決闘4
グレンは右手に精霊武装を携えながら、こちらに歩いてくる。
「さあ! おまえも精霊武装を出せよ!」
完全にアリスが精霊武装を展開できないと思い、自信満々に告げる。もちろん、アリスは自分の精霊武装を持っている。
「いや、いい」
「はっ、出せないのかよ!」
「いや、出せるが?」
「は?」
予想外の答えであったのだろう。アリスの答えにグレンは青ざめる。
「お前にはこれでいい」
アリスは腰に下げている一本の剣を引き抜く。
今回の決闘のためにアリスは自分で武器を用意していた。何故なら、自分の精霊武装ではグレンの精霊武装を破壊する可能性があったからだ。
そんなこととは知らず、グレンはアリスが精霊武装を展開しないことに歓喜の声を上げる。
「は、はは! 結局は展開できないからのいいわけじゃないのか! 全く、見苦しいぜ!」
正直、見苦しいのはお前の方だと会場の生徒たちは思っているが、興奮しているグレンは気づかない。
「はは! すぐに終わらせてやるぜ!」
(お前はとっくに終わっているがな……)
恐らく会場の生徒も勝敗をハッキリと理解することができただろう。現に2,3年生はアリスの方に注目が移っている。
しか、会場の生徒はアリスの勝利を確信しているが、同時に不安要素も持っていた。なにしろ、アリスは精霊武装を使わずにグレンと戦うのだ。グレンの精霊武装に触れた瞬間、アリスの剣は粉々に砕け散ってしまうだろう。
「おら! 行くぞ!」
わざわざ声をかけるグレンにアリスはわざとやっているのでは? と思い始めていた。そんなことはないのだが。
しかし、グレンのスピードはすさまじく、アリスとの距離は一瞬で縮まった。その勢いのまま、グレンは精霊武装を振りかぶり、アリスの脳天めがけて振り下ろす。
会場の誰もが躱すと思っていたが、アリスは思いがけない行動をとる。なんとアリスはグレンの精霊武装を避けようとせずに自分の剣で防ごうとしたのだ。会場の生徒は驚愕の声を上げ、同時にアリスが敗北したと誰もが思った。
「死ねえ!」
グレンもアリスが諦めたのかと思い、感極まって声を上げた。
――しかし、結果は誰もが予想していないものとなった。
キィンッ!
会場に響く剣がぶつかり合う音。そこには無傷のまま立っているアリスと、精霊武装を手放したグレンがいた。
「は?」
グレンは何が起こったか理解できていないようだった。会場の生徒も目を丸くしている。
「どうした?」
「どうしたじゃねえ! なんでお前は無傷なんだよ!?」
「なんでって、今さっき剣で弾いたじゃないか?」
「それがおかしいんだよ!」
今のグレンの反応が普通である。先ほどの授業で言った通り、精霊武装は色々な恩恵を受けることができる。それこそ自身の力を引き上げるといったものだ。そうでなければ、ただ魔力を消費する武器を使う通りはないだろう。
しかし、アリスは精霊武装を使わずにグレンの精霊武装を弾いた。これがどれほど異常なことか。
(まあ、こいつはまだ精霊武装を扱えきれていないからな)
例えそうだとしてもアリスが異常なことは変わらない。
「……ッ! まさかそれがお前の精霊武装か!」
完全に的外れなことを言うグレンに、アリスはいよいよ吹き出す。
「ブッ! これが精霊武装に見えるのか? 正真正銘”普通”の剣だ」
アリスは剣をかかげるが、グレンは全く信用していなかった。
「なら、精霊武装で切れないっておかしいだろうが! 何か細工しているだろ!」
「ああ」
「何もしていないわけが――は?」
「工夫はしてる。そうじゃないと普通の剣が精霊武装に勝てるわけないだろ」
アリスは右手に握る剣をグレンに見せつける。
「俺はこの剣に”武装強化”を使っている」
「”武装強化”?」
「そうだ。この剣を魔力で覆っている。”武装強化”ぐらい知っているだろう?」
確かに”武装強化”は知っているが、問題はそこではない。
「でもおかしいだろ! ”武装強化”で普通の剣が精霊武装に……」
「実際に俺は攻撃を防いでいる」
(こいつが弱すぎるというのもあるがな)
だから、アリスは自信満々には言えなかった。
「さて、面倒だし、もう終わらせるか」
先ほどまで戸惑っていたグレンだが、アリスに最終宣告を受けて身構える。しかし、それは完全に無駄な行動であった。
「……ッ!? グハァッ!」
アリスが一瞬消えたかと思えば、再び姿を現した時には、すでにグレンは壁まで吹っ飛ばされ――高速で移動してグレンの腹に蹴りを入れていたのだった。
アリスは倒れているグレンを冷ややかに見つめる。
(全く、とんだ茶番だったな)
倒れているグレンを見ても起きる気配はないのでアリスは警戒心を解く。ついでに審判にも視線を送っておく。
「うむ、勝者、アリス・ロード!」
審判はうなずき、勝利宣言をしたのだった。
「勝者、アリス・ロード!」
審判の宣言により、会場は大いに盛り上がる。まさか1年生の決闘でこれ程のものが見られるとは思ってもいなかったのだろう。
「あいつ、あんなに強かったんだな……」
「強いってレベルじゃないわよ。あんなの一方的じゃん。仮にもランク6位の人間なのよ……」
レンとティリカもアリスがこれ程の実力を持っているとは思っていなかったのだろう。その証拠に決闘が終わってぐったりとしている。
「なんでランク最下位なんだ?」
「私が聞きたいわよ……」
訳がわからないとティリカはうなだれる。そんな二人とは対象にリーゼロッテはいつも通りだった。
「あの、リーゼロッテ様?」
「リーゼロッテでいいよ。あと普通に話して」
「じゃあ、リーゼロッテ。なんでそんなに落ち着いていられるの?」
「えっ?」
「だってあの決闘を見た後だよ。もっとびっくりするもんじゃないの?」
「うん、びっくりしたよ。でも、アリスだから」
「ふーん。アリスだからね……」
ティリカは不思議に思ったが、聞いてもまともな答えが返ってこないだろうと聞くのをやめた。
その頃、観客席の特別席で決闘を見ていた一人の生徒がつぶやく。
「アリス・ロードか……。今年は優秀な生徒がいるね」
彼女は手元のアリスの資料に視線を落とす。
「彼の情報はほとんどなし。今日見た感じでは、闇属性と風属性が使える両刀ってことかな? もしかしたら他にも使えるって可能性も……。ふふ、今年は楽しくなりそうだなぁ……」
彼女――リン・シルフィードは怪しい笑みを浮かべるのであった。