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「あ、アリア……!」
アルフレッドの声に緊張が帯びる。私も、階段の上で腕組みをしている主を恐々と見つめた。
『……あ、あれ~、アリア様? なんかすっごく怒ってる?』
いつも優しげに細められたエメラルドの瞳が、なんか恐かった。
ハーフアップの赤髪が燃えるように輝き、心なしか揺れている。
そこへキースが珍しく慌ててやってきて、
「アリア様、おやめください!」
制止が響いた次の瞬間――
アリア様は細く、白い腕を振り上げた。
その、か弱さとは裏腹に、激しく燃えさかる炎が手の平に出現する。
『うそ! マ、マッチの火じゃない……!』
想像以上に大きな火の玉の出現に、私はポカーンと口を開いた。
メラメラと音をたてているそれは、なんだかとても熱そうだ。度肝を抜かれていると、アリア様は言った。
「アルフレッド様、今日は一体どういったご用でいらしたのですか? 今すぐフランソワから離れないと、消し炭にさせていただきますが?」
『っ待って、アリア様! 消し炭って、消し炭って、なんですかぁぁぁ!?』
アルフレッドの足下で、私はドン引きだ。
「アリア、冗談はそれくらいにしろ。私はお前の婚約者なんだぞ。わかって言っているのか!」
『そうです、アリア様! いくら嫌いでも婚約者なんです。未来でアリア様を破滅させる相手ですが!!』
反論した私たちの横を、熱球が飛んでいった。
ノロノロ……と。
そのスピードは目で追えるほどゆっくりで、あ、やっぱり大したことないかと思った。が!
――ひゅぼん!
振り返れば、ふかふかのカーペットが大きくえぐられ、素敵に焦げていた。
『――――!?』
「次は、はずしませんよ?」
ヤバい!!
消し炭にすると言ったアリア様は、それができる魔力の持ち主で、しっかり実行力もあるらしい。
私はガクブルして短い手足で、アルフレッドの長い足にすがりついた。
それが気に入らなかったらしい。
アリア様は無造作にまた腕を振る。
「また――公の場ならいざ知らず、このような私的な場で、私を婚約者と呼ぶのもお控えください」
虫ケラを見るような冷たい瞳が、アルフレッドを睥睨する。
「未来の皇太子妃なんて地位、望んだことは一度もございません。望んだのは、あなた様。後ろ盾も王たる資質も持たない、哀れなお方」
「……アリア。お前は! お前は……!!」
「お帰りを、消し炭になりたくなければ」
にっこりと笑って。
先ほどよりも大きな光球を手の上で弄ぶ姿は、まさに悪役令嬢と呼ばれるにふさわしい。
アリア様、一体どうしてこんなことを……
「……お前は、いつまでそうやって歪んでいるつもりだ」
アルフレッドの悲しげなつぶやきが落ちてきて、私は顔をあげる。アルフレッドの隣で、ユーリアが首を振った。
「アルフレッド様、逃げますよ!」
「……あ、ああ」
そして今日も、彼らは退散していった。