2-14【説教】
見渡す限りの草原。柔らかな風が頬を撫でてゆく。
一面に広がった緑の絨毯は、傷つく事など何も無いと、横たわる俺を優しく包み込んでいた。
ここには俺以外誰も居ない。
のんびりした空気の中、目の覚めるような青空と、流れる雲を見ていた。
「平和だな……」
ボソリと独白するが、その声は風に乗って何処かへ消えていってしまった。
無論、返事をする者など誰もいない。サワサワと、周りの草たちが音を立てるのみだった。
「俺は……何をしてたんだっけ……」
頭がボンヤリとして思い出せない。何か、やらなければならない事があった気がするが……。
「まぁ、良いか……。こんなに平和なんだし、きっと気のせいだろう」
そう自分に言い聞かせ、スッと目を閉じる。
このまま寝てしまえばどれだけ気持ち良いだろう。
そうして意識が落ちそうになった頃、目の前からガサガサと草をかき分ける音が聞こえてきた。
せっかく気持ち良く寝れそうだったのに、邪魔をされた俺は目を覚まし起き上がる。
「なんだよ……せっかく良い気分だったのに」
音のなる方を見てみると、中年の男が一人、歩いて来ている。何処かで見た事のある気がするが、思い出せない。
「なぁ、アンタ……何処かで会ったことあるか?」
問いかけるが男から返事は無い。
男はそのまま俺の目の前まで近づくと、そこで足を止めた。
マジマジと近くで男を見た俺は、不意に男の正体を思い出す。
「…………親父……か?」
そう、この男は俺の親父だ。俺が魔王封印に行くよりも前、まだ若かった頃に死んだ筈の親父が立っていた。
「ん? 魔王封印……?」
なんの事だ? そう思うと急に頭がズキズキ痛み出した。何かを思い出せと、頭の中で戦いが繰り広げられているようだ。
痛みは親父が来てから始まった。ならば原因は親父に違いない。
そう思い親父の顔を睨むように見ると、親父はニヤリと笑い口を開いた。何かを伝えようとしているのか?
「――起きんかこのアホウが!!」
親父の口から出た声は、顔からは想像もつかない女の声。そして口から飛び出る謎の黒い物体。
それは驚きの余り身体を硬直させた俺の口に、スルリと入り込む。
「うもっ!?」
瞬間、俺の足元に大きな穴が空き、俺はなすすべなく落下していく。咄嗟に上を見上げると、親父は腕を組み、ウンウン頷きながら落下していく俺を見下ろしていた――。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「うわぁぁぁぁぁぁ!!?」
ガバッと跳ね起きた俺の眼前に迫るのは、幼い女の子のキョトンとした顔。次に訪れたのはまるで鉄の扉にでも頭をぶつけた様な、鈍い音と激しい痛み。
「ぐがっ!……痛え……」
「ぎゃん!……痛いのじゃ!!」
頭がチカチカする。
どうやら俺を覗き込んでいた魔王が、急に跳ね起きた俺の頭とぶつかったようだ。
「いきなり何をするんじゃお主はっ! この石頭め!」
「お前の頭こそ何で出来てるんだ! 割れるかと思ったぞ!」
お互い思いつくままに罵り合う。
「せっかくワシが起こしてやろうと努力しておったらこの始末……。感謝の言葉一つくらい言ったらどうじゃ!」
「お前がクロを投げて来たのが原因だろうが! お陰で死んだ親父に会ったわ!」
「そもそもお主がワシの口に、クロの手を突っ込ませたんじゃろうが! 自業自得じゃ!」
「グースカ寝てるお前が悪いんだろうが!」
子供のような言い合いだが、お互い引っ込みがつかなくなってきた。
「ふん! ワシは寝たい時に寝て、起きたい時に起きる。誰にも邪魔なぞさせんわ!」
「黙れこのグータラ! ちったぁ役に立て!」
「ほほぅ……ワシがどれだけお主の力になっておるか、まだ分かっておらんようじゃのう……」
魔王の目が妖しく光り、手にバチバチと雷が走る。
「この痴れ者には少しお仕置きが必要なようじゃな……」
「ふ……やはりお前は封印したほうが世の為だな……かかって来い魔王!」
俺はいつでも封印魔法を唱えられるよう、体内の魔力を高めていく。
「ワシを怒らせた事、後悔するのじゃ!」
「それはこっちの台詞だ!」
魔王が跳びかかろうと腰を落とし、俺も同じく迎撃の為、腰を落とす。すわ衝突かと思った瞬間、ティナの声が部屋中に広がった。
「そこまでですよ、二人共!」
突然の乱入に俺と魔王は勢い良くティナの方へ振り向く。そこには、頬を膨らませ、烈火の如く怒りをあらわにするティナの姿があった。
「いい加減にしてください! 悪ふざけが過ぎますよ!」
普段からは想像もつかないティナの怒りように、俺も魔王も母親に叱られている子供のように大人しくなってしまう。
「あ、いや……しかしじゃのぅ、ティナよ……」
「しかしじゃありません!」
「あー、ティナ……? でもな……」
「でもも無いです!」
取り付くしまもない。チラっと見ると同じようにこっちを見ていた魔王と目が合う。プイっと横を向いた魔王を見て、俺も大人げなく目を逸らしてしまう。
「二人とも、ちゃんと謝って仲直りしないとダメです!じゃないと――」
そう言葉を切ったティナが、スッとクロを身体の前に持ってくる。クロは出番かと言わんばかりに、両手を交互に突き出している。
「ごめんなさい!」
それを見た瞬間、俺と魔王は声を揃えて謝っていた。いや、あれをもう一度味わうくらいなら素直に謝ったほうがよっぽどマシだ。
俺と魔王が素直に謝ったのを見て、ティナが笑顔になる。クロは出番じゃ無いのかと、いそいそとティナの頭の上に登っていった。
「はい、二人ともこれで仲直りですね! もう喧嘩しちゃダメですよ!」
そう言ってティナが綺麗に纏めようとするが、俺も魔王もこの瞬間ばかりは同じ考えだった。
子供同士の勇者ごっこ遊びに、本物の勇者が聖剣を持ち出して混ざるようなその止め方は、いくらなんでもズルいんじゃないかと、そう思うんだ――。
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