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卑怯者

 シルヴァンは、盗賊団の残党と対峙していた。既に頭目兄弟の死には気づいているようだが、復讐しようとする者は居なかった。


「何用だ、黒鷲、黙って逃げれば追うつもりは無かったものを、わざわざ殺されに戻ってくるとは」


 頭目不在だろうに、残党達は統制がとれていた。どうも、頭目がいなくても、指揮に問題が無いほどに有能な副官がいたらしい。


「俺も、できれば逃げ去りたかったが、そうもいかなくなった、聞きたい、うちの隊の若いものが一人、このあたりをうろついていなかったか?」


「若いもの……さあ、どうだったかな、高く売れそうな娘なら、見つけたが」


 副官は挑発するようにシルヴァンに言った。


 ベレニスの男装は、商隊の者達の目をごまかすことはできても、盗賊たちの目はごまかせなかったようだ。


「顔色が変わったな、黒鷲、俺の知っている黒鷲と、今目の前にいるあんたは、どうも違う人間のように見える」


 シルヴァンは無言で副官を睨み返した。


「俺の知っている黒鷲は冷酷非常、人殺しも厭わず、誰ともつるまない」


 シルヴァンにとっての「大切な存在」を気取られまいとして、必死に冷静を保とうとしたが、徒労だった。すでに、シルヴァンには、冷淡なふりすらできなくなっていた。


「……そうか、あれはあんたの女か」


 手にしていた駒の威力に気づいた副官は、オリヴィエよりも残忍そうで、ローランよりも狡猾な笑みを見せた。


「誰か、女を連れて来い」


 副官の号令で、一人がその場を離れていった。近くにねぐらがあるようだ。


「おっと! 動くなよ、黒鷲」


 シルヴァンは両脇から羽交い締めにされた。


「さて、俺は望外の獲物を得たようだ、さて、この獲物、どうしてやるのが一番俺達にとって得になると思う?」


「……そうだな、まず女を売っぱらった場合、年頃からいって生娘か? 高く売れるだろうなあ、生家に資産があるようなら、身代金を要求するという事も可能か? まあ、うっかり都へ足を踏み入れて、捕縛されてはまずいからな、まあ、どこかの港で国外へ売り飛ばすあたりが後腐れが無いか」


 盗賊たちがベレニスを値踏みするのを、激昂しないように聞いているのがせいいっぱいだった。


 しかし、生娘のまま売られるのであれば、少なくとも命ばかりはとられまい、と、シルヴァンは計算した。……だが。


「しかしそれじゃあ俺達の気がおさまらねえ」


「ローランとオリヴィエを殺してくれたのはありがたいが」


 副官の横にいた男がうっかり口を滑らせた様子で口をつぐんだ。


「なるほど、組織立っていたのは頭目兄弟を除けば、という事だったのか」


 すかさずシルヴァンが言うと、副官はいまいましそうに言った。


「まあ、あんたに気取られた程度で俺達にとっては痛くも痒くもないが、あいつらを邪魔だと思っていたのは事実だ」


「なら、その目の上のたんこぶを切ったって事で、この場を手打ちにしてもらうわけにはいかないか」


 めげずにシルヴァンは交渉を持ちかけた。


「そうだな、あんた一人くらいだったら、とも思ったが……、黒鷲の弱点かもしれない女がこちらにいるという好条件を、みすみす手放してしまうほど、俺達は無欲じゃないんだ」


「無欲! そんな言葉が出てくるとはな、自分たちの稼業を忘れたか?」


「そうだな、先代がいた頃は、女子供は傷つけないが信条の崖の一族ではあったが……」


 言葉を区切ってから、副官はいやらしい顔になって言った。


「今日日それでは立ちゆかなくてなあ」


 シルヴァンは、代替わりと共に、崖の一族の性質そのものが変わり果てている事に気づいた。オリヴィエもかなりの卑怯者だったが、その部下達はさらに輪をかけてひどかった。


「おい、女が逃げた!」


 走ってきた手下の一人が大声をはりあげた。


 副官は忌々しそうに舌打ちをして、叫んだ男を殴りつけた。


「ドアホウが! ちったあもの考えてしゃべりやがれ!」


 副官が気を逸らした瞬間、シルヴァンの剣は両隣の男達の腕を切り落としていた。


 二人の男がうめき声をあげて、遅れてきた痛みにうろたえていた。


 真っ先に剣を取り上げるべきだったと副官は後悔したが、先に立たないからこその後悔であった。


「崖の一族には崖の一族の利があると思っていたが」


 シルヴァンが剣を構え直した。


「もはやお前らを生かしておく事に意味を見いだせない」


 シルヴァンは、昂ぶる様子を見せず、既に賊達を人だと思っていないようだった。


「死にたくなければ逃げろ、向かってくるものは皆斬る」


 シルヴァンの意気におされて、二人の男が逃げ出した。


 副官の表情が変わった。優位に立っていたからこその余裕が、すでにその顔からは失われていた。


 副官も、既に戦意を失っていた。しかし、背を向けて逃げる事はしなかった。腰がひけており、剣を持つ手がふるえている。


「覚悟は、あったようだな」


 副官は、ここに至ってようやく自分がどういう人間を相手にしていたかを理解した。


「背後から斬りつけるのは趣味では無いのでな」


 正しくは、身が竦んで動けなかっただけだったのだが、副官は既に思考を放棄していた。


 一足飛びに間合いを詰めた突きが、副官の心臓を貫いていたからだった。


 最後の一息、何事か言葉を紡ごうとして、副官は口を開いたが、泡だった血を吐き出す事しかできずに、四肢が力を失って倒れた。


 逃げ出した者を除いて、その場にいる全ての盗賊達をシルヴァンは屠った。息も乱れず、最低限の手数で命を刈り取る様は、まるで死神のようだった。


 感情が、何一つ動かない。しかし、手に残った斬撃の名残に、シルヴァンが顔をあげると、驚いて、しかし、目を離せなくなったのか、真っ直ぐに自分を見つめているベレニスがいた。


「……シル……ヴァン」


 旅は、順調すぎた。


 ベレニスは、初めて刃を振るっているシルヴァンを見てしまった。


 黒鷲とあだ名される冷酷、かつ、残忍な剣士の本性を前に、ベレニスは身じろぎせず、逃げ出す事もできずに、黙ってそこに立っていた。

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