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モラス領へ

 シルヴァンは待った。日が傾き、周囲の色が橙から藍色に変わるまで待った。ベレニスが門をくぐって以降、馬車が一台ひどく急いで出て行った以外、誰も出てこない。


 久しぶりの叔父との邂逅に加えて、込み入った状況でもある、話が長引いたとしても、すこし時間がかかりすぎている。


 門番達は、そろそろ閉門するのか、にわかに慌ただしく、後片付けなど行っている。


 あわててシルヴァンは門番に尋ねた。


「すまない、先ほどこちらの聖堂を訪れた娘子が未だに戻ってこないのだが」


 シルヴァンとしては、自身が立ち入れない上は、門番から何がしかの情報を得るための事だった。が、しかし。


「そのような者は、本日この聖堂には来ておりません」


「何を言っている、あなた方も見たはずだ、深い朱色のドレスを着た、赤毛の娘だ」


「来客が無いものは無いのだ、本日はこれにて閉門する、用件があるなら明日出なおしてくれ」


「では、ガスパールという方がここにいるだろう? こちらで職を得ている学士の方だと、ベレニスは叔父であるガスパール殿の元へ来たのだ、叔父上に問い合わせていただければ何かわかるのでは」


 二人の門番は『ガスパール』という名を聞いて明らかに表情を変えたのだが、すぐに元の鉄面皮に戻り、言った。


「当聖堂に、そのような名のお方はいない」


 語るに落ちるとはこの事か、シルヴァンは思った。これ以上門番らを問い詰めたところで望む答えは得られないだろうと判断したシルヴァンは聖堂へ背を向けた。


 お方、と、門番達は言っていた。見も知らぬ人間に対して敬語を使うのはおかしい。それなりの身分の人間だったのだろうという事。そして、今はもう居ない、いや、はじめから居なかったように振る舞うよう指示が出ているというのは、何らかの圧力がかかっていると考えるべきだろう。


 無理に押し入ってでも、と、シルヴァンは考えたが、不審な馬車について思い至ると、急ぎ城壁の門へ向かって走り始めた。


 聖堂についてはこれ以上を追求する事に武力をもってする他やりようが無いが、城壁の門であれば伝手があった。


--


「まさか、あなたが黒鷲であったとは……」


 聖都守備隊長、フェルナンは、王弟シルヴァンを知っていた。


「すまないが急いでいる、今日の夕刻、都から出た者共の名、素性を教えて欲しい」


「何故に? あなたの今の立場を考えるに、そうやすやすとそれを教えるのは私の責務に反します」


 確かに、フェルナンの立場上簡単な事では無かった。


「すまない、俺の婚約者がかどわかされたかもしれないんだ」


「婚約者! ですか?!」


 フェルナンは驚いて瞳をむいた。


「そうですか、そうだったんですか、ならばわかります」


「どういう事だ?」


「馬車の素性ですよ、モラス領主ご一族の方々です、現領主、オレール殿の弟君、ガスパール様、それから、ご息女、ベレニス様です」


 モラス領、と聞いて、シルヴァンは愕然とした。


 高い身分だろうとは思っていた。しかし、まさか自分の政略結婚の相手こそがベレニスであったとは。


 シルヴァンは、自分の思い悩んでいた事がなんだったのだろうかとしばし呆然とした。いや、しかし、ベレニスは縁談を拒んで家を出た。叔父に還俗してもらい、替りに家を継いでもらうのだと。


 では、叔父、ガスパールはベレニスに従って還俗する事を受け入れたのだろうか。


 だとしても、急すぎる上に、シルヴァンに何も言わずに聖都を出たというのは不審にすぎる。


 ベレニスの身に何があったのか、急ぎ馬車を追う必要があるが、どちらへ向かったのだろうか。届け出の通り、モラス領に戻ったのか。


 唐突に深刻そうな顔をして、考え込んでいる様子のシルヴァンにフェルナンが言った。


「モラス領の方々であれば港へ向かうつもりのようだ、船で領地まで戻られると」


 何の気なしに言ったフェルナンに、シルヴァンは大いに歓喜して、フェルナンの手をとり、固く固く握手をした。


「あ、殿下?」


 フェルナンが何か言うよりも早く、シルヴァンは去って行った。商隊長のデジレに、離隊の相談をするために。

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