プロローグ
長くお待たせしました!
荒れ果てた地――正確には荒らされたといった方が正しい表現であろう。見るも無惨な姿となっている。その地に一人の少年が立っていた。
「――」
その場にいた一人の男が少年の名を呼ぶ。少年は少しだけ反応すると、その男から遠ざかるように歩き出す。
少年は辺りを見渡した。荒れ果てた地――先ほどまでは緑が生い茂る森であった場所だ。争いとは全く無縁の場所であった。少年は先ほどのことを思い出す――
――この地は突如、暴走した精霊たちによって荒らされた。暴走した精霊たちは森を荒らし、森に住む生き物をも殺していった。このままでは、国に被害が出るのは時間の問題だろうと考えられた。
そこで国王は当時、国の最大戦力であった五人の人間を自分の護衛から外し、戦場に送り出した。五人では無謀と思われるが、実力がないものが戦場に赴いても彼らの邪魔になるだけだった。
彼らは王の期待通りに精霊たちを滅ぼしていった。しかし、あまりにも数が多かった。いくら国内最強といえど、たった五人である。対する精霊はまだ50はいるだろう。体力も魔力も底を尽き始めていた。
撤退を余儀なくされる――その時だ。戦場に一筋の光が降り注ぎ、精霊たちを飲み込んだ。今の光で多くの精霊が消滅した。
男は思わず、光が降ってきた方角を向いた。いつの間にか、そこには男と同じ黒髪黒眼を持つ少年が立っていた。
男は目を見開く。それもそうだろう。なにしろ、少年は明らかに場違いな存在であった。男は見た限りでも10歳前後だろうと予想する。
「おい――」
男が声をかけるよりも先に、少年は精霊に向かって行く。
精霊たちも、この少年が危険だと感じたのか、戦闘態勢に入るが無駄であった。少年は精霊を一体ずつ確実に仕留めていく。まるで狩りを行うかのように。
精霊たちも近距離では敵わないと悟ったのか、少年から遠ざかろうとする。しかし、それを少年は許さない。
「”――”!」
なにやら、聞き慣れない魔法を唱える。瞬間、少年の握る漆黒の剣から漆黒の霧があふれ出し、自分で意思を持つかのように精霊に迫る。
漆黒の霧に飲み込まれた精霊は突然、苦しみだし、そのまま消滅する。
精霊たちは明らかに怯えている様子を見せるが、少年は全く手を緩めない。今度は反対の手に握る純白の剣に魔力を込め、精霊たちに向けて剣を振るう。すると、先ほど男が見た光と同じものが放たれた。光はたちまち精霊たちを飲み込み、滅ぼしていく。端から見ると、ただの虐殺にしか見えなかった。少年が魔法を使う度に、精霊たちは悲鳴に似た声を出すのだった――
――その場に残るのは少年、それと、国の防衛のために、この地に訪れた五人だけだった。精霊は少年によって、すべて滅ぼされ、その代償として森が消え去った。しかし、死者が出なかったことから、犠牲は最小限に抑えられたと言えるだろう。
「……住むところを失ったな。また、新しいところを探さないと……」
少年はそう呟き、この場を離れようと歩き出す。
「待て!」
突如、男が少年を呼び止める。その声に、少年はゆっくりと振り返る。
「……何?」
少年は男を睨めつける。その視線は明らかに敵意が含まれていた。
(……っ!? この歳で、これ程の殺気を出せるものなのか?)
男は見た目に似合わない少年の殺気に驚く。しかし、男も国内最強の戦士の一人だ。少年の殺気はすさまじいものであったが、完全に怯むということはなかった。
「お前は何者なんだ?」
「……さあね? あんたには関係ないでしょ?」
「いいや、俺、いや、俺たちはお前に助けられたんだ。その礼ぐらいはしないといけないと思ってな」
「別にいらないよ。たまたま来ただけだし。それに僕、そろそろ帰る場所を探さないといけないし……」
「待て……お前、帰る場所がないのか?」
「今、失った……というか、自分で消したかな?」
少年は微笑みながら応える。
「ということで、新しいところを探さないといけないんだ。だから、そろそろ――」
「――ということは、お前に家族はいないのか?」
男が口にした瞬間、明らかに少年は不快そうな表情をする。まるで嫌なことを思い出したかのように。
「……いないけど、それがどうしたの?」
そう聞かれて、男は自信満々に少年に指を指す。
「お前、俺の息子になれ!」
「……はあ?」
少年は眉間にしわを寄せる。それもそうだろう。見知らぬ男から急に、息子になれと言われたのだ。少年はこの男の心情が理解できなかった。
「理解できてなさそうだな? それもそうか。まあ、仕方ない……いいか、よく聞け少年。子供は親を見て立派に育つんだ。だから、お前の年齢で親がいないのはまずい。そこでだ。今回の礼も兼ねて、俺の息子にならないか?」
男は少年の肩を掴み、説得する。
(まあ、住むところもないし、乗ってみるのもありかな……いざとなれば倒せばいいだけだし)
さらっと怖いことを考えているのはともかく――
「いいよ、別に行くところないし」
「おお! そうかそうか!」
男は少年の頭を掴み、髪をかき回す。その様子はとても嬉しそうだった。――少年は嫌そうだったが。
「よしっ! よろしくな! ……ええっと、お前、名前はなんて言うんだ?」
「名前?」
「ああ、そうだ」
男に促され、少年は昔、自分に親しくしてくれた少女の言葉を思い出す。
――君、一人なの? じゃあ、一緒に行かない? 私は――。君は? えっ? 名前ないの? じゃあ、私が付けてあげる! ……ええっと、私の名前が――だから……よし! 決めた! 今日からあなたの名前は――
少年はその時のことを思い出し、微笑む。そして、男に視線を向けて告げた。
「僕の名前。僕の名前は――」