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酒場での出会い

 ウーティアは、強き王の治める国。豊かな作物、潤沢な資源。交易の要衝でもある、商都キュイーブルは、常に活気に満ち、夜ともなれば、酒場は賑わい、極上の美酒を味わう者、歌い踊る者、栄華のおこぼれを味わう人々であふれていた。


 日が落ち、空に浮かぶのは月ばかりとなっても、不夜城のごとき地上の煌めきと明かり、人々の喧騒は祭りもかくやといった様子で、キュイーブルの夜はまだまだこれからといった風情の中、小柄な剣士が一人、緊張しながら中心部の繁華街にある大きな酒場へ入っていった。


 剣士というには、華奢な手足、頭はキッチリと髪を収めるように布を巻き、腰に履いた剣は鍛えぬかれた業物で、剣士の非凡な才がうかがえる。慣れない様子で挙動不審な剣士は、混雑した店内で、不思議と一人で卓についている長身の男性に目を止めた。


 見れば、席はどこも埋まっており、カウンターにも立ち飲みの客であふれているというのに、その男は六人がけの円卓にゆうゆうと座っている。黒い装束に身を包み、すぐ側には男のものと思われる長剣が置いてある。小柄な剣士は、きょろきょろと店内を見回し、決心したように、一人で盃を傾ける黒衣の男に、声をかけた。


「あの、ここ、空いてますか?」


 黒装束の男の向いの椅子を引きながら剣士が尋ねると、急に周囲がざわつきはじめた。さざなみのようなざわめきが、まさか自分の行動を見ての事とは思わず、小柄な剣士はまっすぐに黒衣の男を見た。


 切れ長の瞳、黒衣の胸元はゆったりと開き、胸元からヘソのあたりまでの筋肉を見せつけるような意匠で、男の肉体美を際立たせていた。


 思わず息を飲むほどに、美しい男だった。


 剣士が男にみとれていると、男は手にしていた盃に満たされた酒を一息にあおり、答えた。


「空いている」


 そう言った男の声はぞっとするほどよく響く美声で、剣士はぞくりとしつつ、気圧されまいとへその下に力を入れて答えた。


「よかった! 相席してもいいですか?」


 剣士が尋ねると、黒衣の美青年はただうなずいて見せた。


 剣士が、安心して着席すると、ほっとしたのか力を脱いた。


「助かりました! どこもいっぱいで、ダメ元でここへ」


 剣士はキョロキョロと周囲を見回し、店員を探して大声で呼んだ。緊張のあまり周囲を見回すゆとりが無いせいか、剣士は卓ごと遠巻きに視線を集めている事に気づいていない。


 顔をひきつらせながら店員がやってくると、剣士はおもむろに財布を取り出して中を確かめながら聞いた。


「あ、この店で一番安い食事は何でしょう」


 人懐こい剣士の物腰に、店員はわずかになごみながら、一番安い定食について説明した。主食と干し肉が少々ついているだけのものだったが、剣士が思っていたよりも安かったのだろう。


 剣士は安心しつつ、あー、それなら酒もつけられるかな、などとひとりごちつつ、いや、今は節約しなくては! と、誰共無しにつぶやくと、じゃあそれをひとつ、と、にこやかに答えた。


 ぞっとするような怜悧な美貌の青年とは対象的な、明るいお日様のようなやわらかな笑顔に、店員もつられて笑顔を返すと、ふいに、卓の向いに座っていた黒衣の男の方も店員に声をかけた。


「俺にも、昨日と同じものを」


 それだけ言ってから、思い出したように男が続けた。


「あと、これをもう一本」


 そう言って、既にからになった酒瓶を振ってみせた。


「は、はいッ! かしこまりました!」


 剣士との会話で、少しばかり笑顔になった店員は、思い出したように怯えた様子にもどり、はじかれたようにテーブルから逃げるように立ち去った。


「常連なんですか?」


 屈託なく剣士が尋ねると、男は黙ってうなずいた。


 なんて優美で美しいのだろう、と、剣士は男の所作に見とれた。宮廷にも、こんな美しい男は居なかった。きっと名のある剣客に違いない、と。名を尋ねた方がいいんだろうか、と、剣士は思ったが、たとえ聞いても、世間知らずの自分にはわからない、有名な方だったらかえって失礼にあたるかも、と、もじもじしながら男を見続けた。


