むかしのおはなし
モラス領、当代領主のイシドールには愛する妻がいた。仲睦まじい夫婦を、領地の皆が尊いものとしていたし、ウーティアで最も広く、豊かなその土地を治める重責と、自負に、若い領主ははりきっていた。
そんな夫婦に、ある日突然影がさした。
何の先触れもなくやってきた国王。
美しい領主夫人を見る若い王の瞳は、ただ美しい女に対して向ける、領内の青年達のものと大きな違いは無かった。
翌朝、意地悪そうな笑みを浮かべる王と、王に耐える様子のイシドールの姿があった事を、家令のジュストは見てしまった。
毎朝、必ず手ずからの料理を振舞っていた領主の奥方が、床に臥せった事も。
その後、奥方は二人目の男子を出産した。
出産の肥立ち悪く、奥方は若い命を散らした。
その後、妻を失った絶望に、領主は見ている者が辛くなるほどに荒れたが、長くは続かなかった。領主としての責務と、何より妻の忘れ形見があったからだ。
二人の息子。
しかし、そのうち一人は……。
長男、オレールが生まれた後、イシドールは怪我を負った。
命に関わる怪我では無かったが、その怪我によって、イシドールは子供を望めない体になっていた。
その事実は、厳に秘されていたが、それは、はたしてよかったのか、わるかったのか。
二人目の息子、生まれるはずの無い息子。
その出自を知るのは、イシドールと奥方、そして家令のジュストのみ。
国王ですら、たった一夜の火遊びだと思い込んでいた。
まさか、夫の方のその機能が失われているとは、思ってもいなかったのだろう。
後に、王は正妃を迎えた。男子が二人生まれたという事実に、イシドールが何を思ったのか。
ジュストには、ただ見守る事しかできなかった。




