その2−4
「真優さんを追いかけてる時から思ってたんたんですよね。この子の怯える様を見ていると、胸の奥がざわつくというか…もっと怯えさせて泣かせてみたいなぁ、って。そう思ったの初めてだったんですよ」
これって可愛いと思った、ってことですよね?、と首を傾げて言われるけど…。その何てことない動作も、美人さんがすると様になるなぁ、と頭の片隅で思ったりもしたけど。可愛いって言われてこんなに嬉しくない事なんてあるんだ…それに、多分、いや絶対、可愛いの使い方も意味合いも間違ってる…!
「なので、私の上司にはあなたを殺さないで済むよう取引きしました」
呆然とするわたしの事は置いておいて、刹那さんが口を開く。
「真優さんは今ここにいますが、世間では堤防から海へ転落し、波に拐われて行方不明となっています。上司としては、真優さんが表社会に出てこなければ良いだろう、と交渉で決まり、真優さんは私の物になりました」
そう話す表情は楽しげだ。
「『私の物』…?」
話の中で一番気になった部分を、おうむ返しに呟く。
「ええ、真優さんは『私の物』になりました。つまり、生かすも殺すも私次第です」
にこにこと笑顔で話す内容が重い気がする…『物』扱いされたの初めてだなぁ、と思考を現実から逃避させる。
「それにしても随分と大人しいですね。逃げようと思わないんですか?」
「…逃げられないって、分かってます」
昨晩の、港での出来事を思い返す。
わたしは喉や肺が痛くなるくらい息が乱れて、足も震えて力が入らないくらい走り回ったけれど、『刹那』さんは汗一つかいていなかった。それどころか、わたしをわざと捕まえずに逃しては、追いかけて楽しんでいた。
そんなに差があるのに、逃げ出せてもすぐに捕まるのは目に見えてる。それどころか、今度こそ殺されるかもしれない。
「物分かりがいいのは好きですよ」
すっとテーブルに身を乗り出した『刹那』さんの手が、わたしの首へと伸びる。冷たい指先が触れて、思わずびくりと身体を震わせれば『刹那』さんは仄暗い笑みを強めた。
指が首筋を這うようにかけられ、指先に力を込められりと爪先が皮膚に軽く沈んだ。
首をしめられている。
実際には片手で、少ししか力は入ってないのだろうけど、まるで、両手で強く首を圧迫されているような感じがした。
「細い首です。力を込めれば、折れてしまいそうです。その意味がわかりますよね」
いつだって『刹那』さんはわたしを殺せる。
本当に生かすも殺すも『刹那』さん次第で、今生きてるのはわたしが刹那さんにとって、可愛くみえる(可愛いという意味合いではない気がする…!)という嘘みたいな話で。
でも本当は、可愛い、って思ったんじゃなくて、刹那さんの気まぐれでわたしは殺されなかったんじゃないかって思う。
死にたくない、まだ生きていたい。
来週から発売のカフェの新作も飲みたいし、コンビニの新作アイスも食べてないし、フライパンも先週買い換えたばかりだし。友達にお土産渡したいし、またバイトしながら友達と下らない話に花を咲かせたい。大学だって卒業したい。
生きたい理由はたくさんある。どれも些細な事かもしれないけれど、生きたい理由は、そんな小さなことでいいはず。
動かせる範囲内で頷くと、刹那さんが満足そうに嗤った。
こうして、わたしと『刹那さん』との同居生活が始まった。