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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

愛は世界を滅ぼした

作者: 井戸上蜻蛉

 先輩は、私に世界を救えと言った。


「ごめんね……急にこんなこと頼んで。だけどきっと、鍵になるのは遥ちゃんだと思うから」


 先輩は不思議な力を使って人や、町や、世界を守っていると言った。俗にいう魔法少女のようなものなのだと思う。

 何かと謎が多い人だとは感じていたが、まさかそんな眉唾ものの秘密を抱えているとは思わなかった。

 先輩が教えてくれたのは大きく3つ。

 1つ目。先輩が魔法少女であり、今から強大な敵に挑むということ。

 2つ目。先輩は何度も負け、その度に時間を巻き戻してきたということ。

 3つ目。その敵を倒す鍵が私にあるので、次は私に任せるつもりでいること。


 突然こんなことを告げられてはいそうですかと飲み込める人間などいないだろう。いくらそれが先輩の言葉であっても、だ。


「本当はさ、全部私一人でなんとかする気だったんだよ。他の誰にも、何も背負わせる気なんてなかった。遥のことも、巻き込みたくなんてなかった」


「先輩……」


「だけど結局こうなってる。結局のところ、世界を救うためだったら自分も自分の大切なものも何だって切り捨てられるんだ。おかしいよね」


「そんな、おかしくなんて……!」


「いいよ別に。ただ1つだけお願い。自分勝手で悪いんだけどさ、遥のこと、信じてもいいかな」


 先輩の話していたことも、結局私に求められていることも今ひとつ理解できなかった。だけど先輩が私を信じると言ってくれた。ただそれだけを理解したら、私は勝手に頷いていた。



      ◆   ◆   ◆



 先輩の話を飲むと言っても、すぐにやることは何もなかった。今回先輩がうまくやれれば、この後も私の役目は何もない。そんな楽観だけが私を満たしていた。


 5日後、目を覚ますと日付が2週間前に巻き戻っていた。「ああ、これか」と腑に落ちる気持ちが殆どで、驚きはあまりなかった。ただ、「何もなかったのにいつの間に?」という疑問だけはあった。

 先輩の話だと回数の制限はなし、そして私も今実感している通り記憶は持ち越しだ。それなら焦る必要もないと、私は情報収集に専念することにした。

 私は情報源として最初に先輩を当たったのだが、先輩の記憶は持ち越されていないのかやんわりと拒否されてしまった。


 先輩から直接情報が得られないとはいえ、手がかりは先輩しかなかったので、罪悪感はあったが私は2週間先輩の後をつけ続けた。とはいえ、最初の3周くらいは途中で追跡に失敗してしまったので完遂できたのは4周目のことだ。


