交易都市リュジオンプリ
隊商の長であるデジレは気前のよい男だった。いくら気前がよいといっても、それに見合った成果がでないものに対して投資をしない賢さも持っていた。
つまり、今回の隊商には、それだけ利益の見込める荷があるという事だ。
ベレニス達は護衛であり、積荷の内容までは知らされていないが、安全よりも速度を必要とされる動きに、そういった拙速も含めての価値なのだと理解していた。
旅路の半分、リュジオンプリまでは、旅程を急ぐ疲れはあったものの、順調に進んだ。
野営続きだった一団は、リュジオンプリでようやく屋根付きの建物へ逗留する事になった。
「……そして、やっぱりこうなるのか」
旅に出る前日がそうであったように、ベルナールことベレニスは当然のようにシルヴァンと同室に割り当てられた。
旅程の始め、アメデ達がベルナールをいたわるようにしてくれたが、それが、シルヴァンの男性の恋人なのだと思われているという事に気づいて、難儀をした。
シルヴァンは、むしろ好都合とその噂を否定しなかったものだから、野営の際の天幕も、二人共にされる事が多かった。
ベレニスは何度もシルヴァンに断りをいれるのだが、認めてもらえない。そもそもシルヴァンだけどうして特別扱いなのか、と、掛け合った事もある。
だが、無駄だった。
「実際、先頭に黒鷲が立っていてくれるだけで、かなりの魔除けにはなってるんだぞ」
真面目くさってブノワが言った。
「しかも、報酬は俺達並らしいしな」
金銭についてはうるさいシリルも納得しているようだ。
「格安でシルヴァンが雇えたんなら、少々の高待遇は当然なんじゃないか」
アメデも、かなりの使い手であろうに、そのような事を言う。
古参の三人にそのように言われては、ベレニスとしては異を唱えるわけにもいかない。
リュジオンプリでは、二晩逗留するという。今まで急いだのにもったいない、と、ベルナールことベレニスがつぶやくと、一部の荷をここでさばくのだとアメデが教えてくれた。
「まあ、俺達はせいぜい体を休めて、残りの旅程に備えるのが仕事だ、しっかり休めよ、ベルナール」
護衛団の長らしく、アメデがベルナールをねぎらったが、正直ベレニスとしては時間をもてあます事になった。一日も早くビルドラペに着きたいところがもどかしい。しかし、今更離団する事もできない。
久しぶりに綺麗どころのいる酒場に繰り出すという三人を見送ってから、ベレニスが部屋に戻ると、シルヴァンが剣の手入れをしていた。ここまで、ほとんど使われる事は無かったが、時折狩りなどで食料の調達はしている。ベレニスなど、このままずっと狩りだけしていくのだろうかと思って不安になるほどだ。
「……あなたは、盛り場へは行かないのですか」
ベレニスが尋ねると、シルヴァンは作業を止めた。
「お前は行きたいのか?」
「いえ、私には、そうした余裕はありませんし」
支度金は多少残してはあるが、それは遊興の為のものではない。無駄遣いをする余裕はベレニスには無かった。
「そうか、なら俺もいい」
そう言うと、シルヴァンは再び手入れに戻った。
「いいんですか? ……その」
ベレニスの言葉はどうにも歯切れが悪い。
「男の方は、長らく女性と共に居ないと、色々さしさわりがあると、アメデ達が言っていました」
そして、そのようにベルナールも誘われたが、まずい事を聞いてしまった、と、あわてて話題をそらされた。どうにも三人はベルナールことベレニスはシルヴァンの夜の相手をしていると思われているふしがある。とても不名誉な噂なので、できればシルヴァンにはそこを払拭して欲しかった。
ベレニスの物言いに、シルヴァンは驚いた様子で目をむいた。
目をむき、じっとベレニスを見てから、苦笑したように続ける。
「だが、俺は女を相手にしない方がいいのでは無いか、……お前がいるから」
「そう、それです、あなた、そのように誤解されていてもいいんですか?」
「別に、特に困らない」
シルヴァンの物言いは素っ気ない。
「それとも、お前は困るのか」
「……いいえ、困っては、いません」
実際、その噂のせいで、ベレニスは皆から距離をおかれていたし、少々女々しいふるまいがあっても、うわさのおかげか女である事がばれずにすんでいるとも言える。
むしろありがたいくらいなのだが。
「でも、あなたが」
「くどい、俺が! 困らないと言っているのだから何の問題も無い」
「けれど、何から何まであなたに頼りきりでは……」
申し訳なさそうにしているベレニスに、シルヴァンがふところから金の入った布袋を取り出して放り投げた。
「悪いと思うなら、酒でも買ってこい、そして酒の相手をしろ、俺は美味い酒が飲めれば文句は無い」
ずしりと重い袋を手にしてベレニスが黙っていると、シルヴァンは続ける。
「だいたい、酒場に行った所で、どうせ皆には遠巻きにされるんだ、だったらここで飲んでも変わらない」
つまり、ベレニスに酒を買ってこいと言いたいようだ。
「わかった」
ベレニスが踵を返し、戸口に行くと、
「ケチって安酒を買うなよ、美味い酒を頼む」
そう言って、シルヴァンはベレニスを送り出した。
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リュジオンプリの賑わいは、キュイーヴルに勝る。交易都市の名にふさわしく、人と者であふれていた。
人だかりの多さは祭りでもやっているのか、というほどだが、皆の噂を聞きかじり、どうも貴人が来ている為の騒ぎのようだった。
「国王陛下はともかく、王妃様までとは」
「戦では無い、という事を示したいんだろうよ、護衛も最小だというし」
「だが、これでは騒ぎすぎなのでは?」
そんな声が聞こえてくる。どうも国王が王妃をともなって立ち寄ったらしい。
ベレニスは人垣を縫うように進み、なんとか酒を手に入れて、宿へ戻った。
シルヴァンはくつろいだ様子でベッドに寝そべっていた。
「表がずいぶん騒がしいようだな」
戻ってきたベレニスにシルヴァンが言うと、
「ああ、どうも国王陛下がいらしているらしい、王妃様をともなって、市長の館は祭りのような騒ぎらしい、今夜は宴だそうだ」
ベレニスがそう言うと、シルヴァンの顔色が変わった。
「王妃……だと?」
「ああ、ちょうど戻る時に行列を見たよ、輿にのった王妃様を見た、美しい方でびっくりした、あんな綺麗な方だとは思わなかった」
ベレニスは、領地にこもって、社交界にはまだデビューしていなかった。父の勢いだと、社交界デビューしたその時に、婚約者候補に引き合わされそうな気がしてならなかったからだ。
「……どうしたんだ、シルヴァン、青ざめて、どこか気分でも?」
ややあって、扉を叩く音がした。宿の者が、シルヴァンへの来客を告げる。
シルヴァンは、少し逡巡していたが、来客が持ってきたという手紙を渡されると、覚悟を決めたようにすぐに行くので待たせておいて欲しいとだけ告げた。
「急用か? なら私は……」
遠慮しようとしたベレニスの腕をシルヴァンが掴んだ。
「いや、お前も来て欲しい」
真っ直ぐに、真剣な様子で言われると、ベレニスに否とはいえない。シルヴァンには、あまりにも助けられすぎている。
「……わかった」
ベレニスは、シルヴァンに着いて行った。