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ビキニアーマーの女戦士を雇った話

作者: 青本計画

前使っていたアカウントで投稿していた短編の再投稿です。

 そこで、兄妹が見たのものとは――

 美の具現とはこのことか。

 女体というものに黄金比があれば彼女こそがそれだろう。

 しみひとつない純白の肌に、豊満でありながらもしなやかな肉体が合わさった神の御業の産物。

 無駄がない、いや無駄ですら無駄となりえない。

 一寸の狂い無き奇跡のバランスの上では、脂肪の塊一つをとっても、千の宝石、万の黄金よりも遥かに価値があると断言できる。

 そして究極の肉体美を彩るは陽光煌めくスノーホワイト。

 流れゆらめくその髪が、想い起こすは冬の朝。静謐の銀世界に昇る日輪の輝きにも似たその美しさには神々しさすらも感じるほどだ。

 いや、事実彼女こそが女神と言われては、誰が異議を唱えられよう。

『吟遊詩人を呼んで来い! 呼んできたなら王国をくれてやる! 本物がここにいるぞ! これを歌わずして何を歌う!』そう全力で叫びそうになるのを寸前で押しとどめる。

 だが、ああ口惜しい、この凡庸な舌では崇め敬う言葉が足りぬではないか。

 ええい、詩吟もなかなか馬鹿にはできぬ。世に無駄な知識などないということか。

 しかし、伏して喩えさせてもらえばその御姿は、ワルキューレ。


 それはまさに、神話から飛び出してきたような――


「「痴女だ―――――――――――――――!!!」」

「違うんだぁああああああああああああああ!!!」


 赤いビキニアーマーの女戦士だった。

 羞恥からか顔が瞳の色と同じく深紅に染まっている。

 ちなみに女戦士の後ろでは白いローブの魔法使いが腹を抱えて笑い転げており、さきほどの賛美は彼のアテレコである。全部。

 兄妹の感想は痴女でFAだ。


 かくして出会いを果たした四人。

 放浪癖の天才魔術師・ビリー。

 ビキニアーマーの女戦士・ミシェーラ。

 亡国の王子・エドワード。

 寄る辺無き少女・サン。

 四者平均階位Eランク・ギルド総合評価Aランクのなんともいびつなヘンテコパーティーがここに誕生した。

 彼らを待ち受ける運命を、まだ誰も知らない。


===========


 宵の口、エルトアの街の冒険者ギルド兼酒場は活気にあふれている。

 楽しいお仕事から今日も運よく帰還した気の良いあらくれたちが、一人二人とぽつぽつ集まりはじめ、いつもの賑わいを見せていた。

 冒険者たちはギルドで依頼の成功報酬を受け取ったり、獲得した素材や財宝を換金。

 喜悦に満ちた表情で日銭を片手に併設された酒場に豪遊。

 連日のように、豪遊っ……!

 ある意味、永久機関である。


 祝勝会に反省会など冒険者たちの顔色は様々だがおおむね上機嫌。

 歓喜絶叫入り混じり、今日も今日とていつも通りの騒がしい夜が過ぎていく。


 いつも通り、昨日と今日で冒険者の顔ぶれは違う。

 今日と明日でも変わるだろう。


 だがこの喧騒はずっと変わらない。

 ギルドマスターのグレイズは酒場の冒険者の馬鹿騒ぎを遠目に眺めながら静かに苦笑した。


 しかし今日は、少しだけ珍しいことが起こった。


 酒場の入り口のドアベルが小さくなって、一人の青年がそっと入ってきた。

 あまり目立たぬよう姿勢を低くコソコソと、人波を避けながらグレイズの下へと向かってくる。

 大半の冒険者たちは気づいていない。

 だが少しだけ、しかし確実に酒場の熱量が下がる。


 青年に気づいた冒険者たちが、何でもないクエストの間に空を飛ぶドラゴンを見かけてしまったときのような驚きのあまり、口を開けて呆けてしまったからだ。


 上質な純白のローブと、そのフードの下からちらりと見える白い肌に稲妻を思わせる金の髪。

 右手にはトリネコの木から削り出した杖。

 どこか幽玄な雰囲気を漂わせる背の高い細身の男。


 該当する人物は、このギルドには一人しかいない。


「久しぶり、ギルマス」

「ビリーか……こりゃあまた、珍しいのが来たな」


 青年の名はビリーザキッド(ギルド登録名であって本名ではないと思われる)。

 Bランク冒険者──ギルドが設定した任務遂行能力に応じたS~Gまでの八つの階級、その中でも上から三番目に位置する実力者である。

 どれほどかと言えば一般にCランクが凡人の最高到達点とされており、CとBとを隔てる壁は恐ろしく高く、分厚い。

 ふとした偶然で命を落としてしまう──運命に翻弄される低位の冒険者たちと違い、逆境を覆し運命を切り開く力を持つ高位冒険者では踏んだ場数の量と質の差は数字以上に大きく違う。


