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その3-5

 体を起こし特に目的もなく携帯を触ると、可愛い猫の写真のデスクトップ画面が表示された。見慣れた画面に頬が綻ぶ。

 買い物に出かけた日の夜、携帯は返してもらえたがSIMカードは抜かれていてた。おかげでネットには繋がらず、電話もかけられないおもちゃ携帯と化している。


 監禁されているのだから当たり前なのだけれど、日用品の買い出しに行ってから一度も外出していない。部屋の窓は何故か鍵が動かなくて開かなくて、外の空気を吸いたくても出来ない。部屋の中の空気も気持ちも澱んでいるようで、ずっと、息苦しい…。


「家に帰りたいな…」


 口にしたら、止められなかった。

 小さくて、不便な事も多かったけれど、住み慣れたアパートの部屋が懐かしくて仕方がなかった。自分の硬いベッドで寝たい。眠たい目を擦りながらアルバイトに勤しむ日々が愛おしい。


「帰りたい…」


 目から溢れた涙がこぼれ落ちる。ずっと見えないふりをしていたけれど、想像よりも追い詰められていたみたいで。

 涙が次から次に頬を伝って、マットレスの上に落ちて、パタパタと軽い音がした。そのまま耐えきれずに、私は久しぶりに声を上げて泣いていた。


 泣き終わって気分は少しすっきりしていた。

 感動系の映画で泣く事はあるけれど、ここまで大泣きしたのはいつぶりだろう。泣きすぎたせいで瞼が腫れぼったい。


「顔洗いたい…」


 洗面所で涙を洗い落とさないと、きっと瞼はもっと腫れてしまう。それを刹那さんに見られたくないし、泣いたのを知られるのも嫌だった。

 足枷の音を鳴らしつつ、顔を洗おうと部屋を出て洗面台に向かう。洗面台はリビングを出た先だ。


 洗面台へ向かう途中、刹那さんの部屋の前を通る。ふと、その前で足を止めた。


 この部屋で暮らして数日。唯一、一度も足を踏み入れた事のない場所。それが刹那さんの部屋だった。


 何の気もなく刹那さんの部屋のドアノブに手をかける。ゆっくりと力を込めれば、予想に反してガチャリと音を立ててドアはあっさりと開いた。


「えっ、開いた!」


 当然鍵がかかっていると思いこんできたので、何の抵抗もなく開いてしまい思わずドアから離れる。薄ぼんやりとした室内がドアの隙間から見えた。勝手に人の部屋を覗いていいのか、あの刹那さんの部屋に入った事がバレたらどうなるのか。罪悪感と恐怖心が一気に湧いて心臓が嫌な鼓動をたてる。

 けれど、同時に何か今の状況の打開策が見つかるんじゃないか。ネット回線とか、通話できるスマフォとか、外部と連絡がとれる手段。それがあるかもしれない。

 そんな期待が勝って、私の手はドアを押していた。


「お邪魔します…」


 反射的に呟いて中に入ると室内はリビングと同じく、必要最低限のものしか置かれていない空間が広がっていた。ベッドに机と椅子。小さなクローゼット。

 埃もないモデルルームのような、生活感のない部屋に、ゆっくり足を踏み入れる。無意識に手を胸の前で握りしめていた。部屋を見渡していると机の上にノートパソコンが置いてあるのが目に入った。

 リビングで見た、刹那さんが使っているノートパソコン。


(仕組みは分からないけど、このパソコンはネットに繋ってるかもしれない…!)


 生唾を飲み込んで、折りたたまれたノートパソコンを開くと画面が光る。


「っ…!」


 これで誰かに今の状況を連絡できるかもしれない。助かるかもしれない。期待に胸が弾み、心臓が早鐘のように鳴る。震える指先で適当なボタンを押すと画面にぱっと「パスワードを入力するか指紋センサーにタッチしてください」という文章が表示された。


「そうだよね、パスワード、かかってるよね…」


 指先の震えは止まっていた。

 期待に熱った体は一気に冷たくなり、足の鎖がずっしりと重さを増した気がした。ノートパソコンをそっと閉じ部屋を後にする。


 のろのろと宛てがわれた部屋に戻り、ベッドへ倒れ込む。そのまま、何も考えたくなくて目を閉じた。

恐ろしく久しぶりの投稿です…!

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