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入隊試験

 キュイーブルには、街に滞在する隊商向けの施設があり、交易商館と呼ばれていた。そこには、出発前に人集めをする隊商もあった。ベルナール、もといベレニスが尋ねた交易商館もそのうちの一つで、近日中にビルドラペへ旅立つ一団だった。


 シルヴァンに女だと見ぬかれて、念の為ベレニスは顔を汚し、声も少し作り気味の男声で望んだが、そこで女だと指摘される事は無かった。ベルナールという男名で、格好も剣士の装束なのだ、きっと特別シルヴァンがめざとかったのだと安心し、少しばかり緊張をといたベレニスの審査は進んでいった。


 外国語の読み書きや、計算を難なくこなし、一人、また一人と、入隊試験が進んでいくと、最後は、ベレニスともう一人、二人が残された。


 残った一人は、これまたたいそうな美形の男だった。


 シルヴァンも『美しい』と思ったベレニスだったが、この男、ウジェ―ヌはまた異質の美しさだった。


 シルヴァンは、いわば男らしさの中で整った美しさだったが、ウジェーヌは女性と遜色ない、あるいは、女性のような妖艶さをまとった男だった。


 ウジェーヌと並べば、ベレニスは自分が女の格好をしていても、ウジェーヌの方が美しく、女らしく見えるに違いないと思った。


 波打つ金色の豊かな髪を一つに結わえ、深い湖のような蒼い瞳は、憂いを含んでなまめかしさすら感じる。紅をさしているのではないかと思えるほど赤い唇のそばには黒子があり、それがいっそうウジェーヌの色気を引き立てているようだ。


 最終試験は、中庭で行われると連れてこられた場所で、ベレニスとウジェーヌは二人で待たされていた。


「君は、何が得意なんだい? 弓? 短剣?」


 美しい花の咲いた中庭で、柱にもたれるようにしているウジェーヌは、荒くれ男に混ざって遠い旅をする商団の仲間になるには違和感があるような伊達男だった。王都の花街で用心棒か、そうでなければヒモにだってなれそうな男ぶりだ。


