「大きくなったら、結婚しようね♪」幼稚園の頃に将来を誓いあった幼馴染だけど、今は俺の友達の彼女です…ざまぁしてもいいッスか?(笑)
「大きくなったら、結婚しようね♪」
―――突然だが、俺・森咲 奏太には、小さい頃からいつも一緒にいて、そして将来を誓いあった幼馴染の女の子がいる。
穂積 柚希。
良くいえば前向きで天真爛漫で、でも実は案外しっかり者で、面倒見の良い奴だ。
…あれ、なんか良いところばっかしか思いつかないな。
まあそれはともかくとして、彼女は内向的だった俺の性格にお構いなしで、昔からやりたい放題だった。小さい頃の記憶を思い返せば、あいつに散々振り回された思い出しかない。
家が近所で、よく一緒に公園で遊んでいた。親同士の仲も良く、家族ぐるみでキャンプに行ったこともあったっけ。
そんなあいつのことを、なんだかんだで俺は嫌いじゃなかったし、むしろ友達だと思ってきた。
だけど…
たった一度だけ、その『友達』という関係に疑問を抱いた出来事があった。
そして、俺はあの日の記憶を、ずっと引きずっている。
あれは幼稚園の頃。
保護者に向けた何かの企画だったと思うけど、柚希は先生に将来の夢を尋ねられたとき、こう言ったのだ。
「お嫁さんになりたい!」
そして、偶然近くにいた俺の方を見て…
「大きくなったら、結婚しようね♪」
―――それは、あまりにも自然な流れ過ぎて、一瞬の出来事だった。
そして、彼女はいつから持っていたのだろうか、ポケットから取り出して、俺に……おもちゃの指輪を渡してきた。
俺はといえば、ただうん、と返事をして、それを受け取ることしかできなかった。
それ以上、何て言葉を返せばよいのかわからなくて、心の準備とかできてなくて…
俺は小さいながらに、結婚のための指輪というものは特別な意味を持っていると知っていたから、あのときは激しく動揺してしまい、そのせいで今でも忘れられない思い出となってしまっている。
今思えば、結婚指輪って普通は男の方から渡すものだと思うし、それに、所詮子供の考えたことだし……そこら辺に深い意味とかはきっとなくて、それはただの柚希なりのLikeの気持ちだったのだろう。
けれど俺はそれをどう処分することもできなくて、あの日もらった指輪は今でも俺の部屋に残っている。勉強机の隅のインテリアの1つとして、活躍してもらってる。ああいうのって、何となくさあ……捨てにくいんだよな。
小学生、中学生と歳を重ねても、俺たちの関係は続いた。
それは、あくまで友人として。
しかし、柚希は段々と女の子らしくなって…
いや、相変わらずズケズケとした性格のままだったけども。
まあでも確かに綺麗にはなったな、とは思うし、実際彼女のことを意識して、そういう目で見てしまう男子は多いらしい。
伸ばした髪をサイドテールにした彼女は、ツンデレの定番(?)のツインテールとは一味違ってまた良いとか、俺には根底からさっぱり理解不能な噂なんかも耳にしたことがある。それくらい、彼女は密かに男子たちの間で人気があった。
そんな彼女とずっと変わらずに友達としてよろしくやってきた俺は、何となくこれからも一緒にいるんだろうなあ、と将来を思い描いては、漠然とそう感じていた。
柚希は話していて居心地が良いし、楽しいし、彼女のしっかり者でアクティブな性格は変わらなくて、そのおかげでいつも俺の知らない世界を教えてくれる。それに、かつて色々と振り回されたことで2人だけの共通の思い出もたくさんある。
時折、指輪を思い出す。
あれは…もう時効だろうか。
そうやってたまに寂しい気持ちになってしまうほど、俺はこのままこいつと将来一緒になっても別に良いかな、という気になっていた。
やがて俺と柚希は一緒の高校に進学した。
偶然にも柚希とは同じクラスになり、またいつもの日常を想像した俺だったが、それに加えて、俺には新しい男友達ができた。
他校出身の、鳥越 涼真という奴だ。
スポーツ万能、勉強はそこそこ…というか本気で頑張らないだけで、それであの成績なのだから、本当はかなり頭が良くて、要領の良い奴だ。
