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血の海での再会

 どれほどの人間を切り捨てても、何の動揺もしなかったシルヴァンは、ベレニスから向けられた驚いたような目線で、我に返った。


 無事で良かった、と、思いながらも、見られたくなかった、という思いが、シルヴァンの行動をも戒めているように身動きができない。


 互いを探しに来た二人は、目的の人物に会えたというのに、再会を喜び合う事もできずに、ただ、互いを見つめていた。


 シルヴァンは考えていた、ベレニスとは距離をとらなくてはならないと考えていた。これをきっかけに避けられるなら好都合だ。


 しかし、その表情は、シルヴァンの心を裏切るものだった。


 見られたくなかった。だが、もう遅いのだ。


「無事でよかった、戻ろう、ベルナール」


 シルヴァンは、ベレニスに背を向けて歩き出していた。足早に進むシルヴァンを、ベレニスは必死で追いかけた。


 同じ状況なのに、今度はシルヴァンはベレニスの方を一顧だにしなかった。後を着いてきているかすら確かめない。


 けれど、ベレニスは必死でシルヴァンを追いかけた。


 あの背中を捕まえて、何か言葉をかけなければ、シルヴァンとベレニスの間に出来た溝は、飛び越える事すらかなわない淵となり、ついには心を許してはくれないのではないだろうか。


 そう思っても、ベレニスは手を伸ばす事ができなかった。シルヴァンの背中を必死で追いかける事しかできなかった。


 シルヴァンは、ベレニスをベルナールと呼んだ。それは、偽りの名だ。


 自ら男のふりをして、そうあれかしとした名なのに、シルヴァンにその名で呼ばれる事が、これほど堪えるのかとベレニスは思った。


--


 隊商の皆は、戻ってきた二人を喜んで迎え入れた。


 しかし、暗い瞳を宿したシルヴァンと、シルヴァンに対して距離をおくベルナールの様子に、それまでの二人の様子を知っていた皆は、何があったのだろうといぶかしんだ。


 だからといって、では、面と向かってシルヴァンに尋ねる勇気のある者もおらず、いつもならば、誰とでも明るく言葉を交わすベルナールが押し黙っているのを見て、誰も彼も、隊長すらも、尋ねる事ができなかった。


 それでも、シルヴァンとベレニスは、天幕を共にしていた。一言も口をきかず、互いを見ようともしないが、どちらも互いを気にかけているようなぎこちない時間が続いていた。


 シルヴァンは、これでよかったのだと、自分を無理やり納得させようとしていた。


 ビルドラペに到着し、ベレニスが無事に叔父の元に辿り着ければ、そこで終わる。望まぬ結婚から救われ、自分の人生を切り開いていくベレニスを、できれば近くで見ていたかった。願わくば、共に生きていきたかった。


 血に濡れた両手。


 人を殺すのは、初めての事では無い。今までも数多くの者を手にかけてきた。多くは盗賊、無法者であっても、人を殺したという事実は変わらない。


 初めて会った時から、屈託なく真っ直ぐに自分を見てくれたベレニスの顔に張り付いた恐怖のあの顔を、思い出すたびに、シルヴァンの胸はかきむしられる。


 ベレニスから拒絶される事、距離をおかれる事を望んでいたはずなのに、実際そうされる事で、シルヴァンの心は乱れていた。


 一方、ベレニスの方も、心を閉ざしてしまったシルヴァンに対してどうふるまっていいかわからなかった。シルヴァンが剣をもって自分を救ってくれた事をうれしいと思う反面、自力で戻ってくる事のできたであろうシルヴァンに、不要の殺生をさせてしまったという思い。


 そして、きっとそんなベレニスに対して、シルヴァンは怒っているのだ、と、ベレニスは思っていた。


 ベレニスは、恋に憧れていた。夢見るように、それは心ときめくものだと思ってたのに。


 気づいてしまった。自分は、シルヴァンに恋をしている。ベレニスは思った。


 だから、王妃と睦まじくしていた事に傷ついた。


 離れ離れになりたくなかった。ずっと側に居たかった。


 共に旅をして、助けられて、シルヴァンへの恋に気づいた時にはもう遅かった。


 この胸の苦しさはどうだろうか。シルヴァンの瞳は、もうベレニスを映そうともしない。


 そんな風に胸が痛むのに、常にシルヴァンを目で追いかけてしまう。


 あと少し、もう少し。


 目的地はもう、すぐそこなのだ。


 首尾良く叔父が還俗してくれたとしても、ベレニスが恋したい相手には、手が届かない。


 シルヴァンを見る事を怖いと恐れながらも、視線を向けずにいられない苦しさに、ベレニスは一人で涙を流した。

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