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再会

 ベレニスは、心を殺し続けた。女官たちも、いつもであれば、にこやかに雑談に興じるところを、そこかしこに見張りに立たれ、重苦しい空気の中、ピカピカに飾り付けられた。


 誰の為の装い、誰の為の華やかなドレス、王弟殿下は、出仕もせずに放蕩を繰り返しているらしい。あれほど嫌がり、避けていた相手にすがらなくてはならない自分の無力が歯がゆかった。


 広間へ行くと、上座には祖父と、その横には叔父が居た。叔父の方も、生きる気力を削がれたかのような虚ろな瞳をしていた。


 せめて叔父と協力できれば、と、見やっても、覇気の無い表情は、英邁だった叔父の面影もすら残していなかった。


「おお、美しく装ったな、ベレニス」


 祖父が満足そうな笑みを浮かべたが、ベレニスは無表情で、にこりともしない。そんなベレニスに対しての怒りか、祖父の表情があからさまに不快そうにかわり、暴力的に変わろうとしたところで、叔父が声を発せずに口を動かしてベレニスに笑うように言った。


「……ありがとうございます」


 ぎこちない顔でベレニスが笑顔を作ると、途端に祖父は機嫌をなおしたように笑顔になった。祖父も叔父も、どこかおかしい。極端に暴力的な影をちらちらと見せる祖父と、ひたすらそれに怯えるような叔父。二人は元からこんなだったろうか、と、ベレニスは想い出そうとしたが、幼い頃の事でもあり、思い出せそうにない。


 祖父を挟んで叔父とは反対の椅子にベレニスがかけると、ほどなくして兵士が来賓が到着した事を告げた。


「国王陛下と、王弟、シルヴァン様のおなりです」


 先触れに来たのは、モラス領のものではなく、宮廷の親衛隊のもののようだ。見慣れない華麗な軍服に身を包んでいる姿は、どこか陰気な祖父の配下とは違って見える。


 扉が開き、国王達が部屋に入る時には、ベレニスと祖父、叔父は、立ち上がり、礼をして、来賓を待った。


 ベレニスは、驚いていた。


 シルヴァン、というその名に。珍しい名前では無い。


 けれど、好きになった男の名と、異に沿わない結婚相手候補の名前が同じというのはなんとも居心地が悪そうだ、と、下げていた頭を上げた、その時。


「……ッ!!!!」


 国王ジェラールは、かつてリュジオンプリで会った。そして、その王の少し後ろに立っている男の顔は。


「はじめまして、ベレニス嬢」


 微笑んだ美丈夫は、ベレニスもよく知る『あの』シルヴァンだった。


--


 ベレニスは、驚きのあまりたいそう呆けたような顔になってしまった。確かに、リュジオンプリで出会った国王との近しさは、単なる知己の域を超えていた。


 放蕩者の王弟が、巷間では「黒鷲」などと異名される凄腕の剣士だだなどと、誰が思いつくだろうか。


 ベレニスの頭上で、祖父と王、叔父のやりとりが続いているが、ベレニスの頭にはちっとも響いてこず、ひたすらシルヴァンの方を見つめ続けるだけだった。


 当のシルヴァンの方は、ベレニスになど会ったことも無いような顔をして取り澄ましている。


 あまりにもよそよそしいそぶりに、同じ顔の別人では? と、思ってしまうほどだった。


 そんなわけだから、いつの間にかシルヴァンと二人きりにされた時は、恐る恐る顔を覗き込む事しかできなかったベレニスだった。


「……その、シルヴァン?」


 すると真面目くさっていたシルヴァンが、急に表情を崩して吹き出した。


「クックッ……ベレニスの、あの、顔ッ!」


 おかしくて仕方ない様子でシルヴァンが腹をかかえて笑っている。


「ひどいッ!」


 叫んだベレニスをシルヴァンが見ると、頬から大粒の涙がこぼれおちて、わなわなと震えていた。


「もう、会えないかと、思っていたのにッ」


 ボロボロと泣きじゃくるベレニスを、シルヴァンがそっと抱きしめた。


「俺も、またお前に会えて嬉しい」


 シルヴァンの腕の中は居心地が良すぎて、数日ぶりにベレニスは心から安心する事ができた。もちろん、こうしている間も、扉の外には見張りの兵士がいて、中の様子をうかがっているのだろう。


