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「坊ちゃん、大丈夫ですかぁ? 私も同席したほうが」

「……坊ちゃんと言うな、ユーリア。心配せずとも、私は今日こそちゃんとアリアと仲良くしてくる」


 一人はアリアと同い年の婚約者であり、攻略対象のアルフレッド。

 もう一人はアルフレッドの付き人、ユーリアだ。


 彼らは屋敷を訪れると、アルフレッドのみアリアと面会していく。

 そしてアリアと喧嘩となって激高する若いアルフレッドを、三十代のユーリアがなだめて帰っていくのが常で、その流れを毎週毎週、飽きることなく続けている。


 そう、アルフレッドたちはどんなことがあっても、翌週には必ずアリアに逢いにくる。逢いにこざるをえないのである。


 この辺りの事情が、アレフレッド人気の要因でもあった。


 アルフレッドは第二王子だが、母親が地方貴族の娘で後ろ盾が弱かった。それに加え、魔法は白魔法の適正しかない。

 白魔法は治癒魔法特化型で、民衆には人気だ。しかし王の魔法特性ではないとされている。

 王の魔法適正として好まれるのは、赤・青・緑・白・黒・光の内、攻撃特化型の赤・黒魔法で、暴れん坊の第一王子は黒魔法適正者である。さらに彼の母親の家は、代々国を支える有力貴族ときている。


 だからアルフレッドは、王国建立から何度も宰相を輩出しているリュシュール家の、赤魔法適正者であるアリアと婚約を結んだのである。


 でも、優しいアリア様が赤魔法適正者って、ちょっとピンとこない。魔法を使っているところも見たことないしなぁ。


 炎を操る攻撃特化型の赤魔法は、甚大な魔力と体力を使う。

 十五歳の侯爵令嬢にできることなんて、マッチのような小さな炎を産むのがせいぜいではないのだろうか。

 それならマッチを使えばいいのでは? と思ってしまうが、アルフレッド陣営には価値ある婚約者の資質なのだ。


 アリアと結婚して子をなせば、赤魔法の子ができると期待して。王となるさいに、リュシュール家が強い後ろ盾になってくれるのを期待して。

 彼らは毎週、律儀にやってくるのである。


『キラキラ王子なのに、悪役令嬢アリアに気を遣わないといけない立場が萌え~』とか『自分の立場を顧みずヒロインを愛して、最後にはアリアを断罪する姿に惚れるっ』とか。

 プレイヤーたちからはそんなふうに評されている。


 ……評されているわけですがね?

 アリア様を断罪しなくていいと思う。


 アルフレッドルートでアリア様が断罪されたのは、正ヒロインをいじめたからという、鼻で笑ってしまうほど幼稚な理由である。それも正ヒロインが訴えたアリア様からのいじめというのは、


『平民は貴族より先に発言してはいけない』

 うん、前世でも上司より先に話したら怒られたよ。

『廊下をバタバタ走るのはみっともない』

 ごもっともでは? 小学校のとき、先生にさんざん言われたわ。

『庶民だからといって、正装の場に平服でやってくるのは学園の恥』

 ……普通はそうですよねぇぇ。


 アリア様がヒロインに注意したことってすっごい! まっとうというか、無邪気にルールを破っているヒロインが問題じゃね? と、おばさんは思うわけですよ。

 でもってそんなどうしようもない理由でアリア様が断罪されてしまった真の理由、それはつまるところ――


 ヒロインにいい格好をしたかったアルフレッドの見栄と、アリアと婚約せざるを得なかった己の境遇に対する八つ当たり。

 どうしようもねぇなぁ男って奴はと思いつつ、私はゆっくり階段を下りていく。


「おい、犬がきたぞ」

「ええ……少し困りましたね~」


 二人の警戒する声を聞いて、足を止める。ちょうど彼らの目線と、私の目線が同じくらいになる位置だ。


 ――あれは失敗だった。


 今深く、深く、私は反省している。

 私は今まで何度もアリア様と対面中のアルフレッドと顔を合わしているのだが、そのときの私の態度は、お世辞にもよろしいものではなかった。


 だってさ。

 前世の記憶が戻るまで、アルフレッドの存在は、アリア様と遊ぶ時間を邪魔しに来た、悪い奴という認識でしかなかったから。

 アリア様も私と遊ぶ時間を優先して、アルフレッドを追い返そうとするから、ついつい嬉しくなって、しっかり唸って、しっかり吠えて、可愛いコーギーにあるまじき野性味たっぷりの顔で脅してしまいした。

 はいっ、ごめんなさい!


 私は両耳をたらして、反省の気持ちを彼らに表明する。決して彼らを驚かさないよう、くうん、くうんと、謝罪を繰り返すと、


「あれれ? アルフレッド様から聞いていた話と違って、大人しい犬じゃないですか?」

「――騙されるな、ユーリアっ。こいつはずる賢い性格で、執事やメイドがいる前では可愛く振る舞い、アリアがゴーを出した瞬間、牙を剥く狂犬だ」

「いやああ、そうはいいますけど、とてもそんなふうには見えませんよ?」


 騙されてくれたユーリアに向かって、にっこり笑う。


「! ほらぁぁ。すっごい可愛い犬じゃないですかっ。おいでおいで~!」

「ユーリア!!」


 はい、一丁上がり。コーギーの魅力は無限大~!


 早速、信者を作った私だが、すぐに気を引き締める。

 本当にたらし込まなければいけないのは、アルフレッドのほうなのだ。


 どういったすれ違いか、アリア様とアルフレッドは仲が良くない。それならば、私がアルフレッドと仲良くなろう。

 さすれば私のことが大好きなアリア様は、私と仲が良いアルフレッドとも仲良くなれると思うのだ。仲良くなっていれば、アルフレッドがヒロインを選んだとしても断罪はされないはず。


 これぞ『友達の友達は、みんな友達』計画!


 心の中で右手をぐっと握りしめて、でれでれ顔のユーリアの元へゆく。

 アルフレッドには興味はありませんよ? という顔でまず近づいて、ユーリアに愛想を売る。しかししっかり視界のはしでは、アルフレッドを観察する。


 はじめアルフレッドは、眉間にしわを刻んでこちらを警戒していた。それが徐々に、徐々に、警戒心が緩んでゆく。


 よし! 今こそ練習の成果を見せるとき!!


 ここ数日、私は暇を見つけては鏡の前で一番可愛い顔を研究した。一発で人間をたらし込める顔を追求した。

 私はタイミングを見計らい、攻略対象を可愛い顔で振り返る。


 上目遣いで、ちょっとうかがうような感じで、耳を少し垂らして~


『必殺! あ・ざ・と・ビーム!!』


 バッチリと! アルフレッドと目が合った。


「ぐっ!」


 知性を感じる、その青い瞳が揺れる。アルフレッドは口元を抑えて、私から目をそらした。

 よしきたったか? れたか?


「た、たしかに……可愛いかもしれない、な」


 ――ったぁぁぁぁ!


 心の中で喝采をあげて、表面上はただニコニコ笑顔を振りまき、アルフレッドに近寄る。

 彼の長い足に頭をすり寄せ、よし大サービスだっ、モフモフのお腹を見せてあげようとした、そのときだった。


「なにを、なさっているのかしら?」


 見上げれば、艶やかな唇が弧を描いていた。 

 ひんやりとしたまなざしで、人形のように微笑むのは、我が愛する美しき主、アリア様だった。



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