緊急会議
早朝――恐らく、まだ寝ているであろう人が大半の時刻――誰もいないイーストの通りを一人の少女が歩いていた。
少女は肩まで伸びる美しい黒髪を揺らしながら、目的地へと向かう。
そして、ある場所で足を止める――王宮の入り口の門の前だ。
「おい! 何者だ!」
警備員の一人が腰に携えている剣を引き抜く。早朝でも王宮の警備は強固なものである。たかが、目の前には学生と間違われても、おかしくないくらいの少女に対して一切の油断をしていない。
流石、王宮の警備に配属されただけある。責任感は十分すぎるくらいにあった。
「あの……剛毅様に呼ばれて――」
「そんなわけがないだろう!」
本当のことを言ったが、少女が言ったことを警備員は全く信用しようとはしない。
「ど、どうして信じてくれないのですかっ!?」
流石の少女も我慢の限界だ。本当のことを言っても信じてくれない。どうしたら信じてくれるのか。
続く警備員の言葉は――
「そんな怪しい仮面を付けた者を中に入れるわけがないだろう!」
そう、この少女こそがサウスが誇る最強の戦士の一人――アリスであった。
肩まで伸ばした黒髪、すべての攻撃を避けることを前提とした肌の露出が多い服装。そして、顔の上半分を仮面で覆っている姿こそが、アリスの戦闘姿、もとい”精霊殺し”と名高い“アリア”なのである。
明らかに戦闘服を着ている不審な少女が、こんな早朝に王宮に訪れたとなると警戒せざるを得ない。警備員の対応は当然のものであった。
(どうしようか……名前を言えば大丈夫か?)
「私の名前はアリアと言います。これでわかりますか?」
剛毅とは昨日に会ったばかりだ。流石に名前を言えば入れるだろ――
「アリア? そんな奴は知らん!」
「えぇっ!?」
思わずアリスは叫んでしまう。
(どういうことだっ!?)
明日の早朝に緊急会議を開く。だから、君も来てくれ。そう言ったのは剛毅である。だが、昨日と同じようなやり取りをしている。まさか、また侵入しろと?
(冗談じゃない……)
アリスはこの状況を突破しようと頭をフル回転させる。
実際のところ、剛毅は警備員にアリスのことは伝えている。そう、アリスのことは。
しかし、アリスはいつもの癖でイーストでもアリアと名乗っていた。アリアのことはサウスでも極秘中の極秘なのだ。サウスでも知られていないアリアをイーストの人が知るはずがない。例え王族であってもだ。アリスがこのことに気づかない限り、警備員を説得することは出来ないであろう。
そして、アリスが出した答えは――
(クロノスの“吸収”で警備員の記憶を奪い取る。少しなら大丈夫だろう。上手いこと気絶しないように……)
警備員にばれないように少しずつ魔力をこめていく。
(恨みはないが我慢してくれ――!)
