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さてさて。
訪問予定のアルフレッドこと、アルフレッド・ユーミア・シュゲルザーは、四人いる攻略対象者の内の一人である。
彼はシュゲルザー王国王位第二継承者であるものの、第一継承者である二つ上の兄の素行が悪いことから、次代の王として目されている。
矢車菊のごとき青い瞳と、サラサラの金髪。
物腰の柔らかさと、知性の高さ。
優男に見えながらも剣の腕は抜群のザ・王子様。
プレイヤー好感度、ダントツ一位の人気を誇っている攻略対象キャラだ。
しかしそれと同時に、悪役令嬢アリアの婚約者でもある。
『……アリア様の婚約者ってところも、彼の好感度が高い理由なのよね』
もっちゃ、もっちゃっと、昼食に舌鼓を打ちながら私は呟く。
本日の昼食は、前菜にサーモンとイチジクのマリネ。
スープにジャガイモのビッシソワーズ、メインに牛肉のテリーヌ、デザートは黄金リンゴのパイ包みである。
そのどれもが絶品で、ミラに料理を口にいれてもらうたび、ごろごろと大理石の床を転がってしまう。
――ああ! ほんとっ、この犬生活、素敵すぎる!
人間時代。
会社の犬時代の昼食といえば、昼時に電話をよこすバカなクライアントとやりとりをしながら、菓子パンでエネルギー摂取をしていた。
あの頃の一回の昼食代がワンコインだとしたら、今は諭吉さんくらいに跳ね上がっている。
そして、上げ膳据え膳。美人なメイドさんの給仕つき。
「フランソワさま、おかわりはいかがですか?」
『お願いします!!』
悪役令嬢の犬生活、ワンダフル♪ と思わずにはいられない。
しかしそんな贅沢も、アリア様が破滅したら終了である。
私はご馳走を噛みしめながら耳をすます。食事を終え、メイドのミラにブラッシングをしてもらい、眠たくなってきた頃、馬車の音をキャッチした。
「フランソワ様、どこにいかれるんですか!?」
『アルフレッドのとこ!』
追いすがるミラを置いて、私は攻略対象を攻略すべく、全速力で駆け出した。
◇◆◇
――いた!
その金髪の男性を瞳がとらえた瞬間、私は急停止した。
玄関ホール前の階段を降りているときのことである。自分ではうまく止まったつもりがうまくいかず、足がもつれ、ゴロンゴロンと、階段を転がり落ちる。
うわあああん、またやっちゃった!!
犬の本能か、ついつい猛ダッシュ。急停止――し損ねてドアにぶつかったり、階段から落ちたりは日常茶飯事である。
しかし犬の体は柔らかく、大した怪我をしたことはないのだが、今日はいささか不運だった。
グワッッシぃぃ!
と、階段を転げ落ちる私の首肉がつかまれる。力強く落下を止めたのは、私の天敵、この屋敷の執事キースだった。
「フランソワ様、お静かに」
銀髪に銀縁眼鏡。
スラリとした壮年の男の眼光は鋭く、その声は冷たげな響き。実際、正しさを追求する厳しい性格で、ミラや若いメイドたちに恐がられているのだが、私は知っている。
この男が隠れ犬フェチだということを。
うわーん最悪。またお仕置きとかいって、私を撫で回すのかなぁ。もう勘弁してよね!
この男の厄介なところは、私が気持ちよくお昼寝をしていると、足音もさせずにやってきて、私の白いお腹に顔をうずめ、勝手にモフモフし、スーハースーハーと犬吸いをしてくれるところだ。
気苦労が多いらしく、皆に隠れて私をモフモフするのがストレス発散のようである。
私からすればたいへん迷惑だった。
以前も迷惑だったが、前世の記憶とともに二十八歳の女性の感覚が蘇って、セクハラよ! と訴えたい気持ちでいっぱいである。
「お待ちしておりました。すぐにアリアお嬢様をお呼びします」
そんな変態執事は私を抱き抱えながら、訪問者に最敬礼をし、踵を返す。
ああああん、離してよぉぉ。私はあいつに用があるのぉ。
執事は私も連れて行こうとしたが、ジタバタしてやったのでその場に私を下ろす。
「フランソワ様。くれぐれも、いい子にしていてくださいね」
『嫌です!』
気持ちとは裏腹に「ワン!」といい子風に鳴くと、執事をすぐに階段を上っていく。訪問客をあまり待たせてはいけない、という義務感を優先したのであろう。
そして残されたのは、私と、二人の男性。