俺とは似ても似つかない奴なのだが、妙に話していて落ち着くところがあり、共通のゲームの話題がきっかけで俺らは簡単に打ち解けた。
しかし、友人になって暫くして、あいつが妙にそわそわし始めているのを俺はなんとなく感じるようになった。
どうやら涼真は、柚希のことが気になるらしい。
そしてある日、俺はそのことを涼真に打ち明けられた。
涼真にとってはかなり勇気を出しての発言だったようだが、俺からしてみれば、正直驚いた…とかはなく、薄々気づいていたことだし、何より柚希に対する彼の様子の変化は俺と友達になってからのことで、元々彼女への接近を目的に俺と仲良くなったわけではないことくらい、わかっていた。
だから俺は、涼真を応援することにした。
でも、家で勉強しようとすると、無意識のうちに指輪に目が行ってしまい、宿題に集中できなくなった。
そして、夏休みが明けた文化祭の頃。
俺はこっそりと2人に告げられた。
「俺たち、付き合うことになった」
って。
それを聞いた俺は…
『うわあああああ!くっそおおおおお!ふざけんなよおおお!』
心の中でそう叫んだのだった。
念のために言っておくが、俺は幼馴染を奪われて嫉妬したわけではない。
俺が先に好きだったのに、とかは思っていない。
確かに胸の内がモヤモヤするけど、決して強がりとかじゃない。
友人に恋人ができたという事実に、今になって嫉妬してしまったのだ。
先を越されてしまったということが、ただただ悔しかったのだ。
そして、俺は2人の友達に、何となく話しかけにくくなってしまった。2人の邪魔をしたくなかったから。
2人は暫くこの関係を隠して交際するつもりらしい。
だから、今まで教室で仲良くやっていた俺が離れていくという方が不自然という状況になった。それゆえ、結果的には2人の友人を同時に失っていきなりぼっちになる、という展開は回避できたのだが…
何となく、少しだけ気まずくなってしまった。
それでも、クラスの席が近くなくても、そんな俺に休み時間、1日1回は話しかけに来てくれるのは、涼真なりの気遣いというやつだろうか。
あいつは俺と柚希が同じ中学出身で、以前から仲が良かったことまでは知っているが、家族ぐるみの付き合いがある腐れ縁というところまでは知らない。
だからこそ、ある休み時間に…
悲劇は起こった。
そう。起こってしまったんだ。
「なぁ、奏太~。小さい頃からの幼馴染の女の子ってさ、良いと思わないか?」
その日も唐突に俺に話しかけて来た涼真。
どうやら先日読んだマンガの展開に影響を受けているらしい。
「ふーんそうかもな」
「ずっと一緒でさ、思い出とかもたくさんあってさ、なんかロマンチックだよなー」
「ま、まあなー」
できるだけ、ぶっきらぼうに返事をする。
だけど…
『大きくなったら、結婚しようね♪』
つい、あの幼稚園の頃の柚希のセリフを思い出してしまう。
…こんな話をされたらさあ、嫌でもチラついてしまうよなあ!!!
俺にとっては指輪、という形が残っている以上、どうしても忘れられない思い出である。でも、ずっと昔のことだから、流石に当時の細かい様子までは覚えてないけど…
だからこそ、つい今の綺麗なった彼女の姿と声で、そのセリフを再生してしまう。
胸がチクリと痛んだ。
「だから…俺はさ、幼馴染が負けるとこなんて、見たくないんだよ!」
そう言って彼はマンガの1コマを見せる。
おいおい、学校に不要物は持ち込み禁止だぞ。
「ホラ!この子なんて婚姻届とか言っちゃってさ!健気だよな~。あ、これハーレムモノなんだけどさ、俺はこの子と結ばれてほしいんだよ。主人公もさ、約束忘れてたなんて、残酷なことするよな〜」
「そ、そ、そうだな」
もう適当に返すことしかできない。
さっきから柚希のことが頭から離れてくれない…
まさか俺、本当は柚希のことが…
おい、嘘だろ…
「なんだなんだその返しは〜。あ、もしかして奏太、何か誤魔化そうとしてる?頬をかく癖が出てるぞ?」
いやなんだよそれ。こんなときに、余計な勘を働かせやがって。
お前、俺に詳しすぎないか?