アリスが魔法を放つ――その時――
「大丈夫だ。その者は我が呼んだ」
「へ、陛下!」
警備員は突然現れた剛毅に慌てて頭を下げる。
「よい、頭を上げよ。我も少し勘違いをしていたようだ」
剛毅はアリスの瞳を見据える。
「まさか、こんな格好で来るとは思わなかった。なかなか来ないものだから来てみれば、怪しい姿の者がいてな。物陰から聞いてみればアリアと名乗っていた。俺も誰だと思ったが、魔力をこめ始めた時からやっとわかった。まさか、女の格好で来るとは思わないだろう?」
まんまと騙されたと剛毅は苦笑する。
(あぁ、それは伝わらないわけだ)
ようやくアリスもここで自分が普段と同じようにしていたことに気づく。
(我ながら初歩的なミスだ。今回は流石に俺が悪いな)
一瞬でも疑った剛毅に対して申し訳なく思う。
「すいません、配慮が足りなくて……」
「もうよい。他の者はもう集まっている。焦らなくともよいから着いてきてくれ。警備もご苦労であった」
「はっ、ありがたき幸せ」
警備員は再び頭を下げる。
剛毅は警備員を一瞬だけ見て、何も言わずに王宮へ歩いて行く。アリスは剛毅の後を追うように小走りで追いついた。
しばらくして、剛毅はアリスに視線を向ける。
「ふむ、なかなか……男とは思えない体つきだな。そんな体で敵の攻撃を防げるのか?」
剛毅は品定めをするように頭、肩、胸……と上の方から順番に眺める。
アリスの細い腕や足を見て剛毅は疑問に思う。こんな少年が”エルフリーデ”なのかと。歳が変わらない楓や祐斗であっても、戦いに必要な筋肉を持っている。だが、アリスのものはちょっと力を入れただけで折れてしまうのではと思うほどであった。
「敵の攻撃を防げるかといえばわからないですね。基本的に私は攻撃を受けないことを前提としていますから。仮に受けたとしても受け流しますから、正面から受け止めるということは基本的にしませんね」
アリスの答えに剛毅は驚く。いくら絶対的強者でも、攻撃を受けてしまうことはある。むしろ、受けてしまうことがほとんどだ。現実的ではない。
しかし、思い返してみると、アリスと楓の決闘時、アリスは楓の攻撃を正面から受け止めるということをしなかった。開幕時こそ楓の精霊武装を正面から受け止めていたが、あの時はアリスも十分に速度に乗っており正面から受けることを可能としていた。
(この歳で自分の戦い方をものにしているというのか? 全く、恐ろしいものだ……)
アリスを見て剛毅は恐怖する。このような少年が存在するのかと。
剛毅も楓たちの実力が”神無月”に足りないと理解している。あの天才と謳われた楓であってもだ。だが将来、間違いなく彼女たちは国の要となる。ならば、今のうちに育てて、自分が王から退く頃には立派な戦力にしようと。
しかし、アリスはすでに”エルフリーデ”に恥じない実力を持っている。それどころか、歴代の”エルフリーデ”の中でもトップクラスといっても過言ではないくらいだ。15年という短い時の中でどのようなことをすれば、そのような高みに登れるのかと。
「でも、筋肉がないわけではありませんよ? 必要な筋肉だけを付けて余分なものは落とすようにしていますから」
「ほう、俺は必要な筋肉のことも含めて言ったつもりだったのだがな……では、君にとって必要な筋肉とは?」
見ただけでは、か弱い女性のものと大差ない。もしかしたら、服の中は意外とゴツかったり……露出が多い服だからそれはないか。剛毅はアリスの答えを楽しみにする。
「見た目ではわからないですね。内部の筋肉を鍛えているわけですから。そのほかの筋肉はすべていらないですね。重量の増加につながりますし」
「内部の筋肉……インナーマッスルを鍛えているわけか。だが、それで大丈夫なのか?」
”エルフリーデ”でやっていけているのだから大丈夫なのだろうが、気になるものは仕方ない。それほどアリスの体つきが貧相なものなのだから。
「大丈夫ですよ。むしろ、それだけ邪魔なものを付けて大丈夫なのですかと訊きたいですよ」
仮面越しで表情がいまいち掴めないが、口元が笑っていたので笑っていたのだろう。笑顔で剛毅に訊ねる。
「俺は困ったことはないな。この筋肉のおかげで助かったこともあるからな」
「ふーん、そうですか……」
アリスはいまいち納得していない様子であった。
「確か楓も筋肉を付けていたな。だが、それのせいで動きが鈍くなっていたように見えるが……」
アリスが言っているのは決勝戦のことであろう。アリスはその時のことを鮮明に覚えていた。
アリスの呟きを聞いていた剛毅は――
(……もしかして、筋肉はあまりいらないのか?)
アリスの価値観に洗脳されかけていたのであった。