「僕はこれです」


 そう言って、ベレニスは腰の剣を見せた。


「君の腕には少し無骨なようだけど」


 からかうような口調に少しだけムッとしてベレニスは答えた。


「この剣は僕が師から授かったものです、剣にふさわしいと 僕を侮辱するのはかまいませんが、この剣を侮辱するのは我師をもあなどる事になりますよ」


「怒るな怒るな、そんなつもりで言ったんじゃ無い、気を悪くしたのなら謝るよ」


 ウジェーヌはベレニスの様子を見て、即座に謝罪した。見た目ほどに軽薄ではないらしい。

「まあ、そちらの腕については、語らずともじきにわかるだろうし、ね」


 挑むように斜に構えながら言うウジェーヌに、前言撤回と思いながらベレニスが睨み返すと、試験官が文字通り小山のような大男を従えて現れた。


「なッ……あれは」


 先ほどまでベレニスをからかうように軽口をたたいていたウジェーヌの顔色がわずかに変わった。


 ベレニスは、こちらに向かってくる試験官と大男を見て、錯覚では無いかと思ったが、目の前に立たれてやっとその男の大きさに驚いた。


 首を真上に上げて、首が痛くなるほどに、その男の体は大きかった。


「試験官殿、最終試験は彼との勝負では?」


 うろたえているウジェーヌが試験官に青ざめながら尋ねる。


 大男と並んでいると、そうでなくても小さな試験官は人形のようだ。


 禿頭にナマズのようなヒゲを生やした試験官は、しわがれた声でウジェーヌからの質問に答えた。


「お主ら二人で勝負をさせて、怪我でもされたらたまらん、長旅に出ると言うに、怪我人を作ってどうする」


「しかしこいつは……」


 ウジェーヌは先ほどから大男の方をしきりに気にしているようだ。


「誰なんですか、彼は」


 ベレニスが聞くと、ウジェーヌは青ざめて言った。


「君、牛裂きのベニグノを知らんのか」


「牛裂き……、酪農家か、お肉屋さんですか」


「違う! 闘技場のチャンピオンだ!」


「ああ、なるほど、すみません、僕は昨夜キューヴルに到着したばかりで」


 青ざめたウジェーヌと、きょとんとしているベレニスを交互に見て、牛裂きのベニグノと呼ばれた大男は豪快に笑った。


「俺を知らんとは、どこから来たのか田舎者がいるようだ、どっちも細っこいが、楽しませてもらえるのか、こいつらは」


 試験官がおどおどしながら答えた。


「一人は明日からの旅に加わりますが、一人はどうぞお好きなように」


「ほう、……では、どちらから先に?」


 ベレニスの視線がウジェーヌとベレニス、交互に見つめた。


「では、私から、ウジェーヌさん、それでいいですか」


 思いがけずベルナールの方から言い出してくれて、これ幸いとウジェーヌは同意した。先にベルナールがボロボロに敗北してくれれば、自分は戦わずに採用されるのではと、わずかな時間に打算が働いたのか、うれしそうにニコニコしている。


「ああ、君が望むのなら、私はかまわない」


 引きつった笑顔を浮かべたウジェーヌは、じりじりと柱に身を隠さんばかりの勢いだ。


「こちらの方は徒手空拳のようですが、私も素手の方がいいですか?」


 真面目くさってベレニスが言うと、牛裂きのベニグノは、何を言われたのか一瞬戸惑ったような顔を見せて、そして大声で笑った。


「このちっこいのは、随分俺を楽しませてくれるようだ、俺相手に素手か、そんな事を言う奴は初めてだ」


 ベニグノは、楽しくて楽しくて仕方がないという様子で笑った後に、ベレニスを残忍そうに見て、言った。


「好きにすればいい、一番得意なやり方で」


「では、僕は剣を使っても?」


「むろんだ」


「手加減できるかわかりませんが、では、使わせていただきます」


「ほお、俺相手に手加減か、どこの剣豪様か知らんが、俺の方も死なない程度には加減するよう気をつけるとしようか」


 中庭の中央には、円形の舞台があり、そこが最終試験の会場のようだった。舞台の上には剣を手にしたベレニスとベニグノ。観客はおらず、審判替わりの試験官は舞台の上におり、ウジェーヌ一人が舞台の下から二人を見守るかっこうになっている。


「では、先に『参った』と、言うか、舞台から落ちた者を敗者とします」


 禿頭の試験官はそう言って舞台から逃げるように飛び降り、舞台の下から「はじめ!」と、声を張り上げた。


 構える前に、ベレニスに向かってベニグノが跳びかかってきた。肩を入れた体当たりがベレニスを捕らえ、ふっとばされたと思いきや、ぶつかる前にベレニスが舞台を蹴って後ろに飛んで身を交わしていた。


