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 私は考える。

 アリア様はどうして、そんなにアルフレッドを嫌うのだろうか、と。


 ガタゴト、ガタゴト。


 アリア様はとても優しい方だ。

 腹ぺこで彷徨っていた私を拾って、暖めてくれた人。

 そのときの私は、ぼろ雑巾のようにぼろぼろでコーギーの愛らしさゼロだった。

 雨が降りしきる寒い日だったから、私の体は冷え切っていたのに、メイドに任せることなく自ら私を抱っこして暖めてくれた。


 ガタゴト、ガタゴト。


 そんな優しい方だから、アリア様は絶対に悪くない。

 アリア様を破滅させる男どもがダメダメ、ダメ! なのだと思っていた。


 うん、思っていた……


 ガタゴト、ガタゴト。

 ガタゴト、ガタゴト……


 ひょっとすると、アルフレッドルートに関しては、アリア様に問題があるような……?


 毎週毎週アリア様と遊ぶのを邪魔する、嫌な奴だと思っていたアルフレッド。

 顔を合わせればアリア様に嫌みを言うし、婚約者のくせに、聖女にたぶらかされてアリア様を破滅させる浮気モノだと思っていた。けれど……


「夫婦喧嘩ではよくあることです」


 沈黙の続く馬車に、ユーリアの凜とした声が響いた。


「うちの嫁さんもそうです。普段はとてもおとなしい奴なんですが、ひとたび怒り出すと、食器を私に投げつけるのです」

「…………」

「女性には我々のような腕力はありませんからね。殴ろうとしたら手を痛めてしまう。だから食器を、私に投げつけるのです」


 ガタゴト、ガタゴト。


 馬車の中で、男たちは向かい合って座っている。

 真剣な表情だ。


 そして、私はアルフレッドの座席の下にいる。


 なんとなくアルフレッドの言葉が気になって、退散する彼らを追いかけ、こっそり馬車に乗り込んだのだ。

 今は長い胴体をいかして両手両足をビヨオオンと伸ばし、我ながらうまく隠れている。


 沈黙を貫いていたアルフレッドは、あれからはじめて口を開いた。


「ユーリア、皿と火の玉は違う」

「大差ありません」

「そして、結婚もしていないっ。まだ! 夫婦喧嘩などと、恐ろしいことを言うな!!」


 悲鳴じみた声に、うんうんと私はうなずく。


 治癒魔法特化の白魔法を使うアルフレッドと、攻撃魔法特化の赤魔法を使うアリア様。

 今まで想像もしていなかったけど、絶対、アリア様のほうが強いなっ。さすが我が主!


「では――婚約は破棄するおつもりで?」

「………………そういうわけにも、いかんだろ」

「はい」


 ユーリアはあっさりうなずいた。


「アリア様――五大貴族筆頭であるリュシュール家と縁を結ぶメリットは、計り知れません。現皇后の勢力がさらに強まる今、婚約を破棄などすれば我らは一気に呑み込まれてしまうでしょう」

「ああ、わかっている……」

「さすればパンを食べれぬ生活に戻り、アルフレッド様は現皇后の監視下に置かれる可能性すらあるわけです。が、婚約破棄がアルフレッド様のご意志とあらば、全力で御身を守らせていただきます」

 え、そんなにアルフレッドたち追い込まれるの!? と私が顔を歪ませたそのときだった。

真面目な表情だったユーリアが、にたああと笑ったのだ。

「しかし堅苦しい理屈はさておいて、アルフレッド様に、アリア様を切るなんてことはできないのでは? 昔は本当に、仲がおよろしかったですよねぇぇ」


 ……へ?


「忘れろ、ユーリア。昔のことだ」


 はい?


「いえいえ大事なことです。私は忘れておりませんよ? アルフレッド様は、へりくだらず平等に扱ってくださるアリア様に、恋をしていた」


 ……え? 鯉? 異世界にも鯉っていたん……

 いや!? 恋!! 


 がばっと顔を上げた私は、アルフレッドの椅子に頭をしこたまぶつける。


『~~~~~~~~~~~~!?』


 め、めっちゃ痛いっ! でもっ、見つかったらアウトだ。耐えろ、私! ユーリア、早く、早く詳細を!

 詳細情報プリーズ!!


 短い前足で頭を押さえていると、アルフレッドがダン! と勢いよく立ち上がった。


「ユーリア! バカなことを言うなっ! 私が、私が、アリアに、こ、こ、こ、恋などと!!」

「そんな真っ赤な顔で言われても全然恐くないですよ、坊ちゃん?」

「坊ちゃんと呼ぶのは、やめろ!!」


 はは! とユーリアは軽やかな笑い声をあげる。


「私は全力で、アルフレッド様の恋を応援させていただきます。そのお気持ちは、いつかきっとアリア様にも届くはずで……」

「もうやめてくれ!」


アルフレッドは鋭く遮った。椅子に座り込むと、頭を抱える。


「アリアが……あんなふうに歪んでしまったのは、私のせいだ。私はこのまま婚約者でいつづけることが、彼女にとってよいことなのかわからない、んだ……」

「アルフレッド様……」


 一転して表情を曇らせたユーリアは、首を緩く振った。


「あの事件は、決してあなた様のせいではありません。決して、決して……」

「……………………」


 アルフレッドは無言だった。

 知的なブルーの瞳を陰らせて、己の両手を見つめている。


 ……はて?


 薔薇色の恋バナから急転直下のお通夜状態に、私は首を傾げる。

 

 事件とは、一体なんなのだろう。アリア様になにがあったのか。


 モフモフの両前足を組んで耳をそばだてていたが、一向に彼らは話さない。


『アルフレッド! もったいぶらないで、さっさと話してよ!!』


 と言って駆け寄りたいが、悲しいことに、私の鳴き声はワンワンのみだ。いや他にキューンとか、くうくうもあるが、言葉が通じないことに変わりはない。


 ふいに、アリア様の顔が思い浮かんだ。美味しい晩ご飯のことも思い出す。お腹が空いていた。


 みんな、心配してるだろうな……


 そっとため息をもらし、どうやって屋敷に帰ろうか考え始めたときだった。

 順調に走っていた馬車が、ガクン! と大きく揺れたのは。


「アルフレッド様!」

「一体何事だ! て、いぬぅぅぅぅぅ」


 衝撃に耐えきれず、私の体は馬車内を転がった。

 キャイン! と悲鳴をあげる可愛いコーギーの姿に、彼らは目を丸くする。それと同時に、襲撃者が馬車に踏みこんできたのだった。



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