 そして私は目にした。先輩と戦う幼馴染み、愛の姿を。

 空中に浮遊する彼女は、私の知る愛とは似ても似つかぬ様子で激しい戦いを繰り広げていた。


「何してんのあいつ……!?」


 遠くからでは何を話しているのかわからないが、鬼気迫るような表情でのぶつかり合いだ。互いに本気で殺す気なのだろう。


 しばらくすると先輩が押されていき、最終的に敗れた。空中で戦っていた先輩は近くの山へと撃ち落とされた。思わず足がそちらへと向かう。

 愛にはきっと私の姿が見えていたのだろうが、私は見逃されていた。


「先輩!先輩!しっかりしてください!」


「――ああ、遥ちゃん……。どうしてこんな………。そっか……見てたんだね」


「……はい」


「へへ、かっこ悪いとこ、見せちゃったよね」


「何笑ってるんですか!ふざけないでください!」


「ハァ……ごめんね」


「先輩……愛は、私が倒します……!だから……!」


「ダメだよ!そんな――」


「いいんです、いいんですよ」


「でも――」


「信じて――ください」


 先輩の瞳が揺れる。ここまで言っても折れないなんて、先輩は本当に頑固だ。


「先輩――」


「わかった。力が必要なら、こいつに――」


 現れたのは浮遊する奇妙な生物。白くてふわふわしているが、かわいいといった印象はなく、なんだか不気味で仕方ない。


「キミが次の契約者ということでいいのかな?アレを倒す気だというのならおすすめはしないよ。まるで出力が違うからね」


「それでもいい」


「それならキミに契約を移行しよう」


 奇妙な生き物は、そう言って私に力を与えた。

 当然といえば当然だが、そこでは愛に手も足も出ずに負けた。アレの言う通り出力が足りていなかったし、そもそも私はまともに戦えていなかった。

 そして翌日、愛が何事もなかったかのように振る舞っていたので私も平静を装っていたのだが、その次の日に世界は滅んだ。



 その後何周か使って私は更に情報を集め、戦闘技術を磨いた。理屈は全くわからないが力はリセット後にも持ち越されていたのが幸いだった。いつかは勝てるのだと思うと、何周繰り返すのも苦痛を感じなかった。


 しばらくの間は別の敵と戦って実戦訓練していたが、回数を重ねるごとに敵が相手にならなくなってきた。私は愛と戦うようになったが、何回戦っても決して止めを刺されることはなかった。


 その後も何度もループを続け、私はあらかた愛の手筋が読めるほどになった。相変わらず何を考えているのかはさっぱりなのだが、動きの癖や予備動作を認識したことで次に何をするかだけはわかった。

 このタイミングで私は愛に決戦を仕掛けることにした。動きが読めるようになったのも大きいが、伸び続けていた戦闘力がほぼ頭打ちになったことも大きい。

 決戦に向けて、私は仲間を集めた。1人で挑んでも別によかったのだが、僅かにでも勝率は上げておきたかった。万が一でも多いくらいの確率だが、私より強い人がいる可能性もある。

 私は20周ほどかけて世界中の同業者を全員調べ上げ、その9割の協力を取り付けた。

 それだけの人数が味方に付いてくれたのには、彼女たちの物分かりがよかったからというよりも、私が強かったからというのが大きな理由だと思う。呆気ないくらいあっさりと話を聞く同業者たちを見ながら、「初めてこの力が役に立ったかもな」などと思っていた。



 集まった2000人近くの味方で四方八方を囲み、勝負を仕掛ける。言い出しっぺは私なのだが、途中から正義感が強そうでリーダーっぽい感じの人が勝手に全部やってくれたので丸投げした。愛に勝てるなら、あとは別になんでもいいのだ。


「みんな、行くよ……!」


 リーダーになった人が合図を出し、あらゆる角度から味方が突撃していく。

 頭数を揃える程度の気持ちで呼んだ子は勿論のこと、そこそこ戦力になると踏んでいた子までもがズタズタと切り裂かれ、撃ち落とされ続けている。長期戦は狙えない。

 そこかしこにいる味方に当たらないようにと苦心しながらも、魔法少女たちは何発もの攻撃を撃ち込んでいく。

 脱落する味方と親しい者もいるのだろう。戦う中で動揺や悲痛の表情を見せる子もいた。だがそれでも、誰も下を向くことはなかった。立ち尽くすこともなかった。

 例え誰が倒れようとも止まらない、彼女たちにはそういう固い覚悟があった。


 いくら愛といえども、何重にも弱体化を受けたまま全方位からの近距離、遠距離攻撃を裁き続けるのは至難の業のようだった。

 ただ問題は、例えどんなにそれがギリギリであっても実際に出来ているということだ。私も隙を見ては遠距離から大技を叩き込んでいるが決め手に欠ける。このまま状況が動かなければ、数が減り続けている私たちが負けるのは明白だ。



「ちょっとみんなどいてて」


 だから、ここで終わらせる。


「私がやる」


 接近に伴い加速した勢いのまま衝突。勿論この程度では無傷だ。


「危ないな~、遥ちゃん。でも嬉しい。やっと遊びに来てくれたね」


「生憎私に、そのつもりはない」


 愛の光弾を躱し、空中に生成した足場を蹴って殴りかかる。掌で受け止められるが、確かに手応えがある。


 殴り、受け、蹴り、躱す。幾度となく戦った経験から動きを読む私に対し、愛は私の複雑な動きに翻弄されていた。様々な格闘術に由来する動作を織り交ぜたことにより、私の攻撃はかなり予測しにくいものになっていた。

