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互いの立場に気づく時

 領地に連れ戻されたベレニスは、父が病に伏している事に驚いていた。ベレニスが出奔した時は、あれほど元気だったというのに。


 何か、人為的な力を感じずにはいられないほどに、父は弱っていた。


 母曰く、突然倒れたのだという。病状はよくならず、かろうじて生きているという状況の父に替わって、領内をとりしきっていたのは祖父だった。


 隠居していたはずの祖父が、ベレニスが驚くほどに元気で、数歳若返っているようにすら見える。


 ベレニスは、船中でガスパールと話をする事はゆるされなかった。一室に閉じ込められていたからだ。


 船が領内の港に着いた時も、ガスパールの姿は見当たらず、別手段でどこかへ連れて行かれた事がわかった。


 ジュストはあくまでも慇懃に、ベレニスを変わらず令嬢として振舞っていたが、その瞳は冷たかった。


 屠殺場へ連れて行かれる家畜を見るような視線に、逃走を試みようかとも思ったが、暗にガスパールの身の安全についてほのめかされると、ベレニスは従う他無かった。


 シルヴァンに、一言の断りも無く別れてしまった。


 彼は黙って姿を隠した自分をどう思っているだろうか。


 心変わりをして、やはり家に戻って縁談を受けると思っているのだろうか。


 きっと、不実な自分を責めているに違いないと考えると、ベレニスは暗澹とした気持ちになった。


 こんな事になるのであれば、もっと思いを伝える事に貪欲になっておけばよかったと。


 我が身の純潔をののしられようとしても、シルヴァンに己を捧げるべきだったと、ベレニスは思った。


 港に向かう船の中で、ベレニスはひたすらシルヴァンの事を思い続けた。一時は海中に身を投じようかとも思った。泳いでビルドラペに戻れないかと思ったのだ。


 けれど、その代償は、手足の拘束と幽閉。


 ただ生かされて、モラスまで運ばれるようにして戻ってくれば、父は病床におり、母は父を看病するものの、病状はよくならず、まるでこちらも幽閉されているかのようだった。


 先代である祖父は、既に父を見限っているようにも見える。


 領地について、ガスパール叔父にようやく会えたが、ガスパール自身も憔悴しきっていた。しかし、自分の無事を知ると、それにのみ縋ってきたように、叔父はベレニスの無事を喜んでくれた。


 この先自分はどうなるのか、不安に思っていたベレニスが、祖父に呼ばれたのはその夜の事だった。


「縁談を嫌がって家を出るとは、とんだ親不孝ものだな、ベレニス」


 祖父は、厳格ではあったが、ここまでひどかったろうか、と、ベレニスは久しぶりに会った祖父に対して思った。まるで別人がのりうつっているような、どこか狂気を帯びた瞳は、赤く、血走っているようにも見える。


「それほど家の為の縁談をいとうならば、父共々放逐してくれようかとも思ったが」


 祖父は、まるで王のような尊大さで、ベレニスの生殺与奪の全権を握っている事が楽しくてしかたないという様子で続けた。


「予定通り婿を取れ」


「おっしゃる意味がわかりません」


 縁談は、とっくにつぶされたのだと思い込んでいた。祖父は、父を放逐して叔父を跡継ぎにすえるのだという。


 ベレニスの望み通りになったはずだった。ある意味。


 まさか、父が、祖父によって病気にさせられるとは思ってもみなかったけれど。


 ベレニスが縁談を嫌がり、相談にのってくれた好々爺然とした祖父の姿はどこにも無かった。何が祖父を狂気の淵へ落としたのだろうか。


 自分のせいなのだろうか、ベレニスは自問した。


「叔父上が次代の領主になられるのでしたら、私に役割はないはずでは?」


「ああ、そうだな、それがお前の望みのはずだった、だが、ガスパールにはまだ子が居ない、急ぎ嫁を募っても、子ができて、成長するには時間がかかろう、ゆえに、お前は人身御供だ、王家に対しての」


「王弟殿下は、宮廷に出仕もせずに放蕩三昧という事らしいな」


「さあ、私には興味がありません」


「何だ、知らないのか、お前の縁談の相手は、現王、ジェラールの弟だ、父に似たのか、宮廷に居着かない、ジェラールは弟に手を焼いているが、直轄の領地を任せてやる気は無いらしいな、我がモラス領に色気を出して、さらにオレールの馬鹿が王家と好を通じようと画策しおった、忌々しい事だ」


「ですが、お祖父様は、父上と同様、私に対して同じ相手に嫁すよう命じているではありませんか、私にはどちらも違いがあるようには思えません」


「はッ、そこが小娘の浅はかさというものだ、お前は餌だよ、ベレニス、婚礼につられてうかうかやってきた国王を弑したてまつるというわけよ」


「何をおっしゃっているの? お祖父様、国王陛下を?! 何故そんな」


「女の! お前に教えて説明する必要は無い、お前は、領地に釣られてやってきた王弟殿下をたらしこんで、骨抜きにすればそれでいい」


 祖父の言いようは、女の尊厳をふみにじるかのようなもの言いだった。こんな人では無かったはずだ、祖父は悪魔にでも取り憑かれているのだろうか。


「お祖父様のおっしゃるように、小娘の私にそのような手管は……」


 いいかけたベレニスに、祖父が続けて言った。


「わしが知らんとでも思っているのか、ベレニス、男の成で隊商に加わったというが、その身、既に純潔ではあるまいよ」


 ベレニスが、ひどいものいいに顔を赤らめると、祖父はいやらしい笑みを浮かべて言った。


「図星か、だが、今回はその手管をこそ使う時だ、かわいい娘は旅に出させるものだなあ、どうだ、皆」


 ベレニスは、目の前にいる祖父の脳天をかち割りたい衝動にかられていた。しかし、祖父は多くの護衛がとりまかれていて、手を出したが最後、取り押さえられるのはベレニスの方だろう。


