父と息子
ベレニスの父、オレールは、妻と共に塔に幽閉されていた。定期的に医師の診察はあり、即座に命を奪われる様子は無かったが、出入りの医師とて今となっては信用はおけない。処方された薬が毒では無いという保障はないのだ。
だいたい、持病も無く、壮年ではあるが健康なオレールが急に病に伏したというのはどう考えても不自然だった。
オレールは、床の中で弱々しく天井と、窓の外を見続ける事しかできずにいた。
一人、臥せっているオレールの元へ、現れたのは父、ベレニスにとっては祖父にあたる、イシドールがやってきたのは、庭が騒がしくなった後だった。騒がしさの原因は、シルヴァン達の来訪によるものだったが、オレールはそれを知らされてはいない。
唐突の父の訪問に、オレールはついにとどめをさされるものかと覚悟を決めた。
「ずいぶん、意識がはっきりしてきたようだな、息子よ」
嗄れた声だが、それはまぎれもなく父のものだった。
「そうですね、私の事をまだ息子と呼んで下さいますか、父上」
「どういう事だ」
「てっきり、私はあなたの血をひいていないものだとばかり思ったものですから」
オレールは病の床で考えていた。還俗し、領地へ戻った弟、次期領主は娘のベレニスでは無く弟に譲ると言い出した父の真意を。
「何か考え違いをしているようだが、お前は紛れもなくワシの息子だ」
「”お前は”と、今おっしゃいましたね、ではガスパールは? ガスパールは何者なんですか」
起き上がる事のできないオレールは、体だけを横へ向けて、精一杯父を睨みつけた。
「まるっきりの阿呆では無いな、いっそ阿呆であればわしの駒にしてやってもよかったものを」
満足そうに微笑むと、イシドールはベッドの横の椅子に座った。
「今も、そう思っているのではないのですか? 少なくとも体の自由は奪われた、今の私はただ生きているだけの存在です、庭で騒ぎが起きていても、何があったのか確かめる事もできない」
「ジェラールとシルヴァンが来たのさ、ベレニスという餌にかかってね」
「国王陛下と王弟殿下に対して随分なもの言いですね」
言いかけて、オレールは考えた。父の行動の意味を。ひたすらに跡目ガスパールに継がせようとした意図を。
先代の王が、モラス領に来たのは、オレールがまだ幼い頃の事だった。
王の来訪と、弟の、ガスパールの出産。
『自分は』紛れもなく息子だと言った父。
……では、ガスパールは、誰の息子だというのだろうか。
「父上、あなたは、どんな野望をもっているのですか」
オレールは青ざめた。起き上がって父を問いただしたいと思うのに、体が思うように動かない。
「殺しはせんよ、オレール」
そう言う父の顔は、いつもの父のように見えた。いったい何が、父をあのような形相にさせるというのだろうか。
「だが、邪魔もさせん」
「父上、ベレニスは? あの娘をどうされるおつもりか」
オレールの言葉に、イシドールは顔を歪ませる。
父は、息子に答えないまま、塔の牢獄を立ち去った。
「父上! ベレニスを! あの娘をどうか!」
オレールはベッドから落ち、床を這いつくばって進もうとしたが、扉は冷たく閉ざされて、父は去ってしまった。
ほどなくして、妻が戻り、床に倒れているオレールを見つけて、あわてて抱き起こしたが、その時にはもう、イシドールの姿は無くなっていた。




