神無月
アリスは会場のバルコニーへと足を運ぶ。今日がパーティーということもあってか、バルコニーへと続く扉はすでに開いていた。しかし、開いているといっても少し隙間があるくらいで全開ではない。
アリスは少しだけ開いている扉の隙間に手を入れ、ゆっくりとその扉を開ける。そして、バルコニーに出ると扉を閉めてバルコニーに設置されている手すりの側まで移動し、そのまま手すりに自分の体重を預ける。
アリスはバルコニーからイーストの様子を眺める。昼間の騒がしかった様子とは異なり夜の物静かな様子もまたイーストなのだなと改めて実感する。物静かなイーストの街に街灯などの光がイーストの夜景を一層際立たせている。
しかし、アリスがバルコニーへ足を運んだのはイーストの夜景を観るためではない。
「あら? もう来ていたの?」
背後から突然、アリスは誰かに声をかけられる。その人物の顔をまだ確認していないが、アリスは誰か理解していた。
「遅かったじゃないか、”神無月”」
しばらくして、アリスはゆっくりと振り返り、その名を呼ぶ。そして、そこにいたのはつい先ほどアリスに向かって殺気を放っていた少女であった。
少女は自身が持つ美しい黒髪を揺らしながらアリスに歩み寄る。
「そんなに待ってないでしょ、”エルフリーデ”。いや、それとも”精霊殺し”と呼んだ方がいいかな?」
クスリと”神無月”の少女はアリスに微笑みかける。その気楽な様子からは先ほどアリスに殺気を放った少女だとは思えなかった。
「生憎、”エルフリーデ”とは俺らの総称なのでな。出来れば“精霊殺し”と呼んでもらいがな」
「ふーん、じゃあ、そうするね。でも、それはこっちも同じなんだよね。私のことも”神無月”とは呼ばずに楓って呼んで欲しいな……あっ、そうだ! 自己紹介がまだだったね。どうせ、こっちの私たちでないときも話すだろうし」
楓はひらめいたというようにアリスに提案する。アリスも今後、楓と共に活動するなら普段の生活でも情報の交換などが必要になるだろう。そのときに二つ名などで呼ばれたら勘のいい奴ならアリスが”エルフリーデ”とばれてしまうかもしれない。そう考えると楓の提案は十分に必要だと判断して了承する。
「じゃあ、私からするね! 私の名前は月島楓。そして”神無月”の王級精霊の契約者――”炎帝”よ」
”神無月”での二つ名を答えたとき、楓の雰囲気が変わる。先ほどの気楽な様子とは異なり、真剣な表情でアリスの瞳を見つめる。まるでアリスを試すかのように。
(ほう……こいつが”炎帝”か……イーストもなかなか優秀な学生をお持ちで)
アリスは目の前の少女に感心を持つ。殺気だけだったとはいえ、アリスに緊張感を与えたのだ。ここ最近では感じることのなかった刺激は無意識にアリスの感情を高ぶらせた。
「では、次はこちらだな。俺はアリス・ロード。契約精霊はお前と同じ王級精霊だ」
アリスが王級精霊と契約しているといった瞬間、楓はわずかに目を見開いたが、すぐに元の表情に戻した。しかし、内心は――
(ええぇ!? “精霊殺し”も王級精霊の契約者!? 確かにファフニールを倒したと考えると当然かもしれないけど! しかも、サウスの王級精霊って光と闇だよね!? そんな扱いにくい属性の契約者!?)
実際は光と闇、両方の王級精霊と契約しているのだが、そんなことを知らない楓は内心、ものすごく焦っていた。それが二体の王級精霊と契約していると知った瞬間、どんな表情をするのだろうか。
「自己紹介はこれくらいでいいか? なら、本題に入りたい。任務のことについてだが……」
アリスがそう言った瞬間、楓は気まずそうにアリスから視線をそらした。
「どうしたんだ?」
アリスが言葉を続けるも楓はアリスから視線をそらしたまま、無言を貫いている。そこでアリスはある可能性を考える。
「……まさか、何もないとは言わないよな?」
ギクリッ!
アリスの言葉に反応した楓を見てアリスは確信する。つまりは――
「――任務などなかったのだな?」
ただいつもと変わらない口調。しかし、明らかにその言葉には怒りの感情が含まれていた。
そんなアリスの感情を察することが出来ない楓ではない。怒りと言っているが、それは優しい言い方である。ハッキリと言ってしまえば、それは怒りではなく殺気と言う方が正しいのだから。
「え、えっとね、任務がないわけではないよ……」
アリスの視線(殺気)を耐えながら、楓はなんとか答える。しかし、視線はアリスからそらしたままだ。
「任務自体は私たちだけで事足りるんだ……」
ははは……と乾いた笑いをアリスに向ける。その様子をアリスは呆れながら見ていた。
「じゃあ、俺がここに来た意味はないんだな……」
心配するだけ無駄だったとアリスは思い、リーゼロッテたちがいる会場に戻ろうと振り返ると――
「でも、ほんとは任務なんてどうでもよかったんだ。だって――」
その後に続く楓の言葉を聞いて、アリスは思わず足を止めてしまった。
「君と戦うために君を呼んだのだから」