「あっ、そういえばお前ん家にこの前遊びに行ったときさ〜、勉強机の隅に怪しげな指輪が置いてあったじゃねぇか。俺の目は誤魔化せないぞ~!もしかして、お前にもそんなやつがいちゃったりするのか?え?いちゃったりするのか?え?このこの~羨ましい奴め~」
俺の気も知らずに、頭をグリグリしてくる涼真。
「あ、あれは…」
「さあ吐け吐け〜!白状しろ〜」
……
…俺、俺さあ…
頑張った、よな。
もう、我慢しなくて、いい、よな……
やたらとしつこく迫ってくる涼真。
俺は、友人として、変な気を遣わせたくなくて、あのことはこれからもずっと、一生黙っていようと思ってたんだぜ。
それなのに……それなのにさあ……
―――俺は悩んだ結果、今、このとき、この瞬間をもって、涼真に秘密を打ち明けることを決意した。
「ああ、貰ったやつだよ」
「え」
「幼馴染から、結婚しようねって」
「ええ!」
「幼稚園のときに」
「えええ!!そ、それって…」
「柚希がくれた」
「え…」
「…」
「…」
ああ、言ってしまった…。
涼真の顔から血の気が引いていってるぞ。
「…ごめん……なんか……ほんと、ごめん…」
「良いって、別に気にしてないから」
―――そう言ってみるものの、どこかモヤモヤした気持ちが残っているのは事実。
俺は、柚希のことを、女の子として、意識、してた、のかな……
とはいえ、今ではそんな彼女と、この涼真の関係を応援したいって気持ちもあって、その気持ちも本物だ。
だから、ちょっと我慢の限界で、つい余計なことを言ってしまったけど、俺はこんなことで、2人の関係を壊したくなかったのだ。
だけど…
もう、遅かった。
俺が何と言っても、それでも、涼真の顔は青ざめたままだったのだ。
「え…嘘だろ……おい……」
何かブツブツと呟いてるんですけど。怖いんですけど。
「俺…マジかよ…本当に好きな人とは最後に結ばれるからそれまでの遊びで…いや、練習で…いつか俺は捨てられて…」
「は?お前、ちょっと何言ってるんだよ」
「だから、柚希にとって俺との関係はただの練習で、俺は当て馬で……本命は……奏太で……。この前読んだ作品にそんな展開があったぞ」
いや、涼真普段何を読んでるんだよ。
しかし、そんな俺のツッコミも、彼の耳にはもう届くことはなかった。
「うわあああああ!!!」
突然叫んだかと思えば、彼は柚希の席へと飛んで行った。
「おい!柚希!お前、奏太と将来を誓いあった仲なのか!?浮気か?俺とは本気じゃなかったのかよ!」
「おいやめろおおおおおおおおお!!!」
慌てて止めに行こうとしたが、そのときには既に涼真は柚希の席の前にいて、彼女を問いただし始めていた。
―――その言い方だとクラス中にお前らが付き合ってることがバレちゃうと思うけど。
もう、そんなことすらどうでも良いってくらい、涼真と、そして俺もパニックになっていた。
「ち、ちょっ、ばか、待ってよ!話が見えないって!落ち着きなさい涼真」
「あ!慌てた!!…くっ、なんでだよ…それって、つまり…うっ、ぐすっ」
「やめて!色々と誤解を生むような反応はやめて!第一、本当に話が見えないんだけど!」
「えっ?あ、いや柚希が幼稚園の頃に指輪をあげて」
「え」
「結婚しようねって奏太に」
「いやちょっとなんで…え…」
そして、柚希は俺の方を見た。
さっきまでは何の心当たりもなく、私には一切の非はありませんとばかりに自信満々だった彼女の態度が、急にしおらしくなっていく。
「まさか、奏太……ずっと、覚えてた、の…?」
「…うん……ごめん」
何がごめんなのか自分でもよくわかんないけど、何か気まずくてとりあえず柚希に謝っておく。
「…ずっと、覚えてたんだ…そっか…」
柚希は遠くを見る。
その時間は5秒ほどだったけど、俺には何故だかとても長く感じられた。
やがて…
彼女は俺の方に顔を向けて、それから…頭を下げた。
「ごめん。でも今好きなのは涼真なの。ほんっとごめん…!」
「いや、いいよ。そんな子供の頃の話なんて、あってないようなもんだし」
「もしかして、ずっと奏太…私のことがその、女の子として、好き、だったの…?」
柚希が、少しだけ顔を赤くして、そう尋ねてくる。
その仕草には正直、ちょっとドキッとしてしまった…。
―――でも、それだけだ。
俺にとって、柚希は……
そうだ。女友達。
ただの腐れ縁の、ちょっと可愛いだけの女友達だ。
だから俺は、無表情で彼女にはっきりと告げることにした。
「いや柚希はただの友達ですすんません」
「……っ!!ばか!!そこは好きじゃなくても好きって言いなさい!!!」
言ってから、随分と失礼な物言いだったかな、と反省するけど後の祭り。
それに、この話の流れからして、実は好きでした、とか言ったら、俺が幼稚園の頃に芽生えた初恋を引きずっているねちっこい奴って思われて当然だ。
…いややっぱ俺は悪くなくないか??