 そして私が格闘戦を続ける間も、周囲からの魔法による爆撃は止まない。私に気を遣う分全方位からとはいかないが、常にかなりの魔法が愛へと撃ち込まれている。

 ペースを奪ったという安堵があった。よし、これなら――


「ああもうウッザい!邪魔するな!」


 突如発せられた愛の激昂とともに、文字通り全方向、半径約200メートル全域に衝撃波が浴びせられる。

 私と愛、2つの例外を除く全てに撒き散らされた破壊を受け、殆どの味方は脱落した。いや、それどころか生きている者すら殆どいないかもしれない。


「残ったのは……これだけ……?」


 周囲を見渡しても殆ど何も残っていない。地上にあったものは全て消し飛び、地面が抉れている部分も多い。先程まで浮かんでいた雲すらもかき消え、そこにあるのは僅かな人影のみだ。


 8人。私と愛を含めても、無事なのはたったそれだけの人数だった。

 自前のバリアを貼ってなんとか持ちこたえていたのが4人。ここには例のリーダーも含まれていた。

そして幸か不幸か、射程圏外に出ていたお陰で無事だったのが2人。1人は状況を理解すると脱兎の如く戦場から遠ざかっていき、もう一人は絶望に満ちた表情でただ立ち尽くしていた。


「遥ちゃん、ごめんね。10秒だけ待ってて」


「え」


 愛の声に反応した瞬間には、彼女はもう動き出していた。

 まず手始めに、一番近くにいた2人が吹き飛ばされる。それを見てやっと愛が何をする気だったのか理解した。

 しかし愛に追い付く頃には3人目はもう倒されていた。せめて残った子だけは落とさせないと、愛の進路へと割り込む。


「どいて。大人しく待っててよ、すぐ行くから」


「嫌」


 真剣な顔で話す愛を一言で拒絶する。それと同時に光弾を撃ち込むも、愛には僅かに掠るのみ。有効打にはなり得なかった。

 私の攻撃を躱した愛はそのまま私を素通りして残りの味方を潰しに行く。4人目に接近する片手間に、衝撃波を逃れた2人は光弾で撃ち落とされてしまった。これで味方は1人だけになった。


「遥さん!後は頼みます」


 最後に残った彼女はそういうと、全ての魔力を注ぎ込んで私を強化した。これで彼女は最低限の防御すらままならなくなる。文字通り決死の覚悟だった。

 その直後、彼女は呆気なく撃ち落とされた。愛の宣言から丁度10秒が経過したところであった。


「お待たせ。やっと2人になれたね」


 正直言って、もう私には勝てる気がしなかった。使える限り全てのリソースを注ぎ込んだ結果がこのザマなのだ。だから本当は、もう次のループのことだけ考えていたかった。

 だけどこの力が、私に託された願いが消えるまでの間だけは、諦めることは許されないような気がしていた。


「2人きりになるくらいなら、1人の方がマシ」


 もう一度、愛へと接近戦を仕掛ける。強化された分私の勢いは増していたが、愛を押し切ることはできなかった。弱体化が切れた上に、私の攻撃に順応していたからだ。


「クソッ!なんでこんなに……!」


「遥ちゃんについて行けるように頑張ったの。ふふっ、褒めてくれてもいいよ?」


 こんな短期間で追いつける癖して何が「頑張った」だ。寝言は寝て言いやがれ。


「ハァ……これならどう?」


 一旦距離を取って仕切り直し、今度は魔法による攻撃を中心に勝負に出る。味方がいなくなった分周りを気にする必要がなくてやりやすい。問題はそろそろ強化が切れそうなことだが、愛の消耗を考えると勝算はある。