 この領域に辿り着くには努力以上に才能が必要であり、ビリーもまた一握りの天才ということになる。


 ただ、星の数ほど冒険者がいると言われる昨今、割合こそ少ないものの母数の都合上、Bランク冒険者は真面目に探せば早々に見つかる程度に数はいる。

 現に酒場を見回せば幾人かのBランク一党を見かけることだろう。


 だが彼の希少性はまた別にある。


「三か月ぶりか? あと半年は帰ってこないもんかと思ってたが……今回は早かったな」

「それぐらいかな。ちょっと旅先でトラブルが起きてね、引き揚げてきたんだ」


 そう言いながら二人は再会の握手を交わす。

 冒険者といえどもBランクともなればギルドマスターとも対等な立場にあると考えて問題ない。


「トラブルね……しばらくはゆっくりするのか?」

「うーん……ゆっくりはしないけど、次の旅の予定もないね」

「ほぅ……そうか」


 グレイズは少し嬉しそうな表情をする。

 ビリーの高いレア度の理由の一つ目が彼の放浪癖によるものだ。

 彼は所属と拠点こそエルトアの街だが、年がら年中世界を旅しており、一年間でギルドに顔を出す回数は両手で足りる。

 つまりはエンカウント率の低さだ。


「ったくよぉ……あと一週間帰ってくるのが早ければめんどくせぇ依頼を押し付けられたんだがなぁ……。いてほしい時にいないからな、お前」

「ははっ、確かにそうかもしれないけどさ、これでもギルドには結構貢献してきただろう?」

「ならもっと貢献させてやろう。大丈夫だ、仕事はまだたっぷりある」


 グレイズはにやりと笑う。人相も相まって非常に悪い顔だ。

 ただ無論本気ではない。いや、やっぱ本気。


 貯蓄を知らぬこの青年は当分の路銀を一気に稼いではすぐ長期の旅に出てしまうので、その際にできる限り高難易度の依頼を押し付けたいと言うのが本音だ。


 Bランク冒険者を長期間遊ばせておく余裕はギルドにはない。実は今も放置されている高難度依頼をどう受けさせるか脳内で画策していたりする。

 それに対してビリーは両手を小さく上げて首を横に振る。


「残念ながら今はお金に困ってないよ、今は無理に依頼を受ける必要もない」


 それを聞いてグレイズはこれ見よがし舌打ちする。ちょっとした嫌味だ。

 まあ、本気で苛立っているわけではなく「当たると思ってなかったくじが外れた」程度である。


「ったく、金があるならなんで戻ってきたんだ?」

「目的地が滅んじゃったんだよ。ほら、ナベリアっていう国」

「……ああ、あの都市国家か、噂だけなら聞いてる。魔王軍に攻め込まれたってな」


 都市国家ナベリア。この地より遠く西方に位置する小さな国だ。

 温暖な気候で育った果実が有名だったかなとグレイズは思い出す。

 確か幾つかの小国で手を取り合い一丸となって魔王軍に対抗する西方都市国家連合なるものに加盟していたはずだ。


「そうそれ。着いた時にはもう陥落寸前でさ、僕も巻き添えで何回も襲われちゃったよ」


 子猫に噛まれた、みたいな軽さでビリーが笑いながら言うので、グレイズは苦笑する。

 仮にも魔王軍を何だと思っているのだと。


「大丈夫だったか? ……ってのは見ればわかるわな……お前には要らねぇ心配だった」

「そうだねー。所詮は城攻めに参加できない低級魔族だったし、簡単に焼けたよ。ただ数は多かったからちょっとは疲れたかな」

「なんつーか……まぁそいつはご愁傷様って感じだな」

「どれに言ってるの?」

「滅びちまった都市国家に、おまけしてお前に出遭っちまった魔族にだな」

「おまけするのそっち?」

「同情されたきゃ働くんだな」

「それはやだなぁ……」


 思考がアクティブなニートであるビリーを放置してグレイズは静かに合掌する、遠い亡国に思いを馳せて。

 心の底からか?と問われれば、大して縁がない以上そうでもないが、憐れむ気持ちは人並みにある。


 しかし、そうしているとビリーが微妙な表情でこちらを見てくる。

 なにか嫌なものを思い出したという風に、そしてぼそりと呟く。


「いやまぁ、まだ滅びてはないらしいけど、ナベリア」

「そうなのか? もう都市全体が魔族の根城になっちまったて聞いたが」

「……そうだけどそうじゃない、らしい」

「どういうこった?」

「なんかこう、祖国は死んだ!もういない!みたいな?」

「まったくわからん」

「いやとりあえず、ナベリアはまだあるってことで。滅びたとかはNGワードで頼むよギルマス」

「?」


 苦い表情でそう言うビリー。

 要領を得ない会話ではあったが深く説明する気もないらしくぶつぶつと「赤い猿が怒る……あれはうるさい……」などと呟いている。

 まったくわからんのでグレイズは話を変える。


「で、今日は何の用件なんだ?」



 依頼を受けない冒険者がギルドに来る理由は限られる。そしてこいつはギルドのことを都合の良いシフト自由のアルバイト先としか思っていない節がある。

 確か酒にあまり興味がなかったと記憶しているので食事に来たわけではあるまい。

 友人との待ち合わせなどの線も低いだろう、言っては悪いが他の冒険者に友人も少ない、嫌われてはいない、むしろ敬われている空気もあるがのだがその浮世離れした雰囲気によって避けられがちだ。