 ベレニス一人であれば、包囲網をかいくぐって逃げる事もできるかもしれないが、そうした後、父や母や妹がどのような扱いを受ける事になるだろうか。


 ガスパールは、父やベレニス一家を気にかけてくれてはいるようだが、今、領内を取り仕切る祖父の威圧感は、その祖父自身から次代を託されようとしているガスパールですら、言葉を聞かない物々しさで、ここは本当に我が故郷なのか、国内でも有数の穀倉地帯、税率も低く、文化水準は王都以上とも言われたモラス領とも思えなかった。


 退出を命じられたベレニスが、一人自室に戻ろうとしても、常に監視の目が着いてくる。祖父は、これらの兵士達をいったいどこから雇い入れたというのだろう。屈強な兵士達は、見たことも無い男達だった。元々の領主館に所属する兵士のようにも思えない。かといって、傭兵のようでも無い。無口で、党制がとれている様子は、きちんとした軍隊に所属していた者達だと思えるが、彼らの録はどこから出ているのだろうか。


 ベレニスは、言葉から出身地がわからないかと、雑談をしかけたりもしたが、言葉を向けても、答える者は居なかった。


 自室に戻り、慣れた寝台に身を踊らせる。


 あの日から、何日経過しただろう。シルヴァンは、旅を続けているのだろうか。既にキュイーブルに戻り、報酬を受け取って、ベレニスの事を忘れるかのように、他の女を抱いているのだろうか。


 手紙を出そうと思っても、外に出る事もかなわない。


 もし、外の人たちと関わる事ができるとするならば。


 ベレニスは思い立って起き上がった。


 王弟殿下! そうだ、縁談の相手。


 放蕩者で、宮中への出仕もしていない人物だそうだが、逆に、外への伝手は持っているという事なのではないだろうか。


 初夜の床で、他の男の事の頼みごとをしたところで、聞いてもらえるとは思えないが、今は藁にもすがる思いだった。


 せめて、婚礼が自らの意志では無いことだけでも伝えたい。我が身がどうなっても、心はシルヴァンのものである事だけでも、知っておいて欲しかった。


--


 王宮、キュイーブルへの視察を終えて、戻ってきた兄である国王の前に、シルヴァンは居た。


「モラス領主令嬢との結婚、受けてくれるのか」


 モラス領令嬢、シルヴァンは兄の言葉を確かめた上で、念を推すようにして尋ねた。


「その令嬢の名前は、……ベレニス嬢……か?」


 思いがけないシルヴァンの言葉に、ジェラールは一瞬言葉を失った。


「ああ、そうだ、何だ、お前、まんざらでも無いのか? 自分で調べたのか?」


「……いや、そうじゃない」


 何と言う事だ、と、シルヴァンはため息をついた。


 やはりそうだった。ベレニスが結婚を嫌がって出奔した相手こそ、ウーティア国王、ジェラールの弟、シルヴァンだったのだ。


 せめて、互いの素性くらいは明かすべきだった。


 シルヴァンは、用心深くしていた互いを激しく後悔していた。


 実は、何の障害も無かったのだ。定められた運命の相手だったのだ、と、シルヴァンは踊り出しそうになる自分をおさえた。


「シルヴァン、お前、今、顔緩みまくってるぞ」


 ただならない弟の様子に、兄王は気持ち悪そうに言ったが、やにさがる弟の顔がおかしくて、ついからかいたくなってもいた。


「さては、本人を見に行ったな? どうだった? 美しい娘だったか?」


 シルヴァンは、ベレニスの姿を思い描いて顔を染めた。


「……なんだ、いっそ俺の後宮に迎え入れてやればよかった」


 忌々しそうにジェラールがつぶやくと、途端に剣呑な表情を浮かべてシルヴァンが腰のものに手をかけた。


「冗談だよ、冗談、なんだ、既にめろめろじゃないか、まさか、当人に会ったんじゃないだろうな」


 会った、と、言いたい気持ちをぐっとこらえて、シルヴァンは表情を整えた。縁談を嫌がって家を出た、などという話は、あまり大勢にするべきでは無い。


「まあいい、早速先方から、縁談を進めたいという話が来ている」


 兄からの話に、シルヴァンは少し複雑な気持ちになった。今、シルヴァンは縁談の相手がベレニスである事を知っている。しかし、ベレニスはシルヴァンの素性を知らないままだった。


 自分ではない男との縁談に対して、ベレニスはどんな気持ちでいるのだろうかと思うと、シルヴァンの心に影が指す。


 第一、ビルドラペでまるで拉致されるように聖堂から叔父と共に連れ去られたベレニスの事を思うと、シルヴァンは一刻も早くモラス領へ行きたいという思いが逸った。

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