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陰謀の予感

 表には見張りの兵士がおり、あまり大声での相談はできない。自然声は小さくなり、シルヴァンとベレニスの体は近づくのだが……。


「ま、待て、あまり近寄られると、その……」


 シルヴァンが距離をおこうと身を離したが、その声が小さくて聞こえず、ベレニスは、


「え?」


 と、顔を近づけた。自分のすぐ前にベレニスの顔があり、あまり近づかれると相談どころではなくなるのだけれど、と、思いながら、シルヴァンはコホン、と、咳払いをして、ベレニスの耳元で囁いた。


「まず、整理しよう、既にお前の父上は領主として家を相続していたのだな」


 耳元で囁かれる艷やかなシルヴァンの声にぞくりとしながらも、今はそれどころではないのだ、と、振り払うようにかぶりを振って、ベレニスも小声で言った。


「王都にもそのように届けは出ているはずだし、だからこそ、私が、……その、婿をとるという話になったのだと」


 耳にかかるベレニスの吐息をこそばゆいと思いつつも心地よく感じながらシルヴァンは答えた。


「なのに何故ここへ来て、跡目を娘ではなく弟に、という事になったのだろう」


「……実は、父が跡を継ぐ時も、叔父を、という話はあったらしいんだ」


「それは、先代が?」


「そう、お祖父様ご自身が」


「しかし、ガスパール殿が自ら家を出る事で、一旦その話は終わったわけなのだな」


 ベレニスは頷いた。


「ガスパール殿と先代、ベレニスの父上の間にいったい何があったのか……」


「もしかして、そこには王家も関係しているのでは?」


 何か思い当たるところがあるのかベレニスは青ざめている。


「どういう事だ」


「当家の跡目争いだけでもやっかいなこの状況に、さらに複雑にするかのように私の縁談がつぶれていないという事、叔父上が跡を継ぐなら私が後継になる必要が無いというのに」


「……確かに、そう言われると」


「あの、私からこんな事を聞くのはちょっと恥ずかしいのだけれど」


「ん?」


「相手が、私だと知った上であなたはこの縁談を受けたの?」


 ベレニスに真っ直ぐに見つめられてシルヴァは赤面した。


「う……、さらにもっと言ってしまうとベレニスが自分以外の誰かとの縁談を受けたのだと思ったら腹が立って」


「腹が立ってって、自分の事じゃない!」


「だが、お前は王弟と俺が同一人物だと知らなかったじゃないか」


 シルヴァンがすねたように顔を作ると、ベレニスはあきれたようなくすぐったいような不思議な気持ちになってシルヴァンの頭をくしゃっとした。


「私がどんな気持ちで縁談にのぞんだかなんて、わからないでしょう、お父様が病に倒れて、人質みたいな事になって、でも」


 今度はベレニスがすねたような顔をした。


「……でも、あなたの事を胸に秘めておこうって、覚悟を決めて」


「相手が俺だと知ってうれしかった?」


 意地悪そうにシルヴァンが言うと、ベレニスは知らない! と、そっぽを向いた。


 シルヴァンは、愛おしさで、そのままベレニスを押し倒したい衝動にかられたが、今はそんな場合では無いのだと必死で自分を抑えた。


 もうずっと、二人きりで、しかも体外的にも縁談の相手同士、何はばかる事なくベレニスを愛おしむ事ができるはずなのに、我慢ばかり強いられている気がするな、と、シルヴァンは思った。