 そして近くに寄ったから、という理由だけで一々顔を出すような殊勝な奴じゃないことは十年の付き合いの中で把握済み。


 こういう場合、だいたい厄介事を運んでくる。ギルマスはそう長年の経験から推測する。


「なにって挨拶しに……」

「嘘だな」

「即答とはこれ如何に」

「そんな奴じゃねぇだろお前は」

「何も言い返せない……」


 困ったような顔をするビリー。

 この男には丸一年音信不通だった実績があるのだ。実際には何度か街に帰還し数カ月は滞在していたにも関わらず。


「いやまあ本当だよ、一応。実は依頼を出しに来たんだけど……ギルドの方はもうすぐ終業時間なの忘れてて、無駄足が嫌だったからとりあえず挨拶に来たんだ」

「とりあえずかよ……まあいい。それにしても依頼か、珍しい奴が珍しいこと言い出したな。確かにもう終業時間だ、書類手続きを明日、掲示板に張り出すのは昼以降になるな」


 基本的に冒険者たちは朝には依頼を受けて旅立つので、昼のギルドというのは暇なものだ。つまり、多数の冒険者たち眼に触れるのは明後日の朝ということになる。

 ちなみに早朝からギルドに来て依頼を出せば間に合うのだがここには「どうせお前早起きとかしねぇんだろ?」という意味が言外に込められているがビリーは気にしない。


「それで大丈夫、急いではないよ」

「そうか。で、どんな依頼だ?」


 グレイズは若干身を乗り出して聞く。天才たちの領域であるBランク冒険者が出す依頼だ、どのような内容か気になるのも仕方がない。


「冒険者を一人、半年ぐらい前衛を雇いたいんだ。ランクはB~Dぐらいかな」

「なんだお前、ソロじゃなかったのか」

「最近まではね、今はちょっと……パーティーを……うん……組む予定なんだ」


 これまた苦い表情で言い淀むビリー。他方、グレイズは内心驚いていた。

 ビリーの稀少性の話に戻るが、二つ目の理由にソロ冒険者という点がある。

 ソロ自体はそれほど珍しくないがBランクともなれば別だ。


 ギルドでは実力・実績・人格の三つの査定により冒険者たちをランク分けしているが、この実績というのはなにも個人のみを量るわけではない。

 冒険とはやはり往々にしてパーティーを組んでやるもの。複数人で共同で成し遂げた任務も当然実績に数えられる。

 というかそうでなければ攻撃力に優れない神官や僧侶に付与術師が圧倒的に不利だろう。

 連携力・協調性も立派な武器である以上、個人で見れば実力はCランク以下程度だが、パーティーを組めばBランク相応の能力を発揮するのならばBランク冒険者とする、という評価の仕方が昨今の主流だ。

 実際、今酒場にいるBランク冒険者も正確にはBランク冒険者パーティーである。


 そんな流れの中でビリーはギルド加入時のGランクから現在のBランク到達まで一貫としてソロ。

 時折、助っ人という形で他人と組むこともあったが特定のパーティーに入るということは終ぞなかった。

 そういった人物は国を見渡しても稀であり、またこのギルドではたBランクが最高位であるため事実上ビリーが個人としてギルド最強ということもまた注目される要因の一つである。


「ううっ、ようやくお前も冒険者稼業に本腰を入れ――」

「あ、それはない」

「ないのか……」


 グレイズはそっと項垂れる。

 このギルド最高戦力がまともに働いてくれたらどれだけありがたいことだろうか。


「もったいねぇな……お前ならAはおろかSだって手が届くだろうに」

「Aになったら国から干渉されるでしょ、それは嫌だなぁ」


 そしてビリーが高レアリティ由縁の最たる理由が、

 実質Aランク以上と目されるその実力である。Aランクに上がるには年間通しての評価が必要なので十に満たない依頼しかこなさないビリーは現状は評価対象外となっている。特例として高難度な昇級試験という制度も存在するがこれはビリーが希望しなければ意味がない。


「Aになれることは否定しないのな」

「自分で言うのもなんだけど僕は天才だよ、まぁ雷魔法に限定すればだけど」

「知ってる……」


 ビリーのどや顔にギルマスは呆れたように言う。

 この青年は雷耐性を持つBランクモンスター「サンダーバード」を雷魔法で殺すような男だ。雷魔法しか使えないという弱点を補って余りある才能を持っている。

 現状一人でもAには上がれるだろう。実力者で固めたパーティーを組めば確実にSにも手が届く。


「Aになればそれなりの社会的地位も保障されるし、影響力だって強まる。国からけっこうな支援金だって出るんだぞ」

「でも基本的に国内待機で事件が起これば強制招集はなぁ……今の稼ぎには満足してるし、社会的地位なんて曖昧なものもらってもね……」

「そしてAを輩出するとギルドと俺の評価が上がる」

「ははっ、やっぱりそれか。まぁ頼み事はできる限り聞くからそれは我慢してくれよ」

「わかってらぁ、他所のギルドに逃げられでもしたら大損だからな。……でも、少しは考えといてくれよ、悪いことばっかじゃねぇからよ」

「…………そうだね」


 ビリーは何かを言うべきか迷って、そして呟くように言った。

 この青年がAに上がらない理由は他にもある。それは才能の壁だ。

 ビリーは確かに天才ではあるが、天才にも優劣は当然ある。凡人がビリーを天災や化け物と呼ぶように、ビリーにも天才や化け物と言いたくなるような相手がいるのだ。もっと若かったころは向上心の塊のような少年であったが、ある日ビリーはそれにぶつかった。

