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気づく思い

 ベレニスは、呆然としながら割り当てられた部屋へ真っ直ぐ戻っていた。王妃のしどけない姿、シルヴァンにしなだれかかる様子。あれは、昨日今日の関係では無いだろうという事は、初心なベレニスにもわかった。


 美しい王妃は、シルヴァンに夜伽を命じたのだろうか。


 シルヴァンが口をつぐんだのは、王妃との関係があったせいだろうか。王はこの事を知っているのだろうか。


 ベレニスの中で、自分で処理できない出来事がぐるぐると渦巻いていた。


 宮廷の社交界とはそのようなものなのだろうか。


 夫があっても、妻があっても、公然と恋人を作り、共に食事をとる事すら平然とやってのけるというのか。


 ベレニスの父も母も、仲睦まじく、愛人をもったりはしていない。けれど、都ではそうではないのかもしれない。


 ベレニスと縁談があがったという王弟殿下も、同じような倫理感の持ち主なのだろうか。


 今頃、シルヴァンも王妃様と……。


 そう考えると、ベレニスの心は粟立つ。


 白い肌だった。なめらかで、輝くような。


 ほんの一瞬垣間見ただけなのに、王妃の肌はベレニスの脳裏に焼き付いた。シルヴァンの指が、あの肌をまさぐり、喜びの声をあげるのだろうか。


 そんな場面を想像すると、ベレニスは髪をかきむしるようにして頭を振った。


 考えてはいけない、それは、不敬な事だ、とも。


 そして、こうも思った。自分は、何に怒っているんだろう。


 王妃という立場にありながら、公然と愛人を呼びつける王妃に対する怒りだろうか。


 ……ちがう。そうじゃない。


 シルヴァンが、自分では無い他の女と共にいたからだ。


 シルヴァンに、誰にも触れて欲しくない。この感情は何だろう。


 もやもやして、ベレニスは起き上がり、自分の装束を解いた。乳房を隠すようにしてきつく締め付けていく帯を、しゅるしゅると解いていく。


 王妃のような、透けるような白では無い。幼い頃は、川ではしゃいで、泳いだり走ったりして日に焼けた肌は、健康的ではあるが、妖艶さとは程遠い。


 化粧気の無い顔。


 第一今、自分は、男の格好をしているのだ。


 シルヴァンとは、共に旅をし、同じ部屋や天幕で野宿もした。自分では、シルヴァンの劣情をかりたてる事は無いのだと思うと、それがひどく寂しい事のように思えた。


「なんてことだ……」


 思わずベレニスは声に出してしまった。


 ベレニスはまだ恋が何かは知らない。それは物語の中の出来事だとばかり思っていた。物語に出てくる王侯貴族や勇者を、わくわくしながら聞いた英雄譚と、シルヴァンはあまりにもかけ離れているような気がする。


 全身黒ずくめで、言葉も少なく、周囲に人を近づけず、満席に近い酒場でたった一人盃をかたむけていたシルヴァン。


 けれど、時折見せる優しい顔や、照れて恥ずかしそうにしている顔。他の誰にも見せない無防備なシルヴァンを、いつの間にかベレニスは自分にだけ向けられるものなのだと思っていた。


 泣きながら、気に入りの人形を妹に譲るよう言われた幼い頃が蘇る。


「あなたは、長姉なのだから」


 そう言って咎める母の声。


 年長なのだから、譲らなくては、ベレニスは長姉として望まれた態度で答えただけだ。母が縫ってくれた、はぎれを縫い合わせただけの、うさぎの人形。


「あなたなら、もう自分で作る事ができるでしょう?」


 そう言った母の横で、望みのものを手に入れた妹のうれしそうな顔。


 母も妹も喜んでいるのだ。これでいいんだ。わずかに広がる苦いものの名前を、まだ幼かった自分は言葉にする事ができなかった。


 今ならわかる。これは、独占欲だ。


「いやだ」


 ベレニスは我が身を抱きしめて叫んだ。


「いやだ、いやだ、いやだ、いやだ」


 家を出て、苦難の連続になるはずの旅だった。それが、居心地良く快適だったのは誰の加護だったのか。


 ベレニスは思い返す。


 入隊試験の時も、疲れて眠ってしまったあの時も、シルヴァンが居なければ、自分はどうなっていただろうか。


 守られる安心感を、いつから当たり前だと思っていた?


 自分は、シルヴァンと対等な仲間ですら無い。


 家を出たのは何の為だった?


 自立の為だ。自分一人の足で立ち、一人前の大人として、恋をし、伴侶を探すため。


 今の自分とは、あまりにも違う。


 ベレニスは、怒りで我が身をかきむしりそうになりながら、寝台につっぷして嗚咽した。願わくば、この声を、シルヴァンが聞かずにいる事を願いながら。

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