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会社の犬。
明るい未来を思い描けない、ただ仕事をするだけの存在。
はぁーい、今日もサービス残業よろこんでぇ! 文句なんてありません。上司様の指示は完璧ですぅぅぅ。
そんな会社の犬となり、毎日の苦行を明るくこなしていた私。
けれど、ひそかな夢があった。
来世はこんな生き方をしたいな、と。
とてもささやかだけど、二つほど。
一つは、海の中の海藻になりたい。
そう、いわゆる海の藻屑。
穏やかな海をたゆたいながら、光合成をして、この世界のお役に立ちたいな。
すっごい平和で、よさそう。誰にも叱られなくて、ときどきお魚さんとおしゃべりする、みたいな?
なかなかの現実逃避。
わかってます。疲れていたんですよ、ほんと。
そしてもう一つの夢は――
英国王室で飼われているコーギーになりたいな、と。
テレビで英国王室特集をみていて思ってしまったのです。
ほら!
だって、優しそうなプリンセスとかに囲まれて、おいしいものを食べて、わがままに振るまっても怒られない。
むしろ、わがままも愛嬌で愛される存在。それが英国王室の犬。
すっごい、よさそうだと思ったんですよ。
……ええ、望みましたよ。たしかに。
そして、アリア様は本当に理想的な主です。
私は毎日幸せに生きてきました。これからもアリア様の元で、犬生をまっとうするつもりでいました。
「フランソワったら、ご機嫌ななめね。おねむなのかしら?」
『違いますっ。あなたが心配でならないんです!』
必死に訴えるが、私の声はワンワンと虚しく響くのみ。
『ああ、なんて無力……ダメだ、犬にはどうにもできない』
私は両耳をペタンと寝かせ、くぅぅぅんと己の力のなさを嘆く。
すると、アリア様はさっと表情を曇らせた。
「ああっ! そんな、そんな悲しい声で鳴かないでちょうだい……!!」
アリア様が私を抱きしめる。
その温もりが、二年前の記憶を呼び起こした。
気づけばこの世界に転生し、ひとりぼっちで放浪していた。
民家に入り込もうとして追い払われ、雨を避けることもできず、
とぼとぼと。とぼとぼと。
空腹と寒さに、もう死んじゃうんだなあと思ったそのとき、助けてくれたのがアリア様だった。
泥だらけの私を、綺麗なドレスが汚れるのも気にもせず。
ただただ、抱きしめてくれた。
――ああ、今日もアリア様はあったかいなあ。
そして、あのときと変わらず、アリア様のまなざしは優しい。
こんな優しい人が、一体どうして破滅の運命を迎えなければならないのか。
『みとめない……』
悔しさが沸き上がり、肉球のついた両手をキュッと握りしめる。
『認めない! 絶対、アリア様は私が守るっ。破滅エンドなんてぜったいぜったい、認めない!!』
思いの丈を吐き出して、顔をあげる。
心配そうなエメラルドの瞳。
私は大丈夫ですよ? と、美しい侯爵令嬢の頬に口づける。
私の前世は、会社の犬で大した力を持たなかった。転生したらリアル犬で、もう笑うしかない。
が!
『犬舐めんなっ。来るなら来い。噛み砕いてやる破滅エンド!!』
そうして、私は破滅エンド阻止にむかって立ち上がる。