でも、柚希に恥ずかしい思いをさせてしまったのは事実。
だから、ここはリクエストに応えて、最後に俺は頭を抱えて、自分の感情に少しだけ上乗せして、大げさに泣き崩れてみた。
「うわあああああ!お幸せに!!!」
俺の小芝居を見て、誤解が解けた2人は…仲良さそうに笑ってくれた。
だから俺も、いつの間にか一緒になって笑ってた。
―――後からクラス中の視線を集めていたことを知って、めちゃめちゃ恥ずかしかったけど、それはまた別の話。
そして、時は経ち、一年後。
俺は柚希と付き合って……
なかった。当たり前である。
俺たちは今、4人で遊園地にいる。
―――そう。4人で。
あの日は「うわあああああ!」って頭を抱えたものだけど、それから暫くして―――俺にも彼女ができた。
同じクラスの由乃さんは、ずっと密かに俺のことを好きでいてくれてたらしい。だけど、幼馴染の柚希がずっと隣にいたから、入る隙がなかった、と。
で、その幼馴染が別の人と付き合うことになったから、勇気を出して俺に告白してくれたそうだ。
心の整理がつかず、すぐには返事をできなかった俺だけど、OKして付き合い始めて、もうすぐ1年になる。
今日はダブルデートということで4人で来ているわけだが、結果的に涼真があの日暴走してくれたお陰で俺には彼女ができ、変なわだかまりもなく俺たちは友達を続けることができている。
幼馴染に対する感情が恋だったのか、俺はあの日の後も暫くは時々考えてしまっていた。
だけど、由乃と恋人になった今なら、自信を持って答えることができる。
あれは恋ではなかったって。
由乃への気持ちは、俺にとって何もかもが初めてのもので。
こんな感情を知ることができた俺は、幸せ者だ。
もうあんな風に、「うわあああああ!」って頭を抱えることは、きっとないだろう。
そんな風に過去を思い返していた俺だったが、アトラクションの順番待ちが終わり、列が動き出した。
シートベルトを着けながら、ふと隣に目を向けると、由乃と目が合った。
ジェットコースターの隣の席に座った彼女が、にっこりと微笑む。
俺はそれを見て…やっぱり俺の彼女は最高に可愛いな、と思う。
本当に、なんて幸せなのだろう。
この先どんなに辛いことがあっても、きっと2人でなら、乗り越えていけるだろう。
前の席に座った涼真と柚希の方からも、笑い声が聞こえる。
本当に、良い仲間に恵まれたな。
でも、あれ……
あいつら、やけにテンション高いな……
なんか嫌な予感が…
もしかして、このアトラクションって、かなり本格的…?
俺、高いところって、あんまり得意じゃないって……
え?
「うわあああああ!!!」
最後まで読んでくださりありがとうございました。
ハピエンタグ3連続は作者史上初(^^;)
ちなみに私は遊園地に行ったことなくて、ジェットコースターとかよくわかんないのですが別に乗りたいとかは思ってないんだからねっ!ガチで!