 けれど、今はそんな事気にもしないで、ベレニスは思い切りシルヴァンに抱きついていた。


 シルヴァンは、ベレニスが落ち着くまで黙って抱きしめていてくれた。


 ようやく涙が収まったベレニスが、顔を上げると、せつなそうな、もどかしそうなシルヴァンの顔があった。


「……落ち着いたか?」


「ええ!」


 満面の笑みを返すベレニスを、もっと抱きしめて、抱き潰してしまいたい衝動にかられたシルヴァンだったが、今はそれどころでは無いと己を律した。


「ベレニス、聞かせてくれ、ビルドラペであの日、何があったか」


 シルヴァンの言葉に、ベレニスはあの日起こった事と、これまでの事を語り始めた。


 叔父の元に、家令が先回りをしていた事、家令共々拉致されるように領地に連れ戻された事を。


「……叔父上の、ガスパール殿は、既に聖堂では『居なかった事』になっているようだった」


「そんな、あんな短い時間にそこまで?」


「少し手回しがよすぎるように思える、ベレニスの縁談、叔父上の還俗、そして、父上の病……か」


「祖父は、何を狙っているんだろう、確かに父と祖父は折り合いが悪かったし、父が家を継ぐ時にも揉めたらしいという事は、叔父上からも何となく聞いてはいたんだ」


「だが、ガスパール殿は、自ら跡目争いを降りるかのようにして、聖職者への道を進んだのだろう?」


「でも、私の短慮のせいで叔父様は……」


 うなだれるベレニスの肩をシルヴァンが抱いた。


「過ぎた事は考えるな、今からできる事をやればいい、……しかし、ここまでの話を聞くに、跡目をガスパール殿に継がせる事が目的ならば、ベレニスと私の縁談の必要を感じないな……いくらガスパール殿に子がいないといっても、兄には王子も姫もいる、何も不詳の王弟を担ぎださなくても、王家と縁を繋げる方法は他にもあるはずだろうに……」


 考え込んでいるシルヴァンの横で、ベレニスが赤面して言った。


「……その、祖父は、……その」


 言いにくそうにしているベレニスだったが、決意をしたように言った。


「体を使って、王弟殿下を籠絡せよ……、と」


「なッ……」


 今度はシルヴァンが赤面する番だった。


「男のかっこうで旅をした私は、すでに純潔を散らしているだろう、とも」


「何て事を!」


 激昂したシルヴァンだったが、赤面してうなだれるベレニスを見て、思わずその言葉通りにしてやろうか、と、欲望のままに振る舞いそうになる自分を必死で抑えた。


「……いや、そこが、狙いという事か、俺を引き込む事で、何か利があるという事か?」


 ベレニスの両肩を持ったまま、シルヴァンが考え込んでいた。目の前にあるシルヴァンの顔の近さに、思わずベレニスが顔を反らすと、おもしろがってシルヴァンがベレニスの首筋に顔をうずめた。


「お、……おおい、シルヴァン」


 何をする、と、言いかけて、ベレニスはシルヴァンの柔らかな唇を肌に感じてビクリとした。


「ふ……ッ」


 くすぐったい、と、甘い声をあげると、シルヴァンがそのままベレニスの胸元に顔を埋めた。


「ばかッ、何をッ」


 ベレニスが拳を振り上げたが、シルヴァンの頭を撃たずにそのまま拳を下ろした。


「……良かった、ベレニス、やっと会えた」


 まるで子供のように抱きついているシルヴァンを愛おしく思って、ベレニスはそのままシルヴァンを抱き続けた。少し固い髪の手触りも、どこか愛おしく、陶然としていると、我に返ったしルヴァンが弾かれたように体を離した。


「す……すまない、つい」


 赤面するシルヴァンがおかしくて、ベレニスも思わず吹き出す。


「ううん」


 つられて赤面したベレニスも、ぶっきらぼうな様子で遠くを見た。


「嫌じゃ、なかったし、私も、うれしかったから」


 一度は拳を振り上げた事などなかったかのように照れながらベレニスも言った。

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