武装陰陽師
ーー東京都某区○△市 19時25分
「はぁっはぁっはぁっ」
「ぐひゃははは!ほらぁ逃げろ逃げろぉ〜!逃げなきゃ捕まっちまうぞぉ〜」
「だ、誰かっ……!助けて!」
「ぐひゃは!叫んでもだぁれも助けなんてこねぇんだよぉお〜〜」
夜の街に男の子供の声が虚しく響く。
この声は誰もいない街でも、家の中にいる人々は気付いているのであろう。が、この世にも不気味な化け物が誰もが恐ろしく、誰もが見て見ぬ振りをしている。
子供が襲われていようが、結局は己の命が大事。
ーー人間なんてみんなそんなもんだ。
「うわっ!」
化け物の目の前で子供が転んだ。かなりの距離を追いかけ回され、さすがに疲れて足がもつれる。
「ガキにしては頑張ったじゃねぇかぁ〜〜? でも、残念だったなぁ〜〜!!ぐっひゃははは!」
こけた時に擦りむいたのか、膝からは血が滲んでいる。
それを見た化物は、血に顔を近づけ大きく鼻から息を吸い込む。
「やはり、ガキの血はいい匂いがするなぁ。爽やかな匂いだァ!!」
興奮で脳が蕩けそうになり、顔全体の筋肉が緩む。
「どうオメェーを食べてやろうかなぁ……足からゆっくりと食べるか、それとも頭から一気に飲んじまうか……!!ぐひゃ!!」
ニヤニヤしながら子供の顔に自分の顔を近づける。
「ガキの肉は美味い。新鮮で、みずみずしくて、そして柔らかい……想像しただけでも涎が止まらねぇ」
口角を上げて、舌舐めずりをする。
子供はは震えながら目を涙で滲ませている。
これから死んでしまうであろう自分を想像してか、いや単純に恐怖だろう。
「”縛”」
化物の身体が止まる。完全に動かなくなった。
まるでそこに固定されてしまったかのように、指一本すら動かせずにいる。
足が地面から15cmほど離れ、ゆっくりと身体が男の子から離れていく。
(な、なんだコレ!!動かねえっ!!)
「全く……坊主、夜は、危険だから、街を出歩くな、と……教わらなかったのか?」
目の前から裾の長い黒色のコートを着た、髪をオールバックに纏めた目つきの鋭いの男が突然現れた。
男は子供の前に立つと、膝を立てて手を差し伸べた。
(だ、誰だてめぇは!!)
化物は何か叫びたそうにしているが、どうやら声まで出ないようだ。
それは確かに叫んでいるのに声が響かない。まるで、喉の奥で音が止まっている。
「立てるか?」
「う、うん」
「夜の街は、危険だ。なのに、まだ幼い君が……なぜ出歩いている?」
「そ、それは!お母さんが……!帰って着たらいきなり倒れて……!それで……お母さんが知り合いの薬屋さんにお薬もらってきてって言ったから……」
男の子は泣きじゃくりながら、その男になんとか拙くも説明をしている。
「そうか、そうだったのか……」
男の子の頭に手をポンと置くと、男はゆっくりと立ち上がると化物の方を振り向く。
「お前の行動、誰かを助けたいと思う勇気ある行動。俺は……高く評価する。事情は解った、お母さんは俺が助ける。だから、少しそこで待っていろ」
ゆっくりと離れて行っていた化物の動きが突然止まる。その後、男は人差し指で横にスッと動かす。
「さて。悪かったな、喋れるようにしてやろう」
化物が威勢良く啖呵を切り出す。
「て、てめぇ!ナニモンだ!!俺の邪魔しやがって、タダで済むと思うなよ!くそっ!」
「その状態にあっても、まだそのような強気な発言ができるとは……な。お前、まさかとは思うが、俺たちのことを知らないとか、か?」
「ああん?お前たちはなんだってんだ!知ったこっちゃねぇ!とにかく、この変なの解きやがれ!!」
「おいおい、本当に知らないようだな……まあ、それもそうだな。”縛” だけで固定できてるんだ。魍魎共の中でも下級中の下級……にしても、餓鬼が子供を追い掛けてたなんて、笑えるぜ」
「だからなんだってんだ!!!くそっ!てめぇっ!」
「まあいい、俺は、五月蝿いのは嫌いなんだ、早々に終わらせる」
左手の人差し指と中指の間に、模様が描かれてある縦長の紙が挟まれている。
「ひっ!?まっ、まさか……その模様……!」
「なんだ、知ってるのか」
「その紋章は……!!」
「なんだ、話が早いじゃねーか。武装召成”クサナギ”」
無数に散ったその”紙”が宙を舞い、そしてその中心から刀を取り出す。
「て、てめえはあああああ!武装陰陽……!」
「”現十文字断”」
化物の体が一瞬にして四つに斬り裂かれる。奴の辛うじて残っている意識の中に、男の声が聞こえた。
「俺に出会った事、残念だったな。」