 膠着状態を保ったまま5分が経過した。タイムリミットが近づいている。

 私はずっと貼り続けていたバリアを解除し、全魔力を攻撃に割くことにした。ここから先は、自分の生存よりも致命傷を与えることだけを考える。

もし仮にそれで刺し違えたとしても、先輩の期待に応えられるのならば悪くはない。


「いい加減アンタの顔も見飽きた。ここで止めを刺す」


「おっ、本気だね。私も本気出すかな」


 最大出力、至近距離からの光弾を、愛は全魔力で受け止めきった。

魔力を使い切り浮遊すらままならなくなった私たちは地上へと落下する、はずだった。しかし私たちはまだ空中に留まっている。愛による浮遊がまだ生きていたのだ。


「なんで……そんな魔力、どこから……」


「遥ちゃんとは互角でいたかったからね、取っておいたの。これ」


 そう言って愛は手元のポーションを見せびらかす。初めて見る代物だったが、魔力を回復するというその効果はあまりにも明白だった。

 ここまで追い詰めたとしても、魔力が回復されたのでは何もかも水の泡。頭が真っ白になって何も考えられなくなる。


「遥ちゃんもう動けないでしょ?今日はもうおしまいね」


 私の返答も待たずに愛は立ち去った。完敗だ。愛にはきっと誰も勝てない。



      ◆   ◆   ◆



 この周回での最後の夜。私は寝付けずに外を見た。愛がいた。彼女はやはり今回も、世界を滅ぼしているのだった。


「ねえ」


「あ、遥ちゃん。何?」


「なんで――」


 言い淀む。それを聞いたら愛はきっと答えをくれるだろう。だけどそれを聞けば私はきっと後戻りできなくなる。

 私はただ、それを聞くのが怖かった。


「もしかして、これのこと?」


 だけど愛はそこに無遠慮に踏み込んでくる。私の躊躇いなど見向きもせずに、何食わぬ顔で答えを差し出す。そういうところが、本当に嫌いで仕方ない。


「言ったところでもう遅いんだけどね。まあちょっと聞いててよ」


「私ね、遥ちゃんのことが好きなの」


「だけどね、わかっちゃったんだ。遥ちゃんは私のものにならないって」


「そしたらなんていうか、もういいかな~って」


「だからさ、今度生まれ変わったら」


「私のものになってほしいな」



      ◆   ◆   ◆



 愛にはやはり勝てない。あの後も何度か試してみたものの、結局上手くいかなかった。


 だから今は、原因の方から愛を攻略しようとしている。

 正面から戦うのをやめて愛に取り入る。彼女の気持ちを利用することにしたのだ。


 はじめはかなり抵抗があった。自分を偽ることもそうだし、ほんの少しだけれど、愛を騙すことへの罪悪感もあった。

 だけど嫌悪感に呑まれそうになる度に先輩の言葉を思い出した。


「自分も、自分の大切なものも……何だって……」


 それを先輩は「おかしい」と言っていたが、そんな本人が嫌うような部分でさえ、私にとっては眩しかった。


 私は仮面を被り、愛にとって都合のいいように振る舞い続けた。

 私の行動が変わらなければ、他の全ても同じように動くことに気が付いたのもこの頃だった。

 愛が欲する私を探って、そう在るように行動した。

 愛のしてほしい通りに動いていたはずなのに反応が悪く、世界が滅びることも何度もあった。それでも、試行を重ねる度に私の演技は最適解へと近づき、世界は滅びから遠ざかっていった。


 何度も何度も同じように振る舞い、愛の求める自分を演じた私には、だんだんと愛の考えが掴めるようになってきた。

 愛の戦い方を覚えていったときと同じだ。相手の一挙手一投足について考え続けて繰り返し接することで、愛がどういう人間なのか、私がどう在るべきなのかが徐々に理解できてきた。

 いや、それだけではない。今や私の内面までもが愛の求める私に近づいていた。


 先輩の記憶が薄れていく。愛への嫌悪感が消えていく。元の自分がわからなくなる。

 そして、愛を止められる(せんぱいののぞんだ)私に、愛に都合のいい(あいののぞんだ)私に、先輩に応えられる(わたしののぞんだ)私に、生まれ変わっていく。


 やがて私は、愛の中にいる「遥ちゃん」と一つになった。今はもう、どうしてあんなに愛を嫌っていたのかも思い出せない。


 愛は世界を滅ぼすのをやめた。私も愛も、以前のように戦うことはない。ただ普通の中学生として、幸福な毎日を送っている。


「ねえ、愛。今日はどこ行こっか?」

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