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迷走する愛情

「ああッ、ダメッ、そんなにしては……」


「俺とそなたはもう夫婦も同然、ああ、何て美しいんだ、ベレニス……」


「ああッ、そんな風にしては、恥ずかしい……」


 室内から聞こえてくる艶めいたやりとりに、二人いた見張りの兵士は互いを見た。室内にいる二人は確かに結婚を前提とした二人であるはずだが、少々展開が早すぎるのでは無いかと不審にも思った。


 もちろん、令嬢と、王弟のはしたない声に興味を惹かれたという事は大いにあったが、『心配』の態で二人はそっと扉を開けた。


 その時だった。


 ガツン! と、衝撃が二人の頭上から襲いかかった。二人はほぼ同時に殴られ、その場に昏倒した。


「ああ、恥ずかしかった」


 ベレニスが赤面しながら見張りの兵士から剣を奪った。


「雇い主の令嬢の閨房をのぞき見しようなどとは、不埒な、もう少し傷めつけてやればよかった」


 シルヴァンはシルヴァンで少し複雑な表情でベレニス同様武器を奪った。念の為、二人は手足を拘束しておき、二人は急ぎ国王が宿泊しているはずの部屋へ急いだ。


--


「兄上ッ!」


 室内の様子を確かめず、扉を蹴破りそうな勢いでシルヴァンが室内に入ると、シルヴァンの兄、国王であるジェラールが、二人の兵士と対峙していた。


 国王の護衛兵は既に斬られ、床の上にうずくまっている。


さらには、兵士の他に、短剣を持って襲いかかろうとしているベレニスの祖父がいた。


「お祖父様、どうして、何をなさっているのです!」


 ベレニスの声に、二人の兵士が気を取られた一瞬を、シルヴァンとジェラールは見逃さなかった。息の会った動きで二人を切り結ぶと、形勢逆転したイシドールは、身構えるようにして短剣を構えた。


「ベレニス、お前、役目はどうした、何をしに来た」


 老齢のイシドールの手には、若い二人を同時に相手にする事はできない。人質をとらんとベレニスの方へ向かおうとするのを、シルヴァンは見逃さなかった。


「シルヴァン、お祖父様を殺さないで!」


 ベレニスの叫びと、シルヴァンがイシドールの短剣を弾くのが同時だった。


 手から落ちた短剣が、床を滑っていった。


「クッ!」


 短剣を取り落としたイシドールは、自暴自棄になって、素手でジェラールへ襲いかかろうとしたが、シルヴァンによって取り押さえられてしまった。


「ええい! 離せ! この、恥知らずな男の息子共よ、ワシには、もう、こうするしか……」


 イシドールは、激昂したが、興奮が心臓を弱らせたように、急に苦しみ出して、倒れこんだ。


「医師を、急いで医師を呼んでくれ」


 シルヴァンが叫び、ベレニスが大声をあげると、家令のジュストがやって来て、全てを理解したのか、青ざめながら全てを手配した。


--


 イシドールは、一命はとりとめたものの、意識は未だ回復せず、床についた。護衛兵達も一命は取り留めたが、イシドールが雇い入れた兵士達は、雇い主が倒れる様を見て、逃げ出してしまった。イシドールの助命を再優先させた為とはいえ、シルヴァンにとっては失態だった。


 首謀者であるイシドールが意識を失っている事から、事実を明らかにする為、ガスパールとジュストが王の御前に召される事になった。


 同時に、塔に幽閉されていたベレニスの父オレールと母も助けだされた。見張りの兵士は一人も残っていなかったという、見事な逃げっぷりであった。


「私が断罪すべき人間は今、臥せっているという状況だ、本来であれば、令嬢ベレニスがその責を負うべきかとも思ったが、あなたに尋ねよう、ガスパール、そなたはこの顛末について語るべき言葉を持っているか」


 ジェラールは、不意をつかれたとはいえ、護衛が二人揃って敗れた事を恥じているのか、王としての威厳をもって、ガスパールを詰問した。


「説明の場をお与えいただけた事、感謝いたします、陛下、今回の一件、全ては私の出自に起因するものでございます」


 そう言ってから、ガスパールはベレニスをちらりと見て、


「お人払いいただくわけにはいきませんでしょうか」


 と、言って平伏した。


「許さぬ、お前の父が私にした事を考えれば」


 ジェラールの言葉はもっともだった。ガスパールは、やむを得ないといった顔で言った。


「モラス領先代領主イシドールは、私の父ではありません、私の父は、先王陛下にございます」


 意を決してのガスパールの告白だったが、ジェラールはその言葉にそれほど感慨を覚えなかったようだ。


「だから何だ、私の兄だと、今更声高に主張してどうしたいと?」


 蔑むようにジェラールは言い、一度言葉を区切ってから、吐き捨てるように続けた。


「長子相続を主張できるのは、王子として認められた者だけだ、お前の遺伝上の父が先王だったとしても、お前は『王子』では無い」


 王は、怒っていた。そしてそれを隠さなかった。ジェラールは、日頃であれば、王位を傘に年長者に対して居丈高に振る舞うような人間では無い。

 今は、意図してガスパールに対して強烈な悪意と敵意をむき出しにしている。

 それは、意図のある事だった。


「何が王だ! 家臣の妻を召し上げた上子を孕ませるなど、王者のやりようにあらず、先代は好色で卑しい、情けも弁えぬ愚王よ! イシドール様の痛みを思い知るがいい!」


 声をあげて、ジェラールへ向かって襲いかかっていったのはジュストだった。ジュストの動きを予想できたのはガスパールだけだった。


 誰よりも早く動いたガスパールがジェラールを庇うようにして立ちはだかり、ジュストの隠し持っていた短剣を受けた。


「クッ……」


 ガスパールは腹に受けた短剣の痛みに顔を歪ませながらジュストを押さえつけた。


「ガスパール様、そんな……、そんなッ!」


 ジュストが慌てて短剣を引こうとしたが、ガスパールがしかりとジュストを抱きしめるようにしており、刺さった短剣に自分から飛び込むようにして深く刺した。


「叔父様ッ!」


 ベレニスがあわててジュストを引き剥がそうとしても、ガスパールはぴくりともせずに、背後にいるであろう王に向かって叫んだ。


「我が一族のしでかした不始末、どうか、私の命をもってお許し下さい」


 苦々しい顔をしながら、微動だにしなかったジェラールと、命をかけて全てを引き受けようとするガスパールが対峙する様を、シルヴァンは、ベレニスを引き寄せ、ささえるようにして、事の経緯を見守らせた。


「……どうか」


 どくどくと腹から血を流しながら、ガスパールは最後の力でジュストの行動を押さえつけるようにしっかりと抱え込む。


 ジュストは自分がガスパールの血に染まっていくのを感じながら、


「あなたに望んだのはそんな事では無かったッ……」


 そう言って、ガスパールと共に崩れ落ちていった。


「……酷な事をなさいますな、兄上」


 シルヴァンが冷たくジェラールに対して悪態をついたが、


「王族の責務も立場も放棄して、好き勝手しているお前にだけは言われなくないな」


 王の言葉に、シルヴァンは言い返す言葉を持たなかった。

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