「ちっこいのは、動きが素早いな」


 最初の体当たりをかわされた事に憤るでなく、ベニグノは冷静にベレニスの力量を測っているようだ。


「だが、逃げまわっていたのでは、いつまでたっても勝負にならんぞ」


 ベニグノが挑発するように言うと、ベレニスは剣を構え直した。


「言われなくても!」


 ベレニスの突きが、ベニグノの喉めがけて繰り出されたが、ベニグノも体の大きさからは想像もできないような敏捷さで身をかわす。


「なるほど、確かにあなたは強いようだ」


 ベレニスは剣を構え直して一足飛びにベニグノの脳天に突き下ろすように振り下ろした。


 ベレニスの跳躍に驚いたベニグノが怯み、太陽を背にした姿に目をくらませ、すわ、一撃が、というその一瞬。


 バランスを崩したベレニスが舞台の上に叩き落とされた。


 ベレニスは、一瞬自分の身に何が起こったのかわからなかった。足に何かが巻き付いて、引き落とされたように思えて足元を見ると。


「ウジェーヌ、あなたはッ!」


 ウジェーヌが手にした鞭が、ベレニスの足に巻きつき、飛び上がった彼女を叩き落としたのだ。


 舞台の外からの介入に、ベレニスが試験官の方を向こうとした隙をついて、ベニグノがベレニスの足を掴んで持ち上げた。


「こんな軽い体なのに、たいした跳躍力だ。……だが、足を封じてしまえば恐れるものでは無いな」


 逆さまに吊り下げられて、体の自由を奪われたベレニスが、必死でベニグノの拘束から逃れようともがく。


「あなたは、こんな形で勝負に水をさされていいというんですか?!」


「どんな形であれ、勝負は勝負だ、俺は、弱い者をじわじわいたぶるのが好きなのさ、特に、お前のような生意気なチビはな」


 にいい、と、残忍な笑みを浮かべて、ベニグノがベレニスの両足をとり、その二つ名のように引き裂こうと力を入れたその時だった。


 黒い旋風のような素早さで、何者かが舞台に躍り上がり、ベニグノの腹に一撃を加えた。


 予想していなかった攻撃に、ベニグノは驚き、両手の戒めを解いた。宙に舞ったベレニスは、痛みで体の自由がきかず、このままでは舞台に叩きつけられる、と、受け身をとろうと体を丸めた。


 ……しかし。


 どすん、と、叩きつけられたそこは、固い舞台の上では無かった。


「シルヴァン?! どうしてあなたがここへ?」


 ベニグノは、腹部にくらった一撃で、泡を拭いてそのまま舞台の上に大の字に倒れた。


「腕を切り落としてやろうかとも思ったが、それでは仕事にならんだろうからな」


 シルヴァンはベレニスを抱きかかえたまま舞台を降りて、試験官の元へ行った。


「あなたは……どうしてここへ」


 狼狽える試験官を睨みつけて、シルヴァンが言った。


「話がある、悪いようにはしない」


 シルヴァンは、ゆっくりとベレニスを降ろし、ウジェーヌに向かってすごんだ。


「俺は少しこの場を離れるが、もしこいつに先ほどのような真似を働いてみろ、俺はお前を斬る、あらかじめ言っておく」


「ひッ!」


 シルヴァンを見て、その正体に気づいたウジェーヌは、先ほどベニグノと対峙した時以上に恐おののいた様子で、舞台に隠れるようにうずくまり、ガタガタと震えていた。


 そうなるともう美貌もかたなしで、いっそ憐れに思えるほどだ。


 試験官を連れて去って行ったシルヴァンは、すぐに戻ってきた。


「採用は、ベルナールと、こちらの、シルヴァン、だ」


「そんな! 私の試験はどうなるんだ!」


 ウジェーヌが意を唱えたが、シルヴァンのひと睨みで無言になった。


「よかったな、採用だそうだ」


 ベレニスの隣に立ってシルヴァンが言った。


「え? その、貴方も……ですか?」


「商隊長のデジレには縁があってな、ともかく、ビルドラペまでの道中、よろしく頼む」


「はい、よろしくお願いします、ああ、でも、あなたが一緒なら心強いです、よろしくお願いします!」


「ああ」


 かくして、ベレニスこと、ベルナールと、シルヴァンは共にビルドラペ行き隊商に加わる事が決まった。


 出発は翌朝。商隊長は気前のいい男のようで、支度金を前払いしてくれた。報酬は旅が終わった後に支払われるらしいが、支度金を前もって払ってくれるおかげで、ベレニスは旅の準備ができるようになった。食事などは、隊で道中保障されるが、衣服や武器は自分でまかなわなければならない。


 出発までは時間が無いと、ベレニスはシルヴァンに連れられて、買い出しに出る事になった。

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