 そうして、意を決したようにして名乗った。


「あのっ! わた……僕は、ベレ、ベルナールと言います、剣士見習いです」


 紅潮した顔で、やった、言い切った! と、ベルナールが満足そうに、続けた。


「あなたのお名前は? なんとおっしゃるんですか?」


 そう、質問したところで、いっそう周囲のざわめきが増した。


 その時点でようやく、ベルナールは自分と目の前の男が遠巻きに注目されているのだという事に気づいた。


 よく聞くと、


「なんだ、あの小僧、黒鷲を知らないのか」


「どうりで、平気な顔をしているわけだ」


 などと、男の噂話をしているようだ。


 もしかして、失礼な事を言ってしまったのだろうか、と、ベルナールが黒衣の美青年の方を見ると、男の方は表情を少しも変えずに答えた。


「シルヴァンだ」


 シルヴァンと名乗った男は、周囲の様子などまるで気にしていないようだ。


 互いに名乗った所で料理が運ばれてきた。


 ベルナールの前には粗末な料理が一皿ちんまりと置かれ、シルヴァンの前には大皿に丸々とした肉や野菜がこんもりと盛られたものが置かれた。


 そして、追加の酒瓶が一つ。


 それを見て、思わずベルールはごくり、と、喉を鳴らしたが、あわてて目前の自分の注文した料理に集中するかのように顔を伏せた。


「ベルナール、と、いったか、お前、酒は飲めるのか」


 男は、無表情ではあったが、その言葉にはどことなく柔らかに響いた。


「え……あ……」


 ベルナールがしどろもどろしていると、シルヴァンは店員を呼び止めて、盃を一つ追加した。


「お前、酒の相手をしろ」


 店員が追加の盃を運んできてベルナールに渡すと、シルヴァンはそこへなみなみとぶどう酒を注いだ。


 無言で盃をかかげるシルヴァンに従ってベルナールも盃を上げて言った。


「この出会いに!」


 出会いに乾杯、そう言ってベルナールはシルヴァンにまっすぐな笑顔を向けた。


 ベルナールが盃に口をつけて、一口飲むと、口当たりのさわやかさにベルナールの笑顔は輝いた。


「ああ、美味しい!」


 うれしそうに盃を干すベルナールを、まぶしそうにシルヴァンが眺める。思いがけずじっと見つめられて、驚いたベルナールが恥じ入ったように言った。


「すみません、無作法で」


「いや、俺も、ここの酒は美味だと思う」


「そうですよね!」


 うれしそうにベルナールが言った。もう、周囲の様子など気にすまい、と、思ったベルナールは薦められるままに盃を重ねた。


--


 空いた瓶が三本ほど並んだが、ベルナールの様子もシルヴァンの様子も崩れなかった。顔色は変わらないものの、ベルナールは少し饒舌になっているようで、問われもしないのに身の上を語り始めた。


「わ、僕、王都から来たんです、ビルドラペに行きたくて」


 ベルナールはそうつぶやいてからぐーーーっと盃を飲み干した。


「一人では難しい、護衛を雇わなくては、と、聞いたんですが、お金、なくって。 でも、この街、キュイーブルでは、ビルドラペ行きの隊商を募集してるって聞いて、それなら、賃金も出るし、一人では無いので安心かなと、……情けないですね、剣士見習いなのに」


 どこから来て、どこへ行くのか、そこについては饒舌に語るのに、何か秘めるところがあるのか、ベルナールは己の出自について語ることは無かった。


 また、一方的に自分について語るだけで、シルヴァンについては一切詮索するような事はしなかった。


 さすがのシルヴァンも、少し酔ったか、と、思う頃。静かになったと思ったら、ベルナールはテーブルにつっぷして眠っていた。


 酒には強い様子だったが、王都からキュイーヴルまで急ぎ旅をしてきたせいだろう、起きている時から、少年というより少女のようなあどけなさだったが、伏せた睫毛は長く、ぽってりとした唇は薄桃色で、眠っている姿はとても男には見えなかった。


 シルヴァンはベルナールをじっと見つめ、呼び止めた店員にいくつか指示を出して、ベルナールを肩に担ぎあげた。


 ベルナールの持っていた荷物と自分の荷物をあわせて掴み、酒場の二階にとってある自分の部屋へ、ベルナールを運んでいった。

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