 以来、高みを目指すことを止めてしまった。

 いつしか、その眼からも熱が消えていった。

 ビリー自身もわかっていた。

 ぬるま湯につかることが間違っているとは思わないが、火中に飛びこむだけの勇気がないだけなのは自分でもわかっている。


「まっ、なりたくねぇもんはしょうがねぇ」


 努めて明るい声でグレイズはその話を打ち切る。

 先ほどはソロ卒業宣言の方に関心が向いていたが、まだ気になることはあるのだ。


「そもそもなんで前衛が必要なんだ? Aになる気がないなら戦闘はお前ひとりで十分だろう。お前の戦い方を考えると、下手な奴だとかえって足手まといになるぞ」


 そう聞くとビリーは言い淀み苦虫を嚙み潰したような顔をする。先ほどから度々見せている表情だ。


「言いたくねぇなら聞かねぇが、まともな奴は集まらねぇぞ」

「そうだよね……うん……その……」


 そうしてビリーは観念したように事情を説明する。

 事のきっかけはナベリア旅行からだった。


 かくかくしかじかたんぺんなのでしょうりゃく。


「つまりお前は旅が台無しでイラっとしたので嫌がらせにヒットアンドアウェイで魔王軍の兵站基地とか輸送部隊を襲ってたら偶然にも亡国の王子と戦争孤児の少女を見つけ、一緒にいた兵士の死に際の遺言を聞き届け二人をこの街まで連れて帰ってきたもののどうすればいいかわからず、とりあえず本人たちの希望もあって冒険者として二人が自立するまでパーティーを組むことになったが魔法は教えられても近接戦闘はからっきし、仲間を守りながら戦うという経験もあまりないから剣の教師役と盾役を兼ねて冒険者を雇いたいと」

「ギルマス要約うまいね」

「うるせぇ馬鹿、複数の意味で馬鹿だてめぇは」

「まあ馬鹿と天才は紙一重と言うし、多少はね」

「開き直るな馬鹿」


 イラっとしたから。という理由で魔王に喧嘩を売るやつがどこにいる。ここにいた。

 そしてやることが陰湿。

 その上厄介事まで運んできた、亡国の王子とか、絶対に扱いに困るだろう。ざまぁ。


「事情はわかった、わかりたくはなかったがな。でも別に雇わなくても普通にパーティー組めばいいんじゃねぇか? お前なら引っ張りだこだろう、他の奴らからしたら一気にB以上に昇級するチャンスだからな」

「うーん、パーティーは……リーダーがいるにしてもメンバー同士対等な関係だろう? 正直に言うと僕は何かあった場合には兄妹が最優先、相手の意見を聞く気はないよ、もちろん助言は聞くけどね。そうするとまあ雇用関係の方がお互い幸せかなと」


 肩をすくめてビリーが言う。仲間に優先順位というのは付ける方も付けられる方も幸せにはなれるまい。実際、土壇場で恋人を優先して――なんて理由で崩れていったパーティーなどの例はいくらでもある。

 最初からそういう仕事だと分かっていた方が相手もやりやすいだろう。


「なるほどな……そういうことなら仕方がない」

「でしょ」

「よし、そういうことなら明日までに何人かリストアップしといてやるよ。依頼を出すと変なのが引っかかったりするからな」

「それはありがたい! けど、自分のギルドの構成員を変なの扱いしていいのかい?」

「冒険者なんて職業選んでる時点で全員変人だ、どあほう。いいからどんな奴が良いか聞かせろ」


 そう言ってグレイズは非常に分厚い――ギルド構成員の情報をまとめたファイルを取り出し、メモの準備をする。贔屓は良くないがこれぐらいのサービスなら良いだろう。


「まず大前提はランクはB~Dの前衛かな」

「まずBでフリーのソロはうちにはいねぇ。C~DとなるがDはやめといた方が良いな、今はちーっとばかし質が良くない、腕が悪いわけじゃないが……」


 言い淀みながらグレイズは自分の頭を指でとんとんと突く。Dランクというのは中堅に当たるランクだが、ここで自分の力を過信して調子の乗るやつが意外と多い。最近の悩みの種の一つだ。


