決闘
「おいっ! なんでお前のほうが、俺よりランクが高いんだよっ!」
少女に向かって、大きな声で怒鳴っている少年がアリスの視界に入る。
(確かティリカ・フールとグレン・オーレットだったか?)
アリスは目の前の少年、少女の名前を思い出していた。
ティリカ・フール――フール家はこの国でも上位に位置する火属性の名家だ。火属性に関しては右に出るものはいないといわれているほどだ。その象徴にティリカは赤く燃えるような髪を持っている。
対するグレンが属するオーレット家もフール家と並ぶ風属性の名家である。この二つの一族は昔からライバル関係にあった。
「あなたの努力不足じゃないの?」
「なにっ!」
ティリカはさらにグレンを煽るように言葉を放つ。グレンもその挑発に乗り、一瞬即発の状況だ。
「俺がランク6位でお前が5位っておかしいだろっ!」
「現実を見なさいよ、バカ」
「……ッ! このっ!」
とうとうグレンに我慢の限界が訪れる。グレンはある魔法を唱え始めた。
「”汝、我のために今、我の矛となり、盾となれ”」
(……まずいな、あれは)
アリスはグレンが行っている行動に対して警戒する。
グレンが唱えているのは精霊武装展開の魔法だ。精霊武装展開とは自身が契約している精霊を自分の武器として展開することだ。精霊武装を展開することで様々な恩恵を得ることができる。そのうちの1つに、普通の武器より強度が高いというものがある。さらに、属性が付与するといった特徴がある。むしろ、こちらの方が精霊武装の一番の恩恵である。
この学園の生徒はまだ精霊と契約すらしていないはずだが、さすがオーレット家といったところか。精霊と契約しているだけではなく、精霊武装を展開することもできたようだ。
「……ッ!?」
ティリカもまさかグレンがここで精霊武装を使うとは思ってもいなかったのだろう。その瞳には焦りの色が見える。
「”顕現せよ、我が契約精霊。オーフェル”!」
グレンは精霊武装を展開してティリカに襲いかかる。しかし、突然のこととあってティリカに避ける余裕はなかった。
(完全に頭に血が上っているな。止めるしかないか……)
冷静さを失ったグレンは手に握る精霊武装をティリカめがけて振り下ろした。しかし、グレンの精霊武装はティリカに届くことはなかった。何故なら、ティリカとグレンの間にアリスが入り込み、グレンの手首を掴んでいたからだ。
いくら精霊武装に属性が付与するといっても所詮は学生だ。まだ十分に扱うことはできておらず、グレンの精霊武装はただの剣と大して変わらなかった。
「……ッ!? お前っ!」
グレンは自身の攻撃を受け止められ、さらに怒りを募らせた。
「決闘場以外で精霊武装を使うのはどうかと思うが?」
「お前は誰だっ!?」
「俺の名前? さっき自己紹介しただろ? アリス・ロードだ。それよりうるさいから黙ってくれるか?」
「うるさい! お前には関係ない!」
「いや、俺はこのクラスなんだが?」
アリスが正論過ぎて、グレンは返す言葉が見つからずに顔を赤くしていた。
「い、いいからそこをどけっ!」
「断る」
「……ッ!? お前、俺が誰だか、わかっているのかっ!」
「知らん」
「なんだと……。ふっ、ならば教えてやろう。俺はオーレット家長男、グレン・オーレットだ!」
「ああ、知っている」
「あ?」
「さっき自己紹介したと言っただろ?」
アリスはグレンを馬鹿にしたような視線を送る。その様子に周りの生徒はクスクスと笑い出し、グレンは恥ずかしさと怒りのあまり、肩をふるわせていた。そして、アリスに向ける視線には憎悪が含まれていた。
「お前、性格悪いな……」
「さあ、なんのことだ?」
悪いのはグレンだとわかっているレンだが、さすがにグレンに同情する。
「なめやがって……。俺のランクは6位だぞ!」
「それがどうした」
「は?」
アリスの素っ気ない答えにグレンは呆気にとられる。
「だからどうした? たかが学生の間だけの順位で粋がるな。器が知れるぞ」
「なっ!? じゃあ、お前のランクはいくつだよ!」
「301位だ」
「「「は?」」」
クラスにいる全員が呆気にとられる。特にリーゼロッテが。
「え? お前、今なんて……?」
「301位だ」
「お前、それ本気で言っているのか?」
「ああ。正真正銘ランク301位だ」
アリスは自分の学生証を見せる。確かにそこには301位と書かれていた。
「ふっ、ふはははーーー! 最下位が俺に喧嘩を売ったのか! はははーーー!」
グレンだけではなく、周りの生徒もアリスを馬鹿にするようにクスクスと笑い出す。
「その最下位に剣を止められてどんな気持ちだ?」
「なんだと?」
周りは一気に険悪な雰囲気に戻る。
「お前、誰に喧嘩を売ってるのか、わかっているのか?」
「ああ。学年6位のグレンさん」
「こいつ……」
アリスの挑発にグレンはこめかみに血管を浮かび上がらせる。
「決闘だ!」
グレンが声を大にして宣言する。
この学園では生徒同士の決闘が認められている。1つはこのような問題を解決するため。もう1つはお互いの実力の向上――実力主義である、この学園らしい考えであった。
「ああ、いいぞ」
なんの迷いもなくアリスは決闘の申し込みを了承する。周りはの生徒は大丈夫かよ、などアリスのことを心配していたり、同情の視線を送っていた。
「14時に第1決闘場だ。逃げるなよ?」
「お前こそな」
「ちっ、その生意気な態度へし折ってやる」
「……ちょっと待て」
グレンがアリスに背中を向け教室から出て行こうとすると、アリスが呼び止めた。
まだ用かよ、といらだちの視線をアリスに向ける。
「1つだけ言っておいてやる」
「なん……!?」
グレンは最後まで言葉を続けることができなかった。それは、アリスに目を合わせられていたからだ。
「試合と実戦を一緒にするなよ?」
睨めつけているわけでもなく、また、何か魔法を使っているわけでもない。本当に目を合わせているだけ。しかし、グレンは一歩も動くことができなかった。
(な、なんだ? 何故、動けない? なんなんだ、こいつは……?)
グレンは自身の状態を理解することができなかった。……実際はアリスのプレッシャーに負けて動けないだけだった。その証拠に周りの生徒で動けない生徒は一人もいなかった。
アリスはゆっくりと目をつぶり、グレンから視線を外す。グレンはアリスが視線を外したことにより、プレッシャーから解き放たれ、動けるようになっていた。
「……ッ!? ちっ、クソ!」
グレンは最後まで自分が動けなかった理由がわからないまま、教室から出て行った。しかし、焦って出て行く様はなんともみっともなかった。
「おい、アリス……」
「アリス……」
先ほどのやりとりを見ていたレンたちがアリスを心配して近寄ってくる。レンは本気で心配している表情をしているが、リーゼロッテはそこまで心配した様子ではないように見えた。
「お前、本当に大丈夫かよ……」
「何が?」
「何がって決闘だよ」
「ああ」
「何か勝つ方法があるの?」
「いや」
「「えっ?」」
見事にレンとリーゼロッテがハモる。まさか、否定されるとは思っていなかったのだろう。
「なら、どうやって勝つの?」
「見ていたらわかる」
(力ずくでねじ伏せるんだよ)
アリスは不気味な笑顔を浮かばせる。しかし、その笑顔を見て、後ずさりしているリーゼロッテたちに、アリスは気づくことはなかった。