任務前の任務2
リーゼロッテは今、自身に降りかかる緊張感に押しつぶされそうになっていた。
リーゼロッテが歩いているのは王宮の中。それもアリスと一緒にだ。
向かいから来る見回りの姿を確認して、リーゼロッテの心拍数は上がる。
ドキドキ、ドキドキ……
緊張しながらも、リーゼロッテは見回りの横を過ぎる。見回りも王宮の中を歩くリーゼロッテたちに気づかずに、リーゼロッテの真横をすれ違う。
無事なことに安堵するリーゼロッテ。対するアリスはいつも通り、変わらない様子でリーゼロッテの隣を歩いている。
(どうして、こんなことに……)
リーゼロッテは過去の自分の行動を呪う。それは数分前にさかのぼる――
「――これで大丈夫なの?」
不安そうにリーゼロッテは自分の姿を確認する。
「ああ。それは体から溢れる魔力を消す効果がある。誰しも少しは魔力を放ってしまうが、クロノスの”ソウルイーター”を使えば、完全に消すことが出来る。あとはリーゼロッテが自分で”インビジブル”を使って姿も消せば、完全に存在を消すことが出来る」
淡々と説明するアリス。リーゼロッテは疑問に思いながらも、”インビジブル”の魔法を唱える。
「よし、十分だ。だが、これだと二人で侵入するには、お互いの位置がわからないな……メーティス。俺たちが互いに確認できるようにしてくれ。他の奴には見えないままでな」
「……うん、わかった」
心なしか、いつもより機嫌がいいメーティス。久しぶりにアリスに頼ってもらえて嬉しいのだろう。
メーティスがリーゼロッテに手をかざすと、次第にリーゼロッテの姿が見えるようになってくる。
「ありがとう、メーティス。次は俺が”インビジブル”を使うから、リーゼロッテが確認できるようにしてくれ」
続いてアリスも”インビジブル”を使い、姿を消す。リーゼロッテに姿が見えなくなったことを確認してもらってから再びメーティスに見えるようにしてもらう。
「これで準備は万全だ。ただ、油断はするな。あくまで姿が見えなく、他人に魔力で察知されないが、足音や声を消すことは出来ない。だから、中で話すことは基本的に抑えて慎重に歩くことを意識しろ」
アリスが真剣な表情で伝える。
「少し試してみるか……あそこがいいな。リーゼロッテ、着いてきてくれ」
キョロキョロと周りを見渡して、アリスは人通りに目を付ける。アリスは何の迷いもなく人通りへと向かっていく。
リーゼロッテもアリスの後を追う。
人通りへとやってきて、アリスは一人の通行人の前を歩き、一定の距離を保つ。そして――
(”来てくれ、メーティス”――)
心の中で精霊武装展開の魔法を唱える。
〈光を滅する王剣〉を展開したアリスはそのまま、通行人の喉元に〈光を滅する王剣〉を向ける。もちろん、足を止めれば刺さってしまうので、歩いたままでだ。
(何してるの、アリスッ!)
なんとか声を抑えることは出来たリーゼロッテだが、驚愕の表情を隠すことは出来なかった。
焦るリーゼロッテとは対照的に、通行人の男は先程と様子が変わらない。アリスが〈光を滅する王剣〉を向けていることに気づいていないようだ。
「……確認は終わった。これで見えていないとわかっただろう? このまま王宮の中に入るぞ」
アリスが〈光を滅する王剣〉から手を放すと、〈光を滅する王剣〉は光の粒となって消える。
リーゼロッテはアリスに手を引かれて、先程来た道を戻っていく。
王宮に向かう途中、アリスはクロノスたちを呼び出した。具現化したクロノスたちは一所懸命、アリスに追いつこうと小走りで着いてくる。
「二人とも、このまま目的地に向かうのは非効率的だ。だから、お前たちも剛毅の部屋を探してくれ。見つけたら、俺のところに戻ってこい。それと念のために、二人一緒で行動してくれ」
「うん、わかった!」 「……わかった」
そう答えるとクロノスたちは、その場から消えた。
「ねえ、アリス。あの子たちがアリスの契約精霊?」
リーゼロッテは不思議そうな顔を見せる。
(リーゼロッテはまだクロノスたちを知らないのか)
てっきり、リーゼロッテはもう知っているものだと思っていた。しかし、それはアリスの思い込みのようであった。
「ああ。黒髪の方がクロノスで、銀髪の方がメーティスだ。今度また機会があったら仲良くしてやってくれ」
「もちろん! でも、王級精霊って本当に人間と見た目が変わらないね。どうしてなんだろう?」
「クロノスたちにも聞いたがわからないらしい。まぁ、どうでもいいがな」
クロノスたちはクロノスたち。例えクロノスたちが人型でなくとも、アリスは今と同じようにクロノスたちと接していただろう。
そんな話をしている内に、王宮を守る防壁へとたどり着いた。
防壁の高さは約30メートル。人が自力で登れる高さではない。
「ここからが本番だ。見つかれば、どうなるかわからない。それでも、リーゼロッテも来るか?」
リーゼロッテに対する最後の質問。リーゼロッテの答えは――
「――私も行くわ」
リーゼロッテの意思は最後まで変わらなかった。
それを聞いたアリスは口角を上げ――
「――後悔するなよ」
「――えっ?」
一瞬、リーゼロッテは何をされたかわからなかった。気づいたときには、すでに――
(えええぇぇぇーーー!?)
空にへと舞っていた。リーゼロッテはアリスにお姫様だっこで抱えられ、防壁を越えようと空を飛んでいた。
本来ならアリスにお姫様だっこをされて嬉しい場面。しかし――
(待ってぇっ! ホントに死んじゃうううぅぅぅーーー!)
喜ぶ余裕は今のリーゼロッテにはない。ただ、落下する恐怖を味わうしかなかった。
「ははっ! やっぱり空を飛ぶのは楽しいな!」
明らかに死を予感する状況。それをアリスは楽しんでいる。まるで、新しい遊びを見つけた子供のように。
「アリスッ! これは死ぬって!」
「はぁ? 魔法で飛んでいるのに死ぬわけがないだろ? 着地前にまた使うから大丈夫だ――失敗しなかったらな」
「いやあああぁぁぁーーー!」
リーゼロッテの絶叫が響――かなかった。アリスが咄嗟に”サイレント”の魔法を使い、リーゼロッテの声を消したのだ。こんなところで見つかったら、なんのために準備をしたのかわからなくなってしまう。
(あれ? この魔法を使えば足音など気にしなくてもよくなるんじゃないか?)
いいことを思いついたとアリスはニヤリと笑う。普段は当たり前すぎて気がつかなかったが、他の人によって気づかされる。これが複数で行動するメリットだとアリスは思っていた。
不気味な笑みを浮かべるアリスと恐怖の表情を浮かべながら叫ぶリーゼロッテ。ただし、声は出ていない。
もし、魔法で見えない状態でなかったなら、面白い絵面が見えていたであろう。
「そろそろか。“フライ”」
地面と衝突する前に、アリスは魔法を使って落下の勢いを殺して、ゆっくりと着地する。
「な? 大丈夫だっただろ……って本当に大丈夫か?」
腕の中にいるリーゼロッテに目を向けるとリーゼロッテは目を見開いて固まっていた。
それも仕方ないだろう。アリスは誰でもすべての属性の魔法を扱えると知っているが、リーゼロッテは知らない。それゆえに、リーゼロッテが生身で空を飛ぶことはない。死ぬと思ったのも当然であろう。
「……どうするか……」
放心状態のリーゼロッテを抱えたまま、アリスは立ち尽くしていたのであった。




