表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

序章

「ザルツハイム二飛(にひ)、応答せよ!」


 雑音に紛れながら、自分を呼ぶ声がする。しかし、敵機に追われているこの状況では、応答している余裕などない。これだから空戦をわかっていない通信兵にはつきあいきれない。


 ユリウス・ザルツハイム二等飛曹は、操縦桿を握りしめていた手に力をこめて、慎重に左へ旋回した。目の前にあるはずのプロペラが霞むほど濃い雲だけだ。こうなると、お互いが発するかすかなエンジン音だけが頼りになる。自分以外は皆敵機と考えて、できるだけ距離を取るのが雲中の鉄則だ。


 小隊編成での爆撃作戦であったが、ユリウスの操る爆撃機の護衛にあたっていた友軍機とは、雲に突入する際にはぐれた。


「ザルツハイム!」


 濃い雲に入ってしまったため、音が悪い。無線のむこうにいる通信兵は、繰り返し自分を呼んでいるが、かまってなどいられない。


 戦闘に入ったら、無線の声など、邪魔でしかない。一瞬の気の緩みで散っていった仲間は数えきれないほどいるのだ。


 機体の腹に抱えた、爆弾が重い。加重に耐えながら旋回を続けていると、敵機の機銃が背面から、機体の左側面をかすめた。


 この重い機体で背面を取られたら終わりだ。しかもこの爆撃機の腹にあるのは、戦艦すら破壊可能な量ときている。この小さな機体など、欠片も残りはしないだろう。


「ザルツハイム二飛、よけろ!」


 さっきとは異なり、無線の音が近い。友軍機だ。


 意を決して、操縦桿を前に倒す。急降下だ。額に冷たい汗が伝う。風防が唸りをあげている。


 エンジンはまだ、耐えられる。


 背面で、爆発音がした。


 爆破の光が風防に反射し、一瞬、視界を奪われたが、一方、その熱風で、雲が薄くなった。


 ユリウスの目に、海面と、そこに浮かぶ敵艦の姿が映った。


「作戦中止! 全機、帰還する」


 上官であるオスカー・ティーゲルハイト少尉の声がした。敵を撃墜したのは、少尉だったのだろう。帰還の判断は正しい。想定外の空戦を繰り広げることになったため、無駄な燃料をくった。無事帰還することも小隊長の使命だ。


 しかし、ユリウスの機体は、腹に爆弾を抱えたままだ。この状態では、帰還するための燃料が足りない。基地まで燃料をもたせるためには、爆弾を海に捨てるしかない。今の戦況では、限りなく貴重なこの爆弾をだ。


「敵艦発見。爆撃に向かいます」


 ユリウスは、操縦桿を引き起こすことなく、さらに敵艦に向かい、下降を続けた。


「ザルツハイム! 命令だ!」


「二時の方向、敵艦、一」


「艦影は確認できない、戻れ!」


「小型駆逐艦、確認。これより、爆撃行動に移ります」


 誰の眼に見えなくても、ユリウスの眼には、敵艦が見えていた。飛行学校でも、爆撃成績だけは群を抜いていた。それは、この眼のおかげだ。


『おまえの眼は、まるで猛禽類のようだな。鷹の生まれ変わりか、何かか?』


 それは、ユリウスにとっては、褒め言葉だった。


 ユリウスの機体は、急降下を続け、切れかかっていた雲を完全に抜けた。目の前に真っ青な海面が広がる。この瞬間が一番危険なのだ。目の前が一面海になると平衡感覚が奪われる。


 ユリウスは、小さく息をはいた。


 もう、ユリウスの眼には、海面を往く駆逐艦の姿しか見えていなかった。敵も接近してくる爆撃機に勘付いたのだろう、駆逐艦の砲塔が一斉にこちらを向いた。


「ザルツハイム! 命令だ!」


 いくら命令されても、すでに爆撃体勢に入ったこの機体を止めることはできない。爆撃だけに特化された小型で細身の特別機だ。


 艦砲射撃をくぐり抜け、爆風を避けられるぎりぎりの高度で、爆弾を投下した。


 ゆっくりと黒い塊が落下していく、それはまるで駆逐艦に吸い寄せられているように見えた。




 数瞬の後、敵艦が火を噴き、爆発した。


 


 爆風を背に受けながら、海面すれすれを滑空し、戦闘空域からの離脱をはかる。振り返ることはできないが、あの轟音では、おそらく沈没は免れないだろう。


 作戦は成功したのだ。


「ザルツハイム二飛。帰還したら、命令違反で独房だ」


 無線から聞こえてきたのは、オスカー・ティーゲルハイトの冷たい声だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