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その2−2

瞬間、港での出来事が頭の中に一気に吹き出す。

久しぶりの休みに港町に出かけたこと。そろそろ帰ろうかとした時、この声のーー白と黒で出来た男の人に声をかけられた。そして、前触れもなく死んでください、と殺されそうになった事。命を奪う冷たいナイフ。逃げては見つかる逃走劇。淡く光る月夜。その時味わった、恐怖の記憶。


 知らず身体が震える。


 そんなわたしの様子に気づかずに、いや、気づいているのかもしれないけれど、その男の人は部屋へと入ってきた。

 距離が縮まったおかげか、薄暗い部屋の中でも、その男の人の表情がわかった。

 笑顔なのに、決して暖かみのない瞳。ただ弧を描いているだけの口元。それらが、白い肌の綺麗な顔に完璧な位置に配置されている。

 記憶の中の、白と黒でできたあの男の人だった。


 『刹那』


 確かそう、もう1人の男性に呼ばれていたから、この男の人は、『刹那』って名前だろうか。あまり耳馴染みのない名前だと思う。


「どこか具合の悪いところはありますか?」


ベッド脇に立った『刹那』さんはそう笑いかける。

こうして改めてみると、スラリと背も高く、モデルさんのような体型だと思う。

背の低いわたしには羨ましい。


「無い、です」


震える身体を叱咤して答える。


「そうですか。これからの事を話しますので、こちらに来てください」


 『刹那』さんの後に続いて明かりのついた部屋へと向かう。扉の向こうは所謂リビングで、中には、先程の部屋と同様、物がほとんど無かった。最低限の家具だけで、言ってしまえば生活感が無い。

本棚も一応あったが、棚には申し訳なさ程度の本があるだけだ。

 男の人の部屋ってこういうものなのかな、それにしても人が住んでる気配が感じられない。人の部屋に入るのは久しぶりで、物珍しさもあって状況を忘れて見渡してしまう。


「コーヒーでいいですか?と言ってもここにはコーヒーか水か、牛乳しかないんですけど」


綺麗なキッチンで飲み物を入れる準備をしているのか、かちゃかちゃと音がする。


「あ、はい。コーヒーで大丈夫です。ただブラックは飲めないですけど…」


成人したのに未だブラックコーヒーが飲めなくて、ちょっと恥ずかしくて尻すぼみになってしまう。だってブラックコーヒーって苦い!あの苦味がおいしんだよ、ってブラック党の友達には言われたけど、わたしにはその良さが分からない。


「生憎、砂糖はないので牛乳で我慢してくださいね」


「はい」


カフェラテならなんとか飲める。頷いて手伝った方が良いのか悩んでいると、座っていて下さいとダイニングテーブルを指差される。質素な木製のテーブルで、綺麗好きなのか物も置かれていないし、埃も積もっていなかった。


「どうぞ」


コーヒーの良い香りが鼻を擽る。カフェラテの入ったマグを両手で包めば、その熱さに指先が冷たくなっていた事に初めて気付いた。一口飲むと、ほんのりとした苦味と、牛乳の甘みが広がって、体の中心からじんわりと温もりが広がる。

それにほう、と息を吐く。

その温もりを求めてもう一口、とカップに口をつける。


「毒は入ってませんよ」


「…!?っごほっ…!」


思いがけない物騒な言葉に思わず噎せる。その様を、向かえに腰かけた『刹那』さんが、楽しげにニコニコと見てくる。

この人、絶対わざとわたしが飲み込もうとしたタイミングで言った…!この人、絶対性格悪い…!

ゲホゲホと咳をしながら涙目で睨むと、本人は素知らぬ顔をして自分の分のコーヒーを口にしている。コーヒーはミルクの入っていないブラックコーヒーだった。


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