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黒鷲の因縁

 切通の上で、彼らは獲物を待っていた。「そこ」を避ける為には、大掛かりな迂回が必要だ。迂回にかかる日数と、「そこ」を抜ける事で得られる時間短縮を考えれば、通行料を請求してしかるべきだというのが彼らの言い分だった。


 切通を駆け下りるだけの騎馬の技術と、連携のとれた傭兵術を、彼らは戦には使わない。けれど、生きていく為に必要な行為の一つとして、彼ら、リフツギャラの荒くれ者達は盗賊行為を行っていた。


「通行料を払った方がいい、よけいな労力をはらわずにすむ」


 商隊の長であるデジレと、シルヴァンは切通の手前で話し合いをもった。


「それについては俺も同意なんだが……」


 シルヴァンが言葉を濁すと、デジレがいぶかしんで追求した。


「リフツギャラの連中とそんな因縁が?! いつの間に? 私は、彼らは利に聡く、誇りの為に武力を用いるような連中だとは思わなかった」


 デジレは大いに驚いている。


 シルヴァンは補うように言った。


「先代までは、確かにそうだった、だが、当代、つまり、先代の息子たちだが、兄と弟で対立していてな」


 言いにくそうにしているシルヴァンに、先回りしてデジレが言った。


「……わかったぞ、黒鷲、あんたを獲った方が頭目、とでも言い始めたんだろう」


「ご明察、商人は話が早くていいな」


「つまり私は、最良の護衛を手に入れたつもりで、最悪の火種を懐に抱え込んでいたというわけか、なんで最初から言わなかった」


「既に決着がついているのでは無いかと思ってな、まさかローランとオリヴィエがいまだに争っているとは思わなかった」


「……しかし困ったな、私は利に敏い商人だと言ったろ?」


 一瞬、デジレの瞳が怜悧に光った。


 驚いてシルヴァンは手にしていた水の入ったコップを取り落としそうになった。


「ああ、安心しろ、まだ一服盛ってはいない」


「安心したよ、今はまだ、ね」


 シルヴァンはそう言われても口をつける気持ちにはなれず、そのままコップをもてあましていた。


 何しろ、デジレという男は、やるとなったらやる男だ。神よりも王よりも、信じられるものは商い上の信用だと言ってはばからない。一本筋が通っているといえばいるが、今回とて、旅の目的を全うするためであれば、護衛の一人に一服盛って盗賊に差し出すくらいは平然とやってのけるだろう。


「さて困った、どうしたものか」


 シルヴァンがしばらく思案する。


「……そうだな、いっそ俺を手当と一緒に差し出すか? 仲間に一服盛られて拉致されるくらいならそちらの方がよほど健全だ」


「馬鹿な、シルヴァン、お前、正気か? 本気でそんな事を?」


「俺一人の命では不足かもしれない、その際の通行料については惜しまないでくれよ」


 決意を秘めているシルヴァンの視線にデジレはそれ以上追求する事をやめた。


「君への報酬はどうすればいい?」


 デジレが目を細める。そんな時も給金を惜しむ姿勢を見せないのはデジレの美徳だ。


「そうだな、ベルナールにでもくれてやってくれ」


「そうか、ベルナールか、どうして君はあの若者にそこまでできる? そもそも君が今回私の隊に加わったのも彼を守るためだろう? 身内なのか?」


 デジレの言葉にシルヴァンはかぶりを振った。


「では弟子か?」


「いいや、キュイーブルで出会ったのが初めてだ」


「じゃあどうして……と、聞いても、答えてはくれないか」


「本当に、あなたは話が早くて助かるよ」


 シルヴァンが握手を求めて手を差し出した。

 デジレは、シルヴァンの求めに応じて握手をした。


「……君の給金は、しばらく保管しておこう、黒鷲ならば、リフツギャラの荒くれ者達すら単騎で討ち果たすかもしれない」


「買いかぶりだよ、君は目利きだが、少し感情に流されやすいかもしれんな」


「四角四面では立ち行かないものさ、商いというのはね」


 人を払っての二人の密談はすみやかに終わった。


 デジレは隊を率いて先行する。殿についたシルヴァンは「通行料」を持ってその場に残る。すぐさまローランとオリヴィエらに囲まれるだろうが、致し方ない。


 幸い、二人は正々堂々との勝負を求めてくるだろうという事。暗殺の心配が無いという事だろうか。


--


 切通を通過する時、ベレニス以外の皆がリフツギャラの荒くれ者達の出現を覚悟していた。隊列を崩さず、一心に進んでいく。


「急げ! 連中が出てくる前にここを通り抜けるぞ」


 デジレの号令に、緊張しながら隊は進んだ。


 切通を抜けて全員が安堵したその時、ベレニスは殿にいるはずのシルヴァンが居ないという事に気づいた。


「アメデ! シルヴァンがいない」


 護衛の長であるアメデの元へ走って行ってベレニスが尋ねたが、既にデジレから事情を聞いていたアメデはかぶりをふるばかりだった。


「どういう事だ、シルヴァンを見捨てるのか、ブノワ! シリル! シルヴァンが心配じゃないのか?」


 狼狽えるベレニスにアメデが言った。


「シルヴァンは残ったんだ、……隊商を通過させる為に」


 苦いものを噛み潰したような顔のアメデにベレニスが食って掛かる。


「いくらシルヴァンが強者だからといって一人では……」


 ベレニスは、一人で来た道をとって返した。


「おい! ベルナール! 待て!」


 連れ戻そうとするアメデを止めたのはデジレだった。


「デジレ様、しかしこのままではベルナールが」


「行かせてやれ、ここを通り抜ければビルドラペはもうすぐだ」


「ベルナールを切り捨てるっていうんですか?! そんな!」


「いいから! お前達が言っても足手まといにしかならん、お前達はお前達の仕事を全うしろ!」


 雇い主であるデジレからそのように言われては、アメデ達には言葉がなかった。シルヴァンの為に駆けていくベルナールの後ろ姿を気にしながら、隊は反対の方向に向かって進み始めた。

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