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 いつの間にか月が出ていた。

 真っ白なナイフのように尖った月――それこそ血を欲しているような月だった。


「へっへっへ……」

『へっへっへ……』

「今宵の月は……」

『今宵の月は……』


「『血を吸いたがっているぜぇぇ!』」


 狂気の笑みを浮かべる男にあわせて、私は『わおーん!』と吠えた。内心のパニックを紛らわせようと、二度、三度と遠吠えする。

 すると『うるせぇ!』と、テッドがはじめて別の言葉を発した。

 先ほどまでの陶酔した目に、殺意が宿る。


「ズタズタにしてやんぞおらああ!」

「――やめろ!!」


 鋭い制止が響いた。


「そいつに、手を出すな……!」


 焦燥を露わにしているのは、アルフレッドだった。

 私を案ずるブルーの瞳と、目が合う。綺麗な目だった。なにか言おうと口を開いたそのとき、嫌な笑い声が割り入る。

 

「なんだああ、そのニョロニョロした変な生き物。お貴族さまの大事な、大事なペットなんですかぁ?」

「おいおい、俺たち、大逆転なんじゃねぇぇかぁぁ」

「テッド、よくやった! いいか、そのまま『それ』を離すんじゃねええぞ?」


 ぼろぼろな男達はテッドに言い聞かせると、アルフレッドに、それはそれは下卑た笑いを投げた。


「形成逆転だな」

「さ、まずは武器を捨てて、その場に両手をついて跪いてくださいよ」

「っ、さっさと言うとおりにしろ!」


 アルフレッドとユーリアは、剣を投げた。カラン、と空虚な音が響く。

 そして、彼らの言うとおり、二人はその場に跪いた。苦渋の表情で。私を心配そうに見つめながら。


 私はそれを黙って見ている……なーんてことはできなかった!


『こんのぉ! 卑怯者!!』


 腹の底から大音量で吠える。吠える。吠える!


『犬質を取らないと勝てないってどういうことだこらぁ! それとニョロニョロした変な生き物って、なんだこらぁ!

 こちとら、可愛い可愛い!! 愛嬌しかないコーギー様だぞぉぉ!!』


 遠慮なしに吠える!!

 テッドの手の力が緩んだので、長い胴体をいかしてグネングネンと暴れ回る!


「……この!」

『脱出!!』


 男の顔を蹴っ飛ばし、私は華麗に宙を舞った。

 解放された瞬間、希望の光が映る。世界は明るく広がって、私は勝利を確信する。


『よし!』


 高揚感のまま、窮地のアルフレッドの元へゆき、吠えた。


『お前ら、全員やっつけてやる!!』

「お、おいお前、落ち着け」


 牙を剥いてグルグル唸る私を、困惑したアルフレッドが後ろから押さえてくる。


「あ、ありがたいが、お前は下がっていろ。もう、大丈夫だ」

『いやいや、これでも腹が立っているんです。アルフレッドのほうこそ下がってて!』

「おい、踏ん張るな! お前があいつらに勝てると……」

『大丈夫!』


 前足後ろ足を踏ん張って、私は高らかに吠えた。

 我ここにあり! 

 世界一、魅力的なコーギー様だ!


『その魅力にみなはメロメロ。それがわからぬバカモノは――天にかわってお仕置きです!』


 ちゅどーん!!

 

 その瞬間、轟いた。

 男達のすぐ前方、えぐい威力を秘めた火球が地面に突き刺さっている。


「「「…………え?」」」


 みなあまりのことに呆然自失。なにが起こったか理解もできない。

 そこに二発、三発と炎の塊が降り注ぐ。男たち目掛けて!


『ふっふっふっ』


 情けない悲鳴。子犬のように逃げ回る男達。

 阿鼻叫喚を前に、私は悪代官のように含み笑いをした。背後の崖の上を振り返る。唖然としていたアルフレッドが、私の視線の先を追う。


「あれは!」


 燃えるような赤い髪。ほっそりとした腕で赤魔法を惜しみなく振るうのは、十五歳の悪役令嬢。


『ああ、アリア様! 助けにきてくれたんですね!』


 私がいなくなったことに気づいて慌てて追いかけてきたのだろう。アリアのそばにいる馬の息が荒い。彼女の服や御髪おぐしは乱れている。


 それでも、彼女は誰よりも美しい!


 容赦なく敵を屠る我が主に、私はうっとりしていたが、アルフレッドは顔色を変えていた。


「やめろ! アリア!! これ以上、魔法を使うんじゃない!!」


 そう叫んだ瞬間だった。

 アリア様はその場に崩れるようにして倒れたのである。


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