「じゃあCランク限定だね」

「報酬はどうする?」

「月に金20貨枚でどうかな。期間中の冒険の報酬は等分ってことで」

「まあCなら妥当か、とりあえずはそれを基準に応交渉ってことにしとくかな」

「ちなみに休みは月に8日ぐらい、これは受ける依頼によって変動するから確定ではないけど少なかったら次の月は多くするよ」

「そこは冒険者だからしょうがねぇわな。雇用期間は半年って言ってたがそれでいいのか?」

「うーん……相性が良ければ半年経っても継続雇用したいところだけど……」

「ならそういう旨は伝えとくか。逆に途中で相手が辞めたいって言ったらどうする?」

「正当な理由があるなら構わない。相手の我が儘なら違約金。金の持ち逃げは焼く」

「物騒だが、当然っちゃ当然だな」

「あとはねぇ……忍耐強くて面倒見が良い人がいいよね。兄妹はまだ子供だからなぁ、14と12だったかな」


 ビリーは宿屋で待機させている二人を思い出しながら言う。

 常に不遜な態度を崩さない兄と、

 常に自虐的で遠慮がちな妹のかじ取りは落ち着いた大人でなければ厳しいだろうと、苦笑しながら。


「なるほどな……候補は、ぱっと思いつくのは六人はいるな。もうちょっと増えると思うが、一週間以内には見つかると思うぜ」

「さすがギルマス、伊達や酔狂で禿げてないね」

「………これは伊達や酔狂だ」

「……………ごめん」


 剃ったのか……

 冗談のつもりが思わぬ墓穴。

 伊達ハゲって存在するんだ、とビリーは思った。


 その時、ギルドの入口のベルが大きく鳴った。

 そして、ビリーが入ってきたときとは違い、酒場は明確に、確実に、完膚なきまでに、固まった。メドゥーサもかくやといほどの石化っぷりである。


 入ってきたのは下着姿の美女、もとい、下着のような鎧を装備した美女。

 いやしかし、あれを鎧と言うには武具職人への冒涜ではないだろうか。

 装甲部位は胸部と下腹部のみ。もう一度言おう、胸部と下腹部。のみ。

 なるほど身軽さという点では確かに優れているだろう、必要最小限の急所の守りも強固に作られており万全と言えないことはない。

 元となった素材も良く形状も滑らかで技術とこだわりを感じさせる。

 鎧自体、製作者はふざけているとしか思えないが、かなり真面目にふざけている。

 いわゆる無駄に洗練された無駄のない無駄な鎧である。


 それを美女が着ている。ここが重要である。そして豊満である。ここも重要である。

 男にとってその光景は全力でオブラートに包んで言うと、目の保養である。

 もしも彼女が虎の如き覇気と共に威風堂々としていたのなら逆に男衆は恐れ戦いたかもしれないが、気丈を装いつつも羞恥に悶え顔を赤らめているのでひどい。これはひどい。


 公共の場かつ女性も一定数いる状況を考えてもひどい。


「痴女じゃん」


 誰かが言った。

 誰もが心の中で頷いた。その中には美女も含まれる。

 ああそうだろう、そういう感想を抱くだろう。だが違うのだ。

 彼女の名はミシェーラ。姓は捨てたので、ただミシェーラだ。

 彼女とてこんな格好したくてしたのではない、どうして好き好んで衆目に晒される道なぞ選ぼうか。

 断固として言おう、これは彼女の意志ではないと――





「……………」


 グレイズは無言で手で顔を覆っていた。


「ギルマスギルマス、あれはなに?」


 ビリーは若干引き気味に尋ねる。

 ビリーからしたらあの美女は魅力的以前に勇者である、悪い意味で。どんな事情や性癖があるのか知らないが、思春期の子供を預かる身としてもあれはあまり精神衛生上と教育上よろしくない。


「……お前の仲間候補の一人だ。名前はミシェーラ、Cランクの前衛でソロだ」

「いや嘘でしょ!? ビキニアーマーの女と冒険しろって言うのかい? うちには14の男の子がいるんだよ!」

「いや待て。あれにも事情があるんだ。それにお前の出した条件にピッタリ合致する」

「いや、うちの子の性癖歪んじゃうって。あの子は態度はでかいけどかなりピュアなんだよ、初恋継続中なんだよ、目に毒だよ」

「まあ聞け」


 珍しく慌てるビリーだが、グレイズとしては実のところかなり本気でミシェーラをビリーの仲間に加えさせたいと思っていた。

 理由はいくつかあるが、ビリーの条件に合致するのは大前提として、これはミシェーラのためでもあるのだ。

 なぜなら彼女には、


「あの子の実家には、借金があるんだ」

「あー……そういう……」


 重い口調、沈んだ声で言う。

 気分の良い話ではない、あまり人に言うべき情報でもないだろうが、グレイズはビリーに聞いて欲しかった。


「あの子の実家は没落貴族でな、貴族位を剥奪されたのも最近だ」


 理由は簡単。当主があまりにも無能だったからだ。

 彼女の父は傲慢、怠慢、肥満、肉まんの四拍子揃ったクソ貴族だったのだ。


「没落する前にミシェーラは家を出たんだが、まもなく親父がおちぶれてな。ついでに莫大な借金まで背負いやがった。そしたらあの子がほっときゃいいのに何割か借金返済の手伝いをすることになったんだよ「親の不始末は子の不始末」って言ってな、普通逆だろ」

「それはまた難儀な性格をしている……けどそれとビキニアーマーにはなんの関係が?」


 ビリーがそう尋ねるとグレイズは不機嫌な表情である方向に顎をしゃくる。その視線の先は酒場の隅、三人の男が卓を囲んでいる。身なりや体つきを見るに冒険者ではないだろう、商人の類だろうか。

