その2.殺し屋と2人暮らし
『まゆちゃん』
『ママ!』
あ、これは夢だって分かった。だって、死んだお母さんがいる。
『わたし』も今よりずっと小さくて、幼い。無邪気な笑顔で少し離れたお母さんのところに駆けていく。それを『わたし』は少し離れたところに立って傍観していた。
『今日の夕飯、何がいい?』
『うーんと、うーんと、くりーむしちゅー!』
『じゃあ、スーパーに寄って材料買ってこうね』
『うん!』
お母さんと手を繋いだ『わたし』が、嬉しそうに笑いながら歩道を歩いていく。
口からは白い吐息が漏れて、頰が寒さで紅く染まっているのが見える。
それを見たお母さんが、寒く無い?と微笑む。
特別珍しくも無い、穏やかな親子の時間。
2人の親子は手を繋いで、信号機の方へと歩いてく。この後何が起こるのか知りもしないで。でも、『わたし』は知っている。この後何が起きるのか。
赤信号を待ってる2人の方に、トラックが走ってくるのが見えた。その足元が不意に滑り、反対車線へ進路を変えた。信号を待つ親子の方へと。響くクラクション。
そして、そして…。
「っ…!」
唐突に目が覚めた。どくどくと心臓が脈を打ち、痺れるような嫌な感覚が全身を蝕んでいた。あぁ、あの時の夢…。お母さんが死んじゃった時の夢。夢だって分かっているし、見るのも初めてじゃないけれど、何度見ても慣れることなんてない、嫌な夢。
3歳の時だった。赤信号を待つわたし達にスリップしたトラックが突っ込んできた。寒い冬の日で、路面が凍っていたらしい。らしい、というのも、当時のわたしは幼かったし、自分に起きた出来事に、何より大好きなお母さんが居ないことが理解できなくて、ただ呆然としていたからだ。お母さんはスリップしたトラックが自分たちの方に向かってるのに気づくと、咄嗟にわたしを突き飛ばした。そのおかげで、わたしは頭に怪我を負ったものの、命に関わるものではなく助かった。けれど、お母さんは…。
嫌な夢の余韻が体に纏わりついて、すぐには身体を動かせず、ぼーっと天井を眺める。
見知らぬ天井だった。照明がついていないから室内は薄暗い。首だけ横に向ければ、白い無機質な壁が目に映った。
夢の余韻を振り払うために、大きく深呼吸をして、ゆっくりと身体を起こした。汗をかいたのか、背中が湿っている感じがして気持ち悪い。
「ここは…」
知らない殺風景な部屋。部屋にはわたしが寝ているベッドしかない。こういう、必要最低限の部屋をなんて言うんだっけ。ミニマリスト、って言うんだっけ。前にやっていたテレビ番組の内容を何となく思い出す。
「あ、起きましたか」
かちゃり、と部屋の扉が開いた。扉の隙間から明かりが筋になって部屋に入ってくる。逆光のせいで顔立ちがはっきり分からないが、そのシルエットと声には聞き覚えがあった。