襲撃
「「なっ!?」」
リーゼロッテたちもファフニールを見て、動きを止める。
(なんでこんなところに!?)
リーゼロッテは過去の文献を読んで、ファフニールの存在について知っていた。しかし、封印されていたことも知っていただけに今、目の前にいるファフニールを見て、戸惑っていた。
(私では、あれに勝てない!)
見ただけで、リーゼロッテは悟ってしまう。
ファフニールは戦争中に猛威を振るった精霊だ。ただの生徒であるリーゼロッテに勝てる通りはなかった。
(でも、ここで足止めをしないと――)
リーゼロッテは会場の生徒を見る。生徒たちはファフニールを見て足を竦ませてしまったのか、誰一人、逃げようとはしていなかった。もしくは今、動けば自分が標的になるのかと思っているのかも知れない。しかし、このままでは、生徒たちに被害が出るのは時間の問題だ。
リーゼロッテは意を決し、リンに話しかける。
「……先輩。このままでは、生徒に被害が出るかもしれません。”エルフリーデ”が駆けつけるまで時間稼ぎを手伝ってくれませんか?」
「なっ!? リーゼロッテ! あなた、何を言っているかわか――」
リンは思わず息を飲んでしまった。何故なら、リーゼロッテの決意が本気のものだとわかってしまったからだ。
リンも頭の中ではファフニールに勝てないことは十分に理解していた。例え、時間稼ぎだとしても。しかし、このままではいけないこともわかっていた。
「……わかったわ。でも、無理をしちゃ駄目よ。危ないと思ったら逃げなさい」
「わかっています」
リーゼロッテはファフニールに視線を向ける。
「……行くわよ」
「はい」
リーゼロッテはファフニールに向かって駆け出す。それと同時に、リンはファフニールに向けて魔法を唱えた。
「”アクアウェーブ”!」
リンが〈死を呼ぶ大鎌〉を振るうと、決闘場に巨大な波が出現し、そのままファフニールに向かって行く。しかし、リンが放った”アクアウェーブ”はリーゼロッテだけを綺麗に避けていた。繊細な魔力操作。さすが、学園最強と呼ばれるだけのことはあった。
”アクアウェーブ”がリーゼロッテを追い越すと同時に、リーゼロッテは”アクアウェーブ”の後ろに回り込み、ファフニールから自分の居場所をわからないように移動する。
その後、”アクアウェーブ”がファフニールを直撃するも、大したダメージを与えた様子はなかった。しかし、ここまではリーゼロッテの予想の範囲内であった。
「”セイントセイバー”!」
リーゼロッテはファフニールに向けて魔法を放つ。”セイントセイバー”はリーゼロッテが代表戦で数々の相手を倒した魔法だ。もし結界がない状態で攻撃を受けたら、絶命するであろう威力を持っているが――
キィンッ!
リーゼロッテが放った”セイントセイバー”はファフニールの身体に当たると同時に、音を立てて打ち消されてしまった。
「ちぃっ!」
思わずリーゼロッテは舌打ちをしてしまう。防がれるとは思っていたが、まさか無傷とは。戦争時代の精霊の実力は伊達ではなかった。
リーゼロッテは再び追撃を仕掛けようとするが――
「グルアアァァーーー!」
「……ッ!」
ファフニールの羽ばたきによって叶わなかった。少し羽ばたいただけで、リーゼロッテは強力な風圧を受けてしまい、そのまま尻餅をついてしまう。
次の瞬間――
「……ッ!?」
ファフニールはその巨体には似合わない猛烈なスピードでリーゼロッテとの距離を詰めてきた。
その素早い動きにリーゼロッテは対処することができなかった。
「リーゼロッテ!」
リンが慌てて叫ぶがどうすることもできない。仮に間に合ったとしても、ファフニールにリンの攻撃は効かないであろう。どちらにしろ、リーゼロッテを助けることはできないのだ。
リーゼロッテは最後の足掻きにファフニールの口に魔法を打ち込もうかとも考えたが、現実はそううまくはいかず、ファフニールは自身が持つ大きな爪でリーゼロッテを切り裂こうと腕を振り上げていた。
(はは、最後の足掻きまでさせてくれないなんて……やっぱり無謀だったかな。でも、少しぐらい時間稼ぎができたよね……はぁ、もっと生きたかったな……)
絶望的な状況だが、リーゼロッテは自分の行動に後悔はしていなかった。ただ一つ、挙げるとするならば――
(ちゃんと好きって言っておけばよかったな……)
リーゼロッテの頭に浮かぶのは3年前、精霊に襲われていた自分を救ってくれた少年の顔だ。少年は自分の危機に颯爽と現れ、精霊を倒してくれたのだ。
(生まれ変わったら、今度はちゃんと言いたいな……)
何もかもがゆっくりと見える。走馬燈というやつだろうか。リーゼロッテはゆっくりと目を閉じ、自分の最期を受け入れる――
――が、いつまで経ってもファフニールに切り裂かれる気配はない。それどころか、誰かに抱きかかえられる感触……つまりはお姫様だっこをされていた。
恐る恐る目を開けると――
(ああ、やっぱり、あなたはこんな時でも……)
リーゼロッテは目の前の少女を見つめる。今は少女の見た目をしているが、好きな少年の顔をリーゼロッテが見間違えるはずがなかった。リーゼロッテは目の前の光景に目を潤ます。
(……ねえ、アリス)