任務前の任務
「ねえ、アリス。私も一緒に行っていい?」
リーゼロッテはアリスの顔色をうかがうように覗き込む。
リーゼロッテが尋ねているのは今夜、アリスが本当の任務を聞くために剛毅の元を訪ねる。それに同行してもよいかということだ。
「うーん。一緒に来てもいいが、任務の内容は知らせてくれないと思うぞ?」
考えた末、アリスは答える。
剛毅直々に話したいとアリスに伝えたわけだ。恐らく、この任務は極秘のものであり、いくら王族のリーゼロッテであっても、内容を知ることは困難だろうと思われる。
「それでもいいよ。ただ、ちょっと気になることがあって……」
「ん? 気になること?」
「うん。今日、私の対戦相手だった人なんだけどね。あの人、この国の王女様じゃない? だから、ちょっと話してみたいなと思って……」
そういえばそうだったなとアリスは今日の交流戦の内容を思い出す。
リーゼロッテの対戦相手――神無月玲奈は名前からわかる通り、剛毅の娘だ。
今日の決闘で何か思うことがあったのであろう。それに、リーゼロッテも自分と同じ立場にある玲奈と仲良くなりたいのだと。そうアリスは考える。
「多分、大丈夫だと思うぞ? 別に危害を加えるというわけでもないしな。俺の方から彼女と会えるか聞いてみるよ」
「ありがとう、アリス……それでね、ちょっと聞いてみてもいい?」
真剣な表情にあり、リーゼロッテはアリスに尋ねる。
「今回の任務、もしかしたら、前にお父様が話していたことと関係があるんじゃないかな?」
リーゼロッテが話すは以前、サウスにファフニールを解き放った連中のことであろう。
「それは十分にあり得ると思う。そもそもソイツらはサウスを攻め落とす気はなかった。もし攻め落とすなら、もっと戦力を増やしていただろう。だが、結果はファフニール一体だ。それで俺が思うには何か別の目的があったんじゃないかと思っている?」
アリスもファフニールの件に関して引っかかる部分が多々ある。
例えば、今話した戦力だ。もし本当にサウスを落とす気であったのならば戦力を増やすべきであったのだ。
しかし、被害はほぼなく、アリス一人で遂行できた。サウスを落とすにしては戦力が圧倒的に足りていなかったのだ。
だが、囮であったと考えるならば、話は変わってくる。仮に囮とすれば十分な戦果なのだから。
そして、サウスでやるべきことが終わったとする。そうなれば次は――
(サウス以外の国か……)
奴らがサウスで一体、何をしたかはわからない。しかし、確実に目標は達成しただろう。失敗したとの情報がないのが確たる証拠だ。
(国を落とすつもりはない。なら、今回がもし奴らに関する任務であれば、本気で落としに来ることはないはずだ)
しかし、前回はあくまで結果論。アリスたち”エルフリーデ”があの場にいたからこそ被害を抑えることが出来たのだ。それに、本気で落としにかかってこなかったといっても、封印されていたファフニールを当ててきたのだ。油断することは出来ない。
(それとは関係ない任務であればいいのだが……)
アリスの不安は増すばかりであった。
しばらく歩き、アリスたちはイーストの王宮の入り口とたどり着いた。
(ここがイーストの王宮か。サウスのものとはやはり違うな)
学園の雰囲気も違ったように、王宮の雰囲気もサウスのものとは、かなり異なっていた。
(とりあえず、警備員に入れてもらうようにするか)
「すいません。サウスから来たアリス・ロードというものです。この度は剛毅様に呼ばれたのですが、中に入ることは出来るでしょうか?」
「ん? 陛下から今日、誰か来るとは聞いてないぞ」
(……ん? 話が通っていないのか?)
アリスは王宮の中には入れないことに疑問を持った。剛毅と約束した時間は今夜と言ったはずだ。しかし、警備員は何も聞いていないと言う。アリスたちと話が矛盾している。
「今すぐ陛下に聞いてみます」
警備員は少し王宮の中に入ると、何かを話し出す。恐らく通信機で話しているのだろう。
警備員が頷き、確認を終えると再びアリスたちのもとに戻ってくる。
「陛下に確認を取ったが、やはり今日、訪問者はいないそうだ。もしかしたら、日を間違えているのではないか?」
警備員はアリスたちを疑うことはなく、親切に教えてくれる。
今日は交流戦があったから、制服を着ているアリスたちは学生だから危険はないと判断したからかもしれない。
(おかしい。確かに今夜と言ったはずだ。王宮に来てくれと――)
瞬間、アリスの脳内にある可能性が浮かび上がる。
(いや、もしかしたら――直接、剛毅の部屋まで行けということか?)
自力で剛毅の部屋まで行く。それも門を通らずに。アリスは剛毅が自分を試しているのではないかと考える。
しかし、仮に不法侵入が見つかったら重大な犯罪だ。それも王宮に侵入。今後のサウスとイーストの関係が悪くなってしまうかもしれない。
しかし、アリスは――
(まぁ、そんなことは、どうでもいいか。見つからなければいいだけだからな――)
不法侵入などアリスにとって、なんてことはない。見つからなければいい――アリスが侵入などにおいて心がけていることだ。それに、自身の存在を隠すことはアリスの得意分野でもあり、例え侵入するのが一人であろうと複数であろうと最後まで見つからない自信もあるほどだ。
やることは決まった。後は――
「ありがとうございました。もしかしたら、こちらの間違いかもしれませんね。一度、確認をしておきます」
礼儀正しく、アリスは警備員に礼を言う。警備員も快くアリスに、どういたしましてと笑顔を向ける。
まさか、今からアリスたちが王宮に侵入するとは夢にも思わないだろう。
アリスたちは王宮の門から離れ、警備員が見えなくなる位置まで移動する。
「ねぇ、中には入れなかったけど、これからどうするの?」
これからアリスがやろうとしていることを知らないリーゼロッテ。不安そうにアリスに訊ねる。
「……リーゼロッテ。今から俺たちは王宮に侵入する」
「…………え?」
アリスの言葉に固まるリーゼロッテ。
「……それ、本気」
「ああ」
リーゼロッテはどこかで否定して欲しかったのかもしれない。しかし、事実であることを告げられる。現実は残酷である。
「心配するな。俺がお前を無事に目的地まで連れて行く。侵入はお手の物だ。俺が本気を出せば――」




