2-11【アリシアの狂気】
光が消え、辺りが静寂に包まれる。
逃げ出した兵も、遠巻きに見ていた兵も皆、固唾を呑んで静まり返っている。
静寂を破るように、ぐらりとその巨躯を揺らしドスンと倒れこむドラゴン。
「はぁっ……はぁっ……ふー……」
見ればドラゴンの頭部は消し飛び、首からは血がダクダクと流れ落ちている。
誰がどう見ても死んでいるだろう。現に、ピクリとも動かない。
「や、やったのか……?」
遠くで誰かが呟くのが聞こえるのを横目に、傷ついた肩を押さえ、ティナの元へと歩いて行く。
正直このまま倒れたい位の疲労感だったが、生憎そういう訳にもいかない。
「アレウスさん!」
ティナが駆け寄り、俺の身体を支えてくれる。
「やれやれ……死ぬかと思った」
「無茶し過ぎですよ! でも、無事で良かったです……」
満身創痍ではあるが、何とか無事倒す事が出来た。とはいえ、もう二度と戦いたくは無いな。あれは一人で戦うような相手じゃない。
「ところでティナ、アイツの姿は見たか?」
「リリィちゃんですね……見てません……何処に行ったんでしょうか……」
これだけ騒ぎになってなお姿を見せないなら、ここには居ないのか? まさか瓦礫の下敷きになってる事もないだろうし。
「あ、あれ……」
探そうとした瞬間、不意に視界が暗くなる。どうやら血を流しすぎたようだ……。
立っていることも出来ず、そのまま俺の意識は沈んで行った――。
◇◆◇◆◇◆◇◆
身体が柔らかな物に包まれているのを感じる。
遠くからは何か声が聞こえてくるが、うまく聞き取れない。
不意に、手を握られたのを感じる。ティナか?
徐々に意識ははっきりしてくるが、まだ霞がかかった様にぼんやりとしていた。
「も〜、いつまで寝てるの、お兄ちゃん」
聞こえてくるのは妹の声。ああ、アリシアか。そうだな……そろそろ起きる――アリシア!?
ありえない声を聞き、急激に意識がはっきりする。目を開けた俺の前に居たのは、正しくアリシア。そのアリシアが、無邪気な笑顔で俺の手を握っていた。
「あっ、やっと起きた〜。おはようお兄ちゃん」
「お前っ! 一体なんのつもりだ!」
声を荒らげ、手を振りほどこうとするが身体はピクリとも動かなかった。
「駄目だよ、まだ安静にしなきゃ。傷は治したけど、お話聞いて欲しいし動くのは無しね〜。それからなんのつもりってなによ、妹が起こしに来るくらい、当たり前でしょう」
「ふざけるな! お前、自分が何をしたのかわかってるのか!」
シュバーメント王国では国王や兵士を操り、果てジルベルトに怪しげな実験を行った。ここエドラスでは他国を恫喝、鍛冶師を集め爆剣を作りその上ドラゴンだ。
悪ふざけなんてレベルじゃない。
「え〜、それをお兄ちゃんが怒るの〜? 全部お兄ちゃんの為にした事なのに。アリシア悲しい……」
くすんくすんと、泣き真似をしながら理解の出来ないことを言ってくるアリシア。俺の為だって?
「だって、お兄ちゃん褒められたかったんでしょう? 英雄になりたかったんでしょう? だから、アリシア頑張ってるんだよ?」
アリシアは全て俺の為だと言ってくる。俺が褒められる為、俺が英雄なる為だと。
「何言ってるんだお前は……。それを全てブチ壊したのはお前達だろう……」
辻褄がまるで合わない。俺を英雄にしたければ最初から魔王封印に連れて行けばそれで終わりだった筈だ。
その言葉にアリシアは、分かってないなと言わんばかりに首を横に振る。
「違うよ〜。それじゃ勇者パーティの中の一人でしょう? そうじゃなくて、お兄ちゃんだけを英雄にするんだよ〜」
「……俺だけを?」
ジルベルトや、アリシアにマリアベル。勇者パーティの一員では無く、俺だけを英雄にとアリシアは言ってくる。
「そうそう! だからまずは邪魔な剣の勇者さまをぽいってしたでしょ? これであの国ではお兄ちゃんが一番だね! 次はこの国。ドラゴンを一人で倒したなんて、もう英雄の中の英雄だよ!」
屈託ない笑顔で俺がした事を、既定路線だと告げてくる。その笑顔が、俺にはキモチワルイ何かにしか見えなかった。
「まぁ、ほんとは剣の勇者さまはもう少し上手くやるつもりだったんだけどね〜。私もそこは反省。あんな化物にするつもりは無かったんだよ? あれじゃイケメンが台無しだよね〜」
反省の論点がまるでズレている。そんな事には気付きもせず、アリシアはどんどん語っていく。
「まぁ、結果は良かったから良いかなって。それよりこの国は大変だったんだよ〜? 宝具を造るのに沢山人を集めてさ〜。国王は何か勘違いして他国に強気に出るしさ〜」
さらりとアリシアが恐ろしい事を言う。宝具を造った?
「まて、お前……宝具を造ったって……」
「お兄ちゃんも最後にドラゴン相手に使ったでしょ〜。あれは、宝具を造る実験の副産物だよ! だからお兄ちゃんが使った時は凄かったでしょ〜」
確かに俺が投げた爆剣は予想外の威力を発揮した。アリシアの言葉を信じるなら、勇者だから使えた力……。
「まぁ、結局半端な物しか出来なかったんだけどね〜。完成には程遠かったよ。それでもドラゴン相手には十分だったかな?」
完成には程遠いと言うが、あの剣が最初から複数使えたらドラゴンだろうと相手では無かった筈だ。
「さてと、話す事は話したし、私そろそろ行くね? 次はどこだと思う? なんと、海だよ海! お兄ちゃんを英雄にする為、私、頑張るからね!」
そう言うとアリシアの体が徐々に透けていく。引き止めようにも身体は全く動かないままだ。
「次はすぐ来てね? マリアベルが準備はしてる筈だし。
――あっ言い忘れてた! この国の王様は死んじゃったんだけど、跡継ぎの王子は無事だから! ちゃんと国を救ったのはお兄ちゃんって伝えてるから、ご褒美貰うんだよ〜」
一方的に伝え、アリシアは消えてしまった。と同時に、俺の身体も動くようになる。
伝えられた事実と、アリシアをまたも見逃した不甲斐なさに苛立ちが隠せず、思わず枕元にあった花瓶を床へ叩きつけてしまう。
ガシャンと音を響かせ砕け散る花瓶。それはまるで、俺の中のちっぽけなプライドのように、粉々になっていた――。
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