なろう版:みにくいアヒルの子
なろうあるあるを詰め込んだ、社会風刺系ブラックジョークです。
昔々あるところに、一羽の悩める白鳥がいました。
「トホホ……。愛しの旦那様は悪徳令鳥に取られちゃったし、私一人でどうやってこの子を育てればいいの……」
両翼で抱えた卵に涙をこぼしながら、白鳥は言いました。
自らの巣を追い出され、頼れる親族もいない彼女は途方に暮れているのです。
しかし、いつまでもメソメソしているわけにはいきません。
彼女は決意しました。この絶望的な状況を必ずや乗り越えるのだと。
その為ならば手段を選んでなんていられないのだと。
「こうなったら奥の手よ!」
彼女は覚悟を決めた表情で、愛する我が子へと視線を移します。
そして卵を片翼で掴み、大きく振りかぶりました。
「ネグレクト!!」
さながら楽天入団直後のマー君のような、絶望を切り裂く力強い一投です。
そんな彼女の見事なオーバースローから繰り出された卵は、芸術的な放物線を描きながら茂みの中へと吸い込まれて行きました。
「ヨシ!」
肩の荷が降りた白鳥は、次の旦那様を見つけるために辺りを見回します。
「それにしても、悪徳令鳥って呼ばれてる割には地味な鳥だったけど。何が悪徳だったのかしら」
不思議ねぇと呟きながら、彼女は蒼穹の彼方へと旅立って行きました。
一方その頃、放り投げられた卵はというと……。
「あらまあ、私の卵が巣から落ちちゃってるわ」
パチンコから帰ってきた親アヒルが、巣の近くに落ちていた卵を見つけました。
そして鼻歌を歌いながら白鳥の卵を拾い上げ、三つの卵でギュウギュウに詰まった巣の中へと捩じ込みます。
「おかしいわねぇ。今朝までジャストフィットだったはずなのに。まあいいわ」
容量をオーバーした巣は歪に変形しており、今にも弾け飛びそうでしたが、ギリギリセーフな感じでした。
「うふふ。今日は久々に勝ったからお寿司でも食べようかしら」
トータルだと絶対に負けていますが、彼女にそのことを問い詰めてもキレるだけなのでそっとしておいてあげましょう。
そんなこんなで月日は流れ——。
パキッ……パキッ……。
念願の孵化が始まりました。
この時親アヒルは競馬場でカイジっていたために居合わせることは出来ませんでしたが、馬券を放り投げながら高らかに吠え、我が子を遠くから祝福していたのでした。
「やぁ。僕はアヒルの子一号!」
「やぁ。僕はアヒルの子二号!」
「HOI! ミーはアヒルの子三号!」
「「「ゆっくりしていってね!!!」」」
アヒルの卵は無事に孵化し、元気な産声を上げました。
そして互いの顔を見合わせて、可愛いだのカッコいいだのお世辞を言い合っています。
すると、その内の一羽が何かに気づいたように言いました。
「なんか狭くね?」
「なんかキツくね?」
「なんか臭くね?」
その原因を探るべく、三羽は忙しなく首を動かします。
そして孵化していない卵に一斉に視線を合わせ、こう叫びました。
「「「テメェかよ!!!その腐った根性!!!」」」
間違いなく原因は白鳥の卵でしたが、心は笑っていないので問題ありません。
三羽は顔を近づけて話し合います。
「割っちゃう?」
「捨てちゃう?」
「目玉焼き食べたい」
三羽は卵の処遇について話し合いましたが、会議は平行線をたどって一向にソリューションしません。
そんなこんなで時は経ち、最後の卵にもようやくその時が訪れました。
パキッ……パキッ……。
「やぁ。僕はアヒルの子四号! ゆっくりしていってね!!!」
元気よく生まれた最後の一羽。
しかし、先に生まれた三羽は彼の姿を見て固まってしまいました。
白鳥の子は何故返事がないのか不思議でした。
きっと耳くそが詰まっていて聞こえなかったんだなと結論づけ、再び台詞を復唱しようとします。
しかし最初の子音が発音される瞬間に、三羽は光の速さで顔を突き合わせました。
「何あいつ」
「誰あいつ」
「白鳥じゃね?」
その後もあることないこと言い合っていましたが、この距離では本人に丸聞こえだったので陰口になっていません。
豪を煮やした白鳥の子は流石にキレました。
「お前らどういう教育受けたんだよ! 挨拶されたら普通は返すだろ!」
「なんか言ってる」
「何言ってんのあいつ」
「イングリッシュプリーズ」
そう言われて白鳥の子は言葉に詰まります。
英語の成績が赤点スレスレの彼では、上手く返すことが出来なかったのです。
それどころかプリーズって何だよと呟く始末。
見事に論破された彼は黙るしかありません。
「ていうかあいつ色違くね?」
「ていうかあいつ黒くね?」
「ニg……流石にまずいか」
国際問題レベルでまずい発言が飛び出しそうになりましたが、白鳥の子と違って三羽とも大卒なのでラインは超えませんでした。
「馬鹿かオメェら。そりゃ俺様が特別な存在だってことだよ。チートだよ、チート」
「あいつ痛くね?」
「あいつキモくね?」
「君、何歳?」
この言葉で心がへし折れてしまった白鳥の子は、泣きながら三羽に背を向けてしまいました。
その後も『チートって卑怯って意味だよね。カッコいいと思ってるの?』だの、『追放されたい?追放されたいの?』だの言われたい放題でした。
しかし白鳥の子は気にしませんでした。何故なら彼は妄想の世界に逃げ込んでいたからです。
自分は理不尽な扱いを受けている可哀想な存在なんだと思い込んでいましたが、側から見ればただの自業自得でした。
そして月日は流れ、便所飯をした回数が三桁に届いた頃。
三羽のアヒルの子は、立派なアヒルへと成長していました。
今では各々が会社を立て、互いにボランタリーチェーンを形成するなど、緩やかではありますが経済的協力関係にあったのです。
「眠い」
「寝たい」
「温泉行きたい」
そんな社会人の切なる願いを口々にしながら、三羽は仲良く六本木を歩いていました。
すると彼らの前に何者かが現れました。
そうです。大人になった白鳥の姿がそこにはあったのです。
「金貸して」
白鳥は腹の底から気だるさを吐き出しているかのような声色でそう唸ります。
それを聞いて三羽のアヒルは不快な気持ちになりました。
自分たちは寝る間も惜しんで働いているのに、何でこんなやつを助けないといけないんだと思ったのです。
「働け」
「バイトしろ」
「逆に働かなくても生きていけるんなら俺はいいと思うよ。俺は」
そう冷たく言い放ち、三羽のアヒルは彼の側を通り過ぎました。
その後ろ姿を睨みつけながら、最後に白鳥はこういいました。
「俺の方が首長いから、喧嘩したら絶対勝てるわ」
こうして白鳥は若い頃に努力をしなかった報いを受け、逆に慢心せず努力を積み重ねた三羽のアヒルは社会的成功を収めたのでした。
おしまい。
「ママー。これどういうお話なのー?」
「虚構は息抜き程度に楽しみなさい。のめり込むと白鳥みたいになっちゃうよって話よ。さあ、もう寝る時間だわ。おやすみなさい」
「おやすみなさーい」
俺にも刺さるから笑えないんだよなぁ……。