 目を凝らして見れば男たちはミシェーラの方を向いてニヤニヤと笑っている。

 いわゆるところの下卑た笑みというやつだ。


「金貸しの奴らだ。遊んでんだよ。女を辱めて楽しんでんだあの下衆ども……」


 その言葉には明確に怒気がにじんでいる。

 確かに、まともに良心を持つ者なら眉をひそめるような話だ。まあ、たいていそれだけで終わるのが現実というやつだが。


「器小さいなー……今時そんな小物ムーブするやついるんだー……逆に笑えるー」


 対してビリーといえば商人たちの器の小ささがツボに入っていた、今時あそこまで清々しいのは珍しいと。個人的にはあの三人に子供のころ将来の夢について尋ねてみたいところであったりする。


「笑い事じゃねぇぞ」

「個人的には笑い事だよ」


 グレイズが咎めてくるのをビリーはさらりと受け流す。

 基本的にビリーは他人への興味が薄い。

 もちろん善悪どちらかと言えば確実に善人であるが、生死に関わるような事態でない限りは不干渉というスタンスである。


「非人間め」


 その言葉にビリーはむっと唇を尖らせる。

 少なくともグレイズに非難されるいわれはない。


「……そんなに怒ってるならさ、自分で颯爽と彼女に上着を渡して商人たちを一喝して追い出すぐらいすればいいじゃないか」

「ぐっ……それは、ギルドの管轄外のことは……俺にはどうしようも……」


 グレイズは痛いところを突かれたようでぼそぼそと言い訳するように呟く。

 結局はこうなる。相手が所属の冒険者ならどうにかできたかもしれないが、外部のことに首を突っ込んでギルドでもめ事を起こすわけにはいけないのがギルドマスター、中間管理職というやつだ。


「彼女から見れば、口だけで行動しないのも、口もなければ行動もしないのも、どっちも同じ非人間だよ」

「ムムム……ちくしょう俺が悪かったよ。でもよぉ……どうにかなんねぇか?」

「なんで僕に言うのかな……ちなみに借金の額は?」

「金貨にして440枚」

「アッハッハッハ」


 呆れたような笑い声が漏れる。並のCランクが全力で働いて二年かけてようやく稼げるような額だ、その間は利子も膨れ上がるだろう。これで何割か、と言っていたから借金総額は倍以上なのだろうか。よほど無能な貴族だったらしい。


「ギルマスはあれなのかな? 僕に話したこともない女性のために金貨440の借金を肩代わりしろって言いたいのかな? 馬鹿なの?」

「……………」

「いやさすがに、そこまで僕はお人好しじゃないよ。未熟な教え子の世話もしなきゃいけないからね、あまり無理も出来ないのに」

「そこまでは言わねぇけどよ……債権者がお前になればだいぶマシだろ」

「残念ながら今の手持ちは金貨で200枚分ぐらいかな、足りないよね」

「あーーーどうにかなんねぇかなぁ……」


 一度天を仰ぎ、そして頭を抱えるグレイズ。

 その気持ちはビリーにもわかった。ビリーとて好き好んで見捨てたいわけではない、困ってる人を助けたいと思う心だって当然ある。

 だがこれは、落としたハンカチを拾ってあげるのとはわけが違う。

 世の中には優先順位というものが存在してしまうのだ。

 1に自分、2に兄妹、3・4がなくて5に善き隣人といった具合に。

 1と2に悪影響が出る以上、5を救うのは手を出し難い。


(というか救う救わない以前に元手がないとどうしようも……おっ)


