魔法大会2
「はぁ……退屈だなぁ……」
会場の特等席から決闘を観ている黒髪の少女”アリア”ことアリスは、ため息をつく。
「何が退屈なのよ?」
「だって面白くないもん。全然、駆け引きもないし」
「そりゃあ、学生の試合よ? これが普通よ」
”水神”は呆れながらアリスに応える。普段は間違いだらけの彼女だが、今だけは正しかった。
「こんなことなら明日から来ればよかったわ」
「駄目よ。一応、仕事なんだから」
「わかっているけど……」
アリスは頬杖をつきながら、再び決闘に視線を向ける。決闘場では、通常戦の勝者を決めるためのバトルロイヤルが行われていた。
「何か面白いものは……あっ、レンたちがいるじゃない」
「レン? アリスの友達?」
「そうよ。それと、今は”アリア”って呼びなさい」
「別にいいじゃない。全くアリス――”アリア”は厳しいんだから」
”水神”はアリスを名前で呼ぼうとしたが、アリスが威圧を放ったため、慌てて任務での呼び名に変える。
「でも、私のことは名前で呼んでよ。なんか他人みたいだわ」
「実際、他人だし」
「うぅ……”アリア”が冷たい……」
「仕方ないわよ、アレクシア。”アリア”は基本的に任務の時は二つ名でしか、私たちを呼ばないんだから」
落ち込む”水神”――アレクシアを同じ特等席にいた赤髪赤眼の女性が後ろから、なだめる。
「別にいいでしょ、”朱雀”。私たちは任務で来ているのよ? もし、誰かに本名を聞かれていたらどうするの?」
「別に本名を聞かれても困らないけど? 聞かれたところで不利になることはないし」
アリスの問いに”朱雀”は淡々と応える。
「それに本名が知られていないのは、あなただけよ?」
「うっ!」
”朱雀”の言葉に初めて、アリスが言葉を詰まらした。
実際、”朱雀”はサウスの守り神の契約者として、国民の全員が知っているといっても過言ではない。
サウス最強――”不死鳥”の異名を持つガイア。”水神”の二つ名を持つアレクシア。数少ない土属性の派生属性である自然属性を扱える”女神”の称号を持つシェリル。そして、サウス最強の精霊である朱雀の契約者、エルシアというように、アリス以外の”エルフリーデ”の名前は国民に知られている。
「……別にいいでしょ。困ることはないし……」
アリスは頭では理解しているのか、気まずそうに視線をそらす。
「まあ、どうでもいいけど。それより、あなたの友達ってどの子?」
エルシアにとっては、先ほどの話はどうでもよかったらしく、それよりもアリスの友達に興味を持ったらしい。
「あの金髪の少年がレンで、赤髪の少女がティリカよ」
アリスはレンとティリカを指差す。
「ほう……なかなかイケメンじゃない。それに身長も……」
そう言いながら、エルシアは意味ありげにアリスを見る。
「どうせ私はチビですよ……」
アリスはエルシアの視線の意味を理解しているらしく、エルシアと反対の方を向き、すねていた。
「はいはい、すねない、すねない。悪かったわよ……で、二人の実力はどうなの?」
「……ティリカは1年の中では優秀よ。レンは知らないけど」
嫌々ながらもアリスはエルシアの問いに答える。その様子から、先ほどのことを根に持っているのは確実だった。しかし、当の本人は全く気にしていなかった。
「ふーん、そうなんだ。まあ、のんびりと観ますか? 明日は王女様も出るんでしょ?」
「ええ、そうよ。私たちのクラスの代表として出るのよ」
「さすが王女様ね。あっ、代表戦と言えば、あなたの妹も出るんじゃない、アレクシア?」
エルシアは思い出したかのように、アレクシアに視線を送る。
「ええ。あの子は3年の代表として出るらしいわ。全く、私と似て優秀なんだから!」
アレクシアが自信満々に胸を張る。エルシアたちはどこが優秀だと、いいたげな表情をしているが、アリスにはどこか引っかかるところがあった。
(アレクシアの妹? それに3年生の代表……ああ、そういうことか)
「ねえ、アレクシア。あなたに聞きたいことがあるのだけど?」
アリスはニッコリと微笑みながらアレクシアに顔を向ける。
アレクシアはアリスが任務中に自分の名前を呼んだことで、何か嫌な予感がした。
「え、ええ、何かしら?」
顔を引きつらせながらも、アレクシアはなんとか声を絞り出す。
「あなた、リンさんに私のこと話したでしょ?」
「うっ!」
リンはアリスの言葉に、さらに顔を引きつらせた。どうやらアリスの読みは正かったようだ。
リンの名前は”リン・シルフィード”。そして、アレクシアのものは”アレクシア・シルフィード”。つまり、アレクシアはリンの姉ということになる。
「あなた、どういうつもりなの? 私が多重契約者ってことを教えて。これは機密事項なのよ。わかっているの?」
「だって、リンが面白い新入生を見つけたって言ったもん……」
アレクシアは弱々しく言葉を続ける。
「その時に出た名前がアリス・ロードだったもん。だから、思わず教えちゃった」
アレクシアは悪戯がばれた子供のように舌を出す。その様子からは、全く反省していないと誰もが理解した。
「……そう……なら、お仕置きが必要よね」
「ひいっ!」
アリスの威圧にアレクシアは情けない声が出てしまった。
今にもアレクシアにお仕置きをしようとしているアリスに、エルシアがアリスの右肩を掴む。
「今はやめておきなさい。あなたの友達の決闘を観るのが先でしょ?」
「……そうね、わかったわ」
「ふぅ、助かった」
「アレクシアを苛めるのは、その後でも十分でしょ?」
「そうね」
「エルシアぁっ!」
エルシアが助け船を出してくれたと思い安心したアレクシアだったが、助けてくれたわけではなかったようだ。思わぬエルシアの裏切りにアレクシアはショックを受けたようだった。