に、ユーリアは苦笑している。
「ほんと、賊に情けなんてかけてどうするんだか。しかしあまり傷づけると、坊ちゃまが白魔法で回復させるとかバカなことをしそうで。はあ、そういうところが良いところで、甘っちょろくて、どうにかしてほしいところではあるのですが……」
ブツブツ言いながらも、ユーリアは命に従う。手際よく、ほぼ無傷で男たちを無力化していく。
賊達は悲鳴をあげた。
「なんだこいつら! 強えええ」
「は、話が違うじゃねぇぇか!!」
「ちょっと脅すだけで金貨三枚は美味しいと思ったのに! 割にあわねぇぇよ!」
「っ……おいお前らっ。それはどういうことだ!!」
アルフレッドが問い詰めたそのとき、場の流れが変わる。ユーリアが真っ先に気づき、顔色を変えた。
私は、そっとため息をつく。
なーんだ、私が心配する必要なんてなかったんだね。
ごめんね、アルフレッド。一方的に弱いって決めつけてさ。
太い腕が、私の胴体を締め付ける。首筋には鋭い切っ先。
注目されているので、私は可愛らしく上目遣いを送った。
「へっへっへ。今宵の月は、血を吸いたがっているぜぇぇ!」
へっへっへ、捕まっちゃいましたぁ……