 グレイズを前に所在無さげに周囲を見渡していたビリーが目に留まったのはギルドの広場に設置してある掲示板だった。

 夜ということもあって残ってるのは人気のない依頼ばかり。その中でも長く放置されているのかやや紙質が悪い一枚。

 何と言うかまあ、誂えられたような……


「偶然か……仕組まれたか、運命か……」


 席を立ちゆっくりと掲示板に向かう。

 たどり着いた先にあったのは【ウォータードラゴン・Aランク討伐依頼】

 依頼主は、市議会、報酬は金貨400枚。

 雷魔法が弱点のモンスターだったと記憶している。


「依頼対象はAランク以上、ギルドマスターの認可があった場合にのみBランク以下でも可とする、ね」


 ビリーはくすりと軽く笑って、その紙を剥ぎ取る。

 そしてグレイズの元へと戻り、


「採用試験、ってところかな」


 目の前に紙を差し出す。

 グレイズはゆっくりと頭を上げる。


「はめたね?」


 ビリーが言うと、グレイズはにやりと笑う。

 してやったりと、その顔に書いてあった。


「さあ? なんのことかわからねぇな」

「よく言う……あまり感心しないよ……」


 同情心に付け込むその手口。まあわかってて引っかかるのもどうかと思うが。


「言っておくけど、彼女が断ったら意味はないんだよ?」

「そりゃそうだ。まっ、その時は俺が説得するさ」

「そうかい? じゃあ、はい」


 そう言ってビリーはグレイズに手を差し出す。

 それに対しグレイズはなんおことかわからず不思議そうに首をかしげる。


「ん? なんだ?」

「なんだって、報酬の前払いさ」

「いやまてまてまて、金貨400枚だぞ!? おいそれと渡せるわけないだろ!?」

「ギルマス、君は彼女にビキニアーマーでウォータードラゴンの目の前に立てというのかい? ひどいやつだな、失望したよ」

「ムムム、いや、確かにそうだが……」


 何がムムムだ。


「確実に討伐できるという保証は?」


 グレイズがうんうん唸りながらそう尋ねると、ビリーはきょとんとした表情を浮かべる。

 そして小さく笑い、短く答える。


「誰に言ってるんだ?」


 数秒の静寂。

 そしてグレイズは一つ、大きく息を吐く。


「わかった……降参だ、持ってけ泥棒。ただ、誰にも言うんじゃねぇぞ」

「わかってるよ、ギルマスも悪だねぇ」

「うるせぇ、お前だってお人好しの馬鹿野郎じゃねぇか」

「馬鹿と天才は紙一重だからね、こういうこともあるさ」



 ==========



「こんばんは、ちょっとお時間いいですか?」


 話しかけてきたのは、金髪の優男だった。

 人当たりの良い笑顔を浮かべてはいるが、軽薄そうな雰囲気はなく、どこか浮世離れしたような感じがして、ミシェーラはつい、はい、と答えてしまった。

 その時、周囲がざわついた気がしたけれど、努めて無視した。


「僕はビリーです。ミシェーラさんですよね、よろしくお願いします」

「あ、はい、どうも……」

「……………」

「……………」


 しばし沈黙が卓を支配する。

 ビリーという青年がこちらを無言で見つめているのだ。その間、ミシェーラは緊張で固まり、俯いてしまう。 

 なんというか、先ほどから浴びせられている男の性的にいやらしい目つきではなく、品定め?値踏み?査定?するような目であったのは少しだけ安堵できるものがあったが、こう、厳格な教師や面接官を前にしたような恐怖がそこにはあった。


「いや失礼。ぶしつけな視線でした、すいません」

「え、ああ、いえ、その、お、お気になさらず……」


 羞恥で顔が赤くなるのを感じる。

 口下手全開なのもそうだが、そう、この、ビキニアーマーが。

 そもそもビキニアーマーってなんだ、ほぼほぼ下着ではないか。誰が着るんだ、私だった。


「なんというか、大変そうなのでささっと本題に入りますね」


 それを見かねたのか、困ったような笑顔でビリーは言った。

 それに小さく、お願いします、と答えると彼は二枚の紙を差し出してきた。

 片方は掲示板に張り付けられる依頼の紙で、片方はメモ書きだった。


「あなたに一つ、依頼を頼みたい。まあ厳密には二つですけど」

「依頼……? 私に?」


 ビリーの言葉にミシェーラ少し驚く。

 個人を名指しした依頼というのは無いわけではないが少ない、ましてやソロのCランクとなればほぼ無いと言っても差し支えないだろう。


「ほんとは募集という形にしようと思っていたんですが……ギルマスの推薦があって。まずあなたにお声がけしました」

「グレイズさんが……」


 ギルドの方を見るとグレイズが此方へ向かってひらひらと手を振っていた。

 ギルドマスターのグレイズはよくミシェーラを気にかけてくれた。借金を背負うことになったときもずいぶんと反対してくれた時は内心ちょっと嬉しかったのを覚えている。

 そのグレイズが名指しで推薦してくれたということは何か理由があるんだろうとミシェーラは思う。


「内容ですが、簡単に言えば前衛としてあなたを雇いたい。まずこちらのギルド仲介の依頼に共に来てもらいたい。いわゆる採用試験というやつです。そこであなたの実力に問題がないと判断できたら、本採用という流れです。いやまあこちらがお願いしてる側なんですけど」

「はぁ……ってこれ!? ウォータードラゴではないか! Aランク! わ、私はCランクだぞ!?」

「ああ、大丈夫ですよ、ギルマスから僕が認可を貰っています。前衛として基本的な動きが確認できればそれでOKです。危なくなったら僕一人でも勝てますので」

「はぃ?」


 この人は何と言っただろう?

 ウォータードラゴンに一人でも勝てる?後衛が?一人で?


「ギルマスの推薦なので間違いはないと思うんですけど、一度合わせてみないと分からないこともあると思うんですよね。あ、報酬はちゃんと等分です。金貨200枚」

「ひぇ?」


 金貨200枚?


「本採用になった場合は一年間僕のパーティーで前衛として動いてもらうことになります。これが報酬金貨240枚、前払いでも結構です。その代わり一年未満で辞められる場合は残月×20と違約金で20を合計した枚数の金貨を支払ってもらいます」

「ふぉ?」


 合計440枚?


「他のパーティーメンバーは14歳前衛男Gランク、12歳後衛女Gランクなんですけどね。これで察してもらえると思うんですけど、彼らが成長するまで盾役として護ってもらうのがあなたへの依頼です。だからまあ、Bランク以上の依頼は基本受けないのでそこは安心してください」

「へー」


 なるほど……なるほど?


