勧誘
「ここが生徒会室よ」
突っ込みはさておき、アリスは意識を現実に戻した。
アシュリーが指さす先には、他の部屋と変わらないが、生徒会室と書かれた札が入り口の近くに置かれている。
「アシュリー・ローズです。ただ今、戻りました」
アシュリーは入り口のドアを叩き、生徒会室の中に入る。アリスもアシュリーに続き、中へと入る。
「ようこそ、アリス・ロード君」
水色の髪の少女――リンがアリスを迎え入れる。心なしか、その表情はどこか嬉しそうなものであった。
「では、生徒会長さん?」
「リンって呼んでいいですよ」
リンはアリスに名前で呼ぶように促す。どうやら、堅苦しいのは好きではないようだ。
「では、リンさん。今日はどのような用件で僕を、この場に呼んだのですか?」
待ってましたといわんばかりの表情を作り、足を組みながら答える。
「単刀直入に言います。アリス・ロード君。私はあなたが欲しい!」
欲しい! 欲しい、欲しい……
どうしてだろうか。何故かリンの言葉が生徒会室にこだました。
しばらくの沈黙。アリス、アシュリーはもちろん、他の生徒会のメンバーであろう二人の女子生徒も黙っている。
リンは何故、皆が沈黙しているかわからなかった。その理由を探そうと自分の言葉を思い出す。
――私はあなたが欲しい!
「あっ」
どうやら、自分の言ったことの重大さがわかったようだ。リンは失敗したと顔を真っ赤にする。
「あっ、えっ、ち、違うのよ! あなたが欲しいというのは決して好きという意味ではなくって! ええっと、あぁ……!」
「大丈夫ですよ。それくらいはわかってます」
慌てふためくリンにアリスは笑顔を返す。
「あ……そう? ……こほん、もう一度言うわ。アリス君。あなたを生徒会に迎え入れたいと思います」
リンは真剣な表情で告げる。ここまではアリスの予想通りだった。しかし――
「どうして僕なのですか? 僕より強い生徒なんて、この学園にはいくらでもいるでしょう? それに僕のランクは301位ですよ? 301位。最下位です。僕より生徒会にふさわしい生徒がいると思いますが?」
あえて自分のランクを強調しながら答える。しかし、リンはそれがどうした、といった様子であった。
「ランクなんて所詮、ランクです。この学園ではランクよりもランキングの方が重視されます。とはいっても、ランキングが上がればランクも上がりますけどね。それにあなた、アルベルト様の推薦らしいわね」
「どうしてそれを――」
アリスは言いかけたところで気づく。生徒会の中には学園長の娘であるアシュリーがいるのだ。恐らく、アシュリーがアリスのことをエルザに聞いたのであろうと予想する。
「まあ、推薦のことを知ったのは、あの決闘を観た後だけどね。例え推薦でなくても、オーレット家の長男を圧倒する実力の1年生、今の――いや、これからも現れないでしょう……あなた以外はね」
オーレット家と言った時に一瞬、リンは視線を一人の女子生徒に向けた。何か意味があるのだろうか。
しかし、リンの中でアリスの評価はかなり高いようだった。正直、アリスは悪い気分ではない、だが――
(参ったな、リーゼロッテから目を離すことはできるだけ避けたいのだが……)
アリスがこの学園にいるのは、あくまでリーゼロッテの護衛のためである。だから、生徒会に入ることは避けたかった。
「しかし――」
「それにあなた――」
リンはアリスの言葉を遮り、意地の悪い笑みを浮かべる。
「――」
「……っ!?」
リンの言葉にアリスは思わず目を見開く。――正確には、その口の動きである。
――二体の精霊と契約しているでしょう?
はっきりと、そう告げたのだ。リンはアリスに近づき、耳元でささやく。
「……あれほどの魔法が使えて精霊と契約していないというのは、おかしいでしょう? それにあなたから溢れている魔力……これは精霊のものじゃないかしら?」
アリスからはリンの表情は見えないが、恐らくリンは勝ち誇るように微笑んでいるであろう。
(学園長が言ったのか? いや、さすがにそれはないはずだ。多重契約者のことは色々と問題がある……)
何度考えても一向に答えが見つからない。どうしてリンがこのことを気づいて――いや、知っているのだろうと、アリスの疑問は深まるばかりだ。
「ふふ、心配しなくても誰にも言うつもりはないわ。……生徒会に入ってくれた場合だけど」
リンはにっこりと笑顔をアリスに向ける。
(この女……)
「……はあ、わかりました。生徒会に入ります」
ため息をつき、アリスはリンの勧誘(脅迫)に渋々うなずく。
「ありがとう! あなたが進んでやってくれてよかったわ!」
(どの口が言う……)
アリスはリンを睨めつけるが、リンはその視線を無視する。アリスも怒るのも時間の無駄だと割り切り、諦める。
「さて、アリスも入ったことだし、まずは自己紹介ね。もう知ってると思うけど、私は生徒会長のリン・シルフィードよ」
リンは椅子から立ち上がり、スカートの裾を掴み、優雅にお辞儀する。早速、呼び捨てである。
挨拶を終えるとリンは再び腰を下ろし、先ほど目線を合わせた少女に目配せする。その少女も目配せに気づき、うなずく。
「次は私ですね。初めまして、アリス君。私は副生徒会長のミュア・オーレットです。この前は弟がごめんなさいね?」
ミュアは手を合わせて、アリスに謝る。
(あいつの姉か……雰囲気が違うな……?)
オーレット家と言った時に、リンがミュアに視線を向けたのは、こういうことだったのかとアリスは理解する。
「いえ、こちらこそすいません。あそこまでするつもりは、なかったのですが……」
「大丈夫! むしろ、あれくらいやってくれて感謝してるわ! 大体あいつ、最近調子に乗っていたから、いい気味よ!」
なかなか、辛辣な言葉であった。まあ、怒ってなさそうだったので、アリスは安心する。
「次は私ね! 私の名前はラン・アルカディア! 総務やってます! よろしくね!」
最後にランはアリスにウインクする。サービスの証だろうか。しかし、アリスには1つ、思うところがあった。
(アルカディアってことはもしかしてレンの姉か?)
アリスが思っている通り、ランはレンの姉である。しかも、ランはレンの姉というだけあって美人であった。ミュアといい、ランといい、全く、世間とは狭いものである。
ようやく自分の番だと、アシュリーは勢いよく立ち上がろうとする――
「そして! 私は――」
「あっ、もう知っているので結構です」
「なんでぇっ!?」
自分の自己紹介が不要とされたことにより、アシュリーは涙目になる。しかし、アリスの攻撃は止まらない。
「アリス・ロードです。よろしくお願いします」
「先輩を無視って……まあ、いいわ」
「よくな――」
「ところで、生徒会で僕は何をすればいいのですか?」
アシュリーへの攻撃は止まらない。リンにも見捨てられ、アシュリーはゆっくりと、この場を離れる。
リンは少し考えるようにして……
「そうね……あなたには書記をやってもらうわ」
「書記……ですか?」
「ええ、仕事は……とりあえず雑用みたいなものよ。意見をまとめたり、後は生徒会について学んだりね」
「はあ……」
アリスは気のない返事をする。
「では、改めて。アリス、生徒会にようこそ」
「はい、よろしくお願いします」
こうして、アリスの生徒会への入部が決まったのだ……
「しくしく……自己紹介、私だけしてない……」
「……アリス、君の初めてのしごとは、あれをどうにかすることだ」
「……はい、頑張ります」
栄えあるアリスの初仕事は、部屋の隅で縮こまっているアシュリーをなだめることだった。