「すごくびっくりしたけど、でも、うれしかった」


 当時の緊張を思い出すのか、ベレニスが涙を浮かべると、シルヴァンはこれくらいはいいだろうか、と、ベレニスをそっと抱きしめた。


 シルヴァンとて、意に沿わぬ縁談を受けるくらいなら、ベレニスの為に命を落とそうとすら一時は思っていたのだ。


 運命のいたずらなのか、今、こうしてベレニスを腕に抱けるとは思っていなかったのだ。それにともなうお家騒動を収束させる事くらい、どうという事は無いのだ。


 そして、無事に事が落ち着いたらその時は、思う存分ベレニスを愛するのだ。足腰が立たないくらいに。


「……何だか、すごく顔がゆるんでいるように見えるんだけど」


 白い目をしたベレニスが冷ややかに言うと、


「う……」


 図星を刺されたとは言えず、シルヴァンはただ苦い顔をした。


「私、シルヴァンはもっとお固い人なのかと思ってた」


「地はこんなものさ、ただまあ、誰もよりつく者がいなかったから」


「私は、『よりつく者』だった?」


「ああ、まっすぐに」


 シルヴァンがうれしそうに言うと、ベレニスも微笑みで返した。


 心が通じあっていると感じている今こそ、シルヴァンは過去を告げなくてはならないと考えた。


「ベレニス、俺は、兄の妻になる人に恋をしていた」


 ふいの言葉にベレニスは驚いた。けれど不思議と納得もできた。


「もしかして、王妃様?」


 ベレニスは、国王夫婦にシルヴァンが呼び出された日の事を思い出していた。シルヴァンにしなだれかかるような王妃の様子、つまり、王妃の方はシルヴァンの気持ちを知っていたという事なのか。


「ああ、そうだ」


「シルヴァン!」


「だが、過去の事だ、確かに俺はそれをきっかけに家を出た」


「そしてずっと王妃様を思い続けてたという事?」


「いや、違う、そうじゃない、もうずっと昔の事だ」


 そうやって過去を語るシルヴァンは本当に辛そうで、ベレニスとしてはそれ以上追求する事ができなかった。もちろん、好きになった相手に他に愛した女性がいた事を知るのは気持ちのよいものでは無かったが、そうした過去があったからシルヴァンはベレニスに出会えたとも思える。


 そして、シルヴァンとの会話で、ベレニスは一つ思いついてしまった。


「もしかして、叔父様も、お母様の事を?」


 兄の妻になる女性への思いを断ち切るようにして家を出たというシルヴァンと、ガスパールの姿がベレニスの中で重なった。


「まさか、私は……」


 ベレニスは到達してしまった自分の発想の恐ろしさに、自らの体を両腕で抱いた。


「お父様の子ではない?」


 そう考えれば、辻褄が合うような気がした。母が密通したと考えたくは無かったが、祖父がそれを知っていて、ベレニスへの縁談を薦めたのだとしたら。


「いや、待て、ベレニス、跡目争いが起きたのは、君が生まれてからの話なのではないのか」


 ベレニスが物心つくかつかない頃。ガスパールは確かに領内に居た。真実ベレニスがガスパールの娘だったとして、それを全く気取られないように居続けるという事は可能なのだろうか。


「そう、私はまだ小さくて、叔父様が遠くに行ってしまったと聞いてとても残念で、お父様に縋った記憶があったのだもの」


 あの時父は何と言っていただろうか。


 ベレニスは、遠い記憶を思い出そうと頭をかかえたが、何も思い出せはしなかった。


「あるとするならば、君の父上が先代の血を引いていない可能性だが、だとしても、王家をひっぱりこむ必要性を感じない、やはり、何かが足りない、しかし、それを知るには、先代と話をする他無いという事だが」


「尋ねたところで、お祖父様がそれを話してくれるとは思えない、まるで人が変わってしまったようだもの、見知らぬ兵士をあんなに雇い入れて」


「ちょっと待て、兵士を雇い入れて、と、今言ったか、ベレニス」


「ええ、そうよ、今この部屋を見張っているのも、ここの兵士ではないわ」


「兵士を揃えて、少ない手勢の王と王弟を招き入れた……ベレニス、先代の目的は跡目争いでは無いかもしれない」


「どういう事?」


「ベレニス、剣はどうした?」


「……取り上げられてしまった、女には相応しく無いと」


「武器庫はあるか?」


「ええ、あるけど、でも、見張りが……」


「急ぎ武器を確保して兄上のところに行かないと」


「どういう意味? 話が見えない」


「目的は、兄の命かもしれない」


 シルヴァンは、重い口調でベレニスに告げた。

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