第1話 ざくろのFatherが蒸発したヨ☆ 転
「ここに一本の木があります」
海の見える廃病院の近くの森で僕は、患者の診察をしていた。
「この木をしばらく殴ったり蹴ったりしてください、そうすれば症状は解消されます」
「……ものに当たれってことですか?」
この患者は人限の常連、石動羅宗。彼女の父親は大異世界帝に仕える貴族で、魔身依をひいきしてくれる数少ない人限の支援者だ。つまり彼女は大事なお客様。断じてふざけてはいない。
「そうとも言いますが、我々の研究で効果は証明されています。あ、但し我々の土地の木以外では行わないように。訴えられます」
「訴えられたんですか!?」
「昔の話です」
羅宗は少し考えてから、着ているつなぎの袖をまくった。庶民に紛れ込むため、つなぎを着て変装しているらしい。よりによってなぜつなぎなのか。
「……わかりました。先生が言うなら、やってみます!」
そして彼女は、とてもいい子である。
「……ん?」
病院の前に人影が見えたような気がした。
「すみません、少し席を外します」
声はかけたのだが、彼女は僕の声が届かないほどに、木を蹴ることに集中していた。
「母上でしたか」
病院の前にいたのは菓凜の母親で、つまりは僕の義理の母親だった。
「少し待っていてください、菓凜を呼んできます。多分病院でお昼寝をしているはずです」
しかし母上は会おうとはしなかった。むしろ会いたくないと。
「そう、ですか」
昔から菓凜はその異常な魔力量から、同種の魔身依からも煙たがられていた。そして最近は住み処の古墳にまで、嫌がらせが及び始めていた。現在は周囲には言わずに、父上の古墳で母上と菓凜も暮らしている。今日母上は久しぶりに、母上と菓凜の古墳の掃除に行っていた。
「……わかりました」
菓凜が起きたら一度帰らせてくださいとだけ僕に告げ、母上は母上と菓凜の古墳に帰っていった。それとすれ違いに、病院から菓凜が目を擦りながら出てきた。
「菓凜、母上が一度帰ってこいって」
「お母さんが!?」
途端に菓凜は目を輝かせ、病院の中に戻ったかと思うと一輪の花を手に戻ってきた。
「これ、今日見つけたの!」
手に持っていたのは、花びらが金色に点滅している日照日回という花。言い伝えでは、日照りが続くと水を求めて回転して飛び回る、らしい。
「お母さんに見せてあげるの!」
「母上もきっと喜ぶよ。いってらっしゃい」
「うん! いってきます!」
そう言って菓凜は、それは楽しそうに駆けていった。
「あ、気分はどうですか?」
林に戻ると瀕死の人限がいた。
「思ってた以上に、疲れました……」
「今夜はよく眠れます。症状も解消されるでしょう」
「なるほど……!」
彼女はやはり、とてもいい子だ。
「ありがとうございました!」
彼女が今日予約していた最後の患者だったため、僕はようやく一人になった。
「母上……」
今思えば、魔身依とはいえ全く生気を感じられなかった。菓凜を呼び戻したことを思い出し、なぜか心中の2文字が脳裏をよぎった。とはいえ、魔身依に物理的な攻撃は効かない。魔身依が死ぬには、例えば、焼死。
僕がそう思ったときには、母上は決意していたのかもしれない。
胸騒ぎがして母上と菓凜が住んでいる古墳の前に魔術で瞬間移動した。一人分の瞬間移動なら僕にもできる。すると古墳の壁は、口に出すのも嫌になるほどの言葉で塗りつぶされていた。菓凜はまだ字は読めない。
古墳の中の通路を走っていると、広間の入口に菓凜がいるのが見えた。僕はとっさに、念力の魔術で菓凜を僕の方へ引き戻した。
「にいに!」
その直後だった。僕も菓凜も、その古墳も、大きな爆発と共に吹き飛ばされた。母上の、最後の魔術だったらしい。
「お母、さん……?」
菓凜の持っていた一輪の花は、そのまま地面で燃え尽きた。
羅宗「奴隷さん達がいなくなった途端重くなりましたね」
奴隷「オレらもまぁまぁ重かったけど?!」
生贄「次回、ざくろのFatherは蒸発するのか」