少女の願い
リーゼロッテと別れ、アリスは自室に入ると、自分の体をベットに預けるように飛び込んだ。しかもイースト一の学生寮というだけあって、寝心地は最高だった。
アリスは誰かに語りかけるように呟いた。
「……俺はどうすればいいんだろうな?」
「アリスの好きにしたらいいじゃん」
「……私もクロノスに賛成」
アリスの言葉に、いつの間にか具現化していたアリスの契約精霊であるクロノスたちが答える。
彼女たちは精霊が故に感情をハッキリと述べる。だからこそ、アリスが求める答えを多く、くれるのだが――
(自分の好きなように、か。わかったら苦労しないんだがなぁ……)
アリス自身、リーゼロッテと話している間、解決方法を考えていたが、どうもパッとしないものばかりしか浮かばなかった。いくら考えても楓を確実に救えると思える方法はなかった。
「アリスにアドバイスをあげるよ」
「アドバイス?」
「この世に絶対はないよ?」
クロノスの言葉にアリスは顔が赤くなるのを感じる。完全に自分の考えが読まれたと思ったからだ。
「それにアリスは自分が救うことだけを考えてる。でも、仮に救えたとしても意味がない」
「……どういうことだ?」
クロノスに続き、メーティスの言っていることを理解できず、アリスは首をかしげる。
「アリスが助けたって気休めにしかならない。だって、人の心の闇は自分で解決するしかないから」
「……ッ!」
メーティスにハッキリと言われ、アリスは思い出した。自分の過去を。
人が抱える心の闇――それはもちろん、アリスにもあった。いや、あったからこそ、今こうしてクロノスたちと出会い、今の自分がある。そして、今の自分があるのも過去に抱えていた心の闇を克服したからだ。
心の闇を克服したのは自分の努力によってだが、自分一人ではどうすることも出来なかった。それこそ、他人がいたからこそ自分の心と真摯に向き合い、克服することが出来たのだ。
長らく忘れていたことを思い出し、目の前にいる少女たち――かつて心の闇に飲まれそうになっていたアリスを助けた――を見つめる。
「……ありがとう、二人とも。俺がするべきことがわかったよ」
「うん、それでこそアリスだよ」
「アリスはアリスらしく、いつもみたいに自信を持って」
二人の少女がアリスに微笑みかける。まるで手のかかる子供を見る母親のように。見た目はアリスより年下だが、いつも騒がしいクロノスも今は落ち着いて見える。精霊に性別はないが、多少は見た目に影響されるのだろう。今の彼女たちは間違いなく、アリスより大人びていた。
アリスは決心したように、いつの間にか握りしめていた自分のこぶしを見つめる。
(俺がすべきこと、それは――)
同時刻、楓もイーストの王宮にある自分の部屋へと戻っていた。
楓は自分の部屋の窓からイーストの夜空を見つめていた。そして思い出すのは今日の出来事――
「“精霊殺し”……思ったよりも普通だったなぁ……」
楓はアリスの二つ名――“精霊殺し”から、もっと残虐な人間かと思っていたが、実際に話してみると、そうでもなかったと思った。よくよく考えると自分も”炎帝”と名乗っているが、人をたくさん殺している。名前では判別できないなと楓は苦笑する。
(元々、私を倒すつもりだった、ね……本当にそう思ってるのかな?)
あの時、さも当然のように言ったアリスの顔を思い出す。あの表情は完全に楓に勝つつもりのものであった。
(私のことも知らないで、よく言えるね。まっ、そんなところも好感が持てたけど)
彼なら――アリスなら自分を倒し、救ってくれるのではないかと。そんな淡い希望すら持ってしまった。
「……感情を失った哀れな帝を勇敢な騎士は救ってくれるかな?」
正直、負ける気はしない。しかし、もしかしたら――可能性としては十分にあり得ることだった。
「――ねえ、アスカはどう思う?」
楓以外、誰もいないはずの部屋に楓は語りかける。
楓がゆっくりと振り返ると、そこには赤髪赤眼の少女が立っていた。見た目はクロノスたちとあまり変わりがないように見える。しかし、赤髪の少女は楓の質問には答えず、無言で楓を見つめていた。
「……答えてくれないか。いつもはもっと話してくれるのにね」
そう言って、再び夜空を見上げる。まるで何かを決心するかのように。
(明日ですべてが決まる――)
楓が見つめる夜空。それは楓がアリスのことを知った夜とは違い、満月が浮かんでいた。