「ああ、もちろんお嫌でしたらお断りいただいても大丈夫です」

「ほっ……」


 あっ、そうなんだ。って違う。


「あの、何故私なのか、聞いてもいいだろうか?」


 伏し目がちにおずおずとそう問い返す。

 この際目の前の人物が何者なのかということは置いておこう。グレイズが寄越したのだ、間違っても変な人物ではないだろう。いや、変な人物ではあるかも知れないけど悪人ではないだろう。


「……………何故、とは?」


 すっと、笑顔が消えた。ミシェーラはなんとなく、こちらの顔が素なのだろうと感じた。

 これは冷たいというよりは、真剣な、と形容される表情だった。


「私は、Cランクだが昇級したばっかりで実力は下の方。それに、話を聞いてるとは思うが私には多額の借金がある。自分で言うのもなんだが到底信用できる人間とは思えない。厄介事だって運んでくる。実際、私とパーティーを組んでくれる人なんていなかった」


 誰もが遠巻きに見ているだけだった。近づいてくる人はほとんど敵だった。


「うーん……そうだね……失礼、言葉を崩させてもらうよ」


 ビリーはそう前置きして、


「正直に言うとね、これは偶然と安っぽい同情だ。僕は今日に至るまで君のことなど一つも知らなかったし、今も知っているとは言えないだろう。ただ上辺だけの事情を聞いて可哀想だと思っただけだ。でも特に助けようとは思わなかった、君の苦境に不快感はあったけど誰かが死ぬわけでもなし、今は赤の他人に割くような労力は持ち合わせていないからね。

 だけど、僕の目的を達成するための幾つかの道筋に『僕が救われる道』と『僕と君が救われる道』があった。雇う冒険者は条件さえ満たせば誰でも良いんだ、君じゃなくても良いし君でも良い。でも君を選んだ場合、ほぼ同じコストとリスクで僕は目的の達成と同時に人を助けたという満足感と自己肯定感を得られる。おまけで君も助かる。なら当然後者だ、捻くれ者でもない限りよりわざわざベストよりベターを選ぶ理由はないだろう?

 だから、優しい僕はかわいそうでみじめな君を目的のついでに助けてあげようと思った。それだけさ。

 君が僕に助けられるのが癪だと思うならこれで話は終わりだ。それを説得する気はない。僕の進む道から外れた人間に興味はないからね」


 すらすらと、立て板の水が流れるように、そう言った。一切の淀みなく。

 きっとそれは本心なのだろう。彼は私を助けたいわけではないのだ。

 道すがらのついでにおまけ。思い通りにならないならそのままあっさり見捨てるだろう。

 だけど私は、それをどこまでも正直な言葉だと思った。というか逆に好感が持てるかもしれない。

 初対面の人に心から心配していると言われてとしてその言葉を如何ほどに信頼できようか、ここまでクリアでドライな方が余程ましだ。

 ただ――


「あの……一ついいか?」

「いいとも」

「あなたも、だいぶ捻くれてるな?」

「うん…………うん?」


 何を言われたか分からないキョトンとした顔は、ともするとビリーが初めて自分に見せた人間らしい顔だったかも知れない。

 なんというか、諦観というか悟りのこびりついた顔だったから。


「え……僕、捻くれてるのかい?」

「捻くれてますとも」

「そうなのか……」

「そうなのです」


 ビリーはかなりショックだったのか、そうかを繰り返しエコーを効かせている。

 ――なんというか。もう。

 たったこれだけの会話で、なんとなく、この人は大丈夫だ。と思っている自分がいる。

 誠実だ。


「ビリーさん」


 未だに俯いてる姿勢を正して向き直る。


「はい?」

「どうかよろしくお願いします」


 それだけ。

 これでも、割と勇気を出して言ったのだ。グレイズの紹介とは言え、信じた相手に騙されたという経験はかなり深い爪痕として残っている。


「ははっ、そっか……」


 少し笑ってビリーは席を立つ。ローブを脱ぎ、隠れていた白のシャツと黒のズボンがあらわになる。細身だ、細かった。もしかしたら自分よりも細いかもしれないとミシェーラは不安になる。

 だが頼りなさは感じない。無駄を削ぎ落したといった風だ。姿勢も良い。

 槍のようだと、思うのだ。

 そしたら、彼はローブを片手にこちらへ寄ってくる。

 唐突なことに少し戸惑う。


「え? あ、あの……」

「目に毒だから」


 ビリーはそう言って、ローブをミシェーラに纏わせる。

 その時、自分がビキニアーマーなるものを着ていたことを思い出して急速に自分の顔が赤くなるのを感じた。

 しかしながら、先ほどと別種の羞恥であるような気がするのは気のせいだろうか。


「あ、あ、あ……」

「じゃあ、今日はもう遅いし僕は帰るよ。明日の昼にまたここに来るから、ちゃんと装備は整えておいてね」


 そう言って彼は背を向けひらひらと手を振りながら帰っていく。

 その時大きな音がして、その方向に振り向くと憎き三人の商人が気絶していた。その周りには大きな袋と金貨が散らばっている。

 急いで出口の方を振り返ると、ビリーの姿はもう消えていた。


「ひぇー……」


 それしか言葉が出なかった。



 ==========


 翌日。


「何でまだビキニアーマーなの」

「あ、その……呪いの装備だったみたいで、外れないんだぁああああ!!!!」

「……ふ、ふふふ……アッハッハッハ!!!!」


 解呪料金は金